それはいつでも唐突に
デスクの上に置いておいたスマホがヴヴッと音を立てて震えた。パソコンから視線を外し、ロックを解除してみるとLIMEに1件のメッセージ。相手はいづみさん。あの手伝いが終わって以来、ほとんど連絡を取らなくなっていたんだけど…どうしたんだろう。
ドクリ、と心臓が音を立てる。頭の奥で開いたらダメだ、と警鐘を鳴らしている気がして、そのままスマホを放置したくなった。なったけど、…いづみさんに罪はないし、あの人から変な頼み事をされるようなことは多分ない。開いたらダメだ、と思っているのは、私が怖がっているだけだ。これ以上、あのカンパニーに近づいてしまうことを。意を決して開いてみると、まず最初に『久しぶり』と書いてあった。
『久しぶり、遥ちゃん。臣くんや綴くんにたまに様子を聞いてはいるけど、元気にしてるかな?この前、寮に来たんだって?椋くんが嬉しそうに教えてくれて、太一くんが会いたかったって悔しそうにしてたよ。それで本題なんだけど、今度時間とれないかな?話したいこともあるから、お茶しよう。お返事待ってます。』
何か、本当にいづみさんを筆頭に温かいんだよなぁ…MANKAIカンパニーって。だからもっと近づきたくなっちゃうんだろう。臣くんと一緒にいる時みたいな安心感を感じてしまうから。きっと、あの空気感が好きで、合っているんだと思う。でもなぁ…これ以上は本当にマズイ。余計に欲深くなってしまいそうだ。
だけどいづみさんとお茶…話したいことがあるって言われちゃったし、何よりいづみさんとお茶ってすっごい魅力的だし、ここらでいい加減に腹を括れって言われているような気もする。いや、言われてないけど。言われたとしても括れないけど。
でも…うん、了承の旨を送っておこう。逃げたい気持ちも、近づきたくない気持ちも消えないけど、少しだけなら―――きっと。
「遥ちゃんっ!」
「お久しぶりです、いづみさん」
「久しぶり!良かった、来てくれないかもって思った」
「あはは…さすがに一度約束すれば、よっぽどのことがない限りドタキャンしませんって」
というか、いづみさんの中での私の印象って一体…。確かに寮に遊びに来ない?とか、そういう類のメッセージはのらりくらりと躱してたけど。
あ、もしかしなくてもそれが原因か。うん、私がいづみさんの立場だったらそんな風に思っちゃうかも。それは素直にごめんなさい、だ。
「え、っと…どこ行きますか?お茶しながら、話するんですよね?」
「あっずっと気になってるカフェがあるの。ケーキが美味しいんだって」
「そうなんですか。じゃあそこに行ってみましょう」
場所は?と問いかけると、いづみさんはスマホで地図を開き、ここなんだけど…と指さした。行ったことがないカフェではあるけれど、その近辺はよく知ってる場所だな。あの辺りにカフェなんてあったんだ、気がつかなかった。でもとりあえず、場所はわかったし迷うこともないだろう。多分案内できますよ、と呟けば、彼女は嬉しそうに破顔した。その笑顔を見て私も何だか嬉しくなっちゃって、ふふっと思わず笑みが漏れる。
カフェに着くまでの間、とりとめのない話をたくさんした。これから行くカフェで話をする、って予定だったのに、その前にたくさん話しちゃってる気がするんだけど…きっと本題は別なんだろうなぁ。今、私達が話しているのは所謂、世間話ってやつだもんね。どう考えても。まぁ、それも楽しいんだけど。寮で起きた不思議な話とか、大変だったこととか、笑ったこととか、楽しかったこととか…当然、私の知らない話ばっかりなんだけどそれでもすっごく楽しくて。他にもないのかな?って思っちゃうくらい。
「…いいなぁ」
思わず零れた独り言は、果たしていづみさんの耳に届いてしまったのだろうか。
「―――というわけでね、遥ちゃん!」
「何が『というわけ』なのか全然脈絡ないけど、…はい」
「夏組の第二回公演が決まりました」
あ、そうなんですね。春組第二回公演がつい最近だった気もするんだけど…ずいぶんと早いペースだな。と思ったんだけど、いづみさん曰くまだやることが決まっただけでまだ脚本も練り始めた所、日程も調整中だということです。成程、そうだよね。いくら皆木くんでもそんなポンポン書けるはずもないか。
ストックがあれば別なんだろうけど、彼の執筆の話を聞く限り、公演が決まる度にテーマとかを決めているようだったから。ふむ、今から脚本を書き始めて日程を詰めるとなるとー…早くても2〜3ヶ月後って所かな。舞台セット、音響、照明のプランニング、それから稽古などを含めて考えると、その辺りが妥当なんだろう。多分。舞台は好きだけど、その辺りはまだそこまで詳しくはないので。
「夏組はコメディが主体になるんですか?」
「どうだろ…綴くんがどんなのをテーマにするかまだ悩んでて。でも夏組の初演から考えると、多分そうなるかな」
「春が爽やかで、夏がコメディ、秋がアクション、冬が………大人?」
「冬組だけざっくりだね?!」
「いや、天使って言いそうになったんですけど、あれ初演のモチーフだなぁと思いまして」
でもそれぞれのメンバーの個性を上手く捉えてるとは思うんだよね、どの舞台も。初演のイメージ、そして春組第二回公演のテーマがアリスという大分キャッチーなものだったから、今回のモチーフ決めはとても大変そうだ。初演のインパクト、それから春組をも超えなくちゃならないんだろうから。
皆木くんの引き出しはものすっごくたくさんのものが詰まっていると思うんだけど、これまでに5回分の脚本を書いてきたんだもの。そろそろネタ切れになったり、浮かんでもインパクトに欠けたりしちゃうんだろうなぁ。夏組にピッタリのテーマかぁ…ファンタジーとかやっぱり似合いそうだよね、初演を思い返すと。まぁ、前回の春組も大分ファンタジー路線だとは思うけど。
「…ふふっ」
「いづみさん?」
「あ、ごめんね。急に笑っちゃって」
「大丈夫ですけど、何か面白いものでもありました?」
「面白いというか、遥ちゃんって舞台が大好きなんだなぁと思って」
アイスティーをストローでかき回しながら、とても楽しそうにそう言葉を紡いだ。
「…そう、ですね。舞台は好きですよ」
「ねぇ、遥ちゃん。夏組の公演も手伝いに来ない?」
「え?」
「あ、言い方が違うか―――お手伝い、またしてもらえないかな?」
ああ、やっぱりか。夏組第二回公演が決まった、と話を切り出されたから何となくそうかな、と思っていたし、話があると連絡があった時点で予想はしていた。
そして深く考えなくとも、私はきっと断るだろうとまで思っていたのだけれど。
「皆もね、遥ちゃんの働きっぷりに感動してて…また手伝ってもらいたいね、って話してたんだよ」
「大したこと、できてないのに」
「そんなことないと思うけど。色んな雑用とか、それから衣装作りの手伝いだってしてくれてたし助かったんだよ。すごく」
「……」
「それに遥ちゃんと一緒に舞台を作れたこと、楽しかった。また一緒に作りたいなぁって思ってたの」
今度は一番最初から。土台から一緒に作り上げてみない?
いづみさんの言葉は甘くて、温かくて、優しくて、…まるで砂糖菓子みたい。ゆるゆると溶けて、あっという間に奥深くまで染み込んできて、そのまま居座ろうとする。でもそれは決して嫌なものではなくて、何て言うんだろう…そのまま身を預けてしまいたくなるような、そんな気分になる。
きっとこの人は、人をその気にさせるのが上手なんだ。
その証拠にほら、断る気満々だった私の気持ちが少しずつ変わってきているもの。春組の公演の手伝い中は本当に楽しくて、毎日があっという間だったから。もっと長くこの人達と過ごせたらいい、もっとたくさんMANKAIカンパニーの舞台に携わりたいって…誰にも言えなかったけど、心の底からそう思った。だからこそ、あれっきりにしようと思っていたんだけど―――それは最初から、無理な話だったんだ。
「…うん。私ももっと、いづみさん達と舞台を作りたい」
「!じゃあ…」
「夏組第二回公演、お手伝いさせてください」
私は深々と頭を下げ、何故かいづみさんも同じように頭を下げ、2人して吹き出しました。