やっと、会えた


実家のお店を閉めたあの日から、私は臣くんや皆木くんから隠れるようにして生活していた。いや、ケンカしたとか会いたくないとかそんなことは全く、………ないわけではありませんけれども。
でもケンカしていないのは本当だ。会いたくないのはちょっとだけ、思ってはいるけど、2人に何かされたというわけではなく私の気持ちの問題ってだけ。いづみさんと左京さんに提示された問いについて、自分なりの答えが出るまで触れられたくなかったから。自分だけで考えて、考えて、考えて、それで結論を出したかったの。
もちろん、他人の意見を聞くことだって大事よ?蔑ろにするべきじゃない。でもそれは今回の場合、当てはまらないと思ったから逃げてるだけなのです。まぁ、元々そんなに一緒にいるわけじゃないから不自然に思われたりはしてないだろうけど。姿を見つけて慌てて踵を返す瞬間さえ、見られていなければ。
―――でもそれも、もう終わりにしなければ。


「はる!」
「臣くん。サークルお疲れ様、いい写真撮れた?」
「いや、まだ何撮るか決めてないから撮ってないんだ」
「そうなんだ」
「…とりあえず行くか。夕飯、食べてくだろ?」
「―――うん」


臣くんに連絡をしたのは、昨夜のこと。サークルが終わるのを待ってるから、一緒に寮に行ってほしいって。それだけで彼は全てを察してくれたらしく、なるべく早く終わらせるって返信をくれました。その後、皆木くんからチャーハン好きっすか?ってメッセージがきて思わず笑ったよね。脈絡ないなぁ、と思いながらも、好きですよって返したんだけど。
臣くんのさっきの言葉から察するに、きっと今日の夕食当番は皆木くんなのだろう。そしてメニューはチャーハン。彼の手料理を食べるのは初めてだから楽しみ。


「カントクも左京さんももう寮にいるって」
「うん」
「一応、談話室は人払いするから安心しろって左京さんから連絡がきてたぞ」
「ええ?そんなに仰々しくしなくていいのに…」
「あの人なりの気遣いだよ。あまり聞かれない方がいいだろ?」


でもまぁ…確かにそうなのかな。多分、いづみさんも左京さんもあの日のことは皆に話していないんだろうし。それは臣くん、皆木くん、佐久間くんも同じだろう。色々と面倒なことになるのだったら、知っているメンバーだけで話せた方が気は楽なのかもしれない。うん。
電車を降りて、寮が近づくにつれ段々と心臓がうるさくなっていく。ただこの前の返事をしに行くだけ、何も緊張することなんてないのになぁ。いづみさん達からしてきた提案だ、きっと拒否されることなんてないんだろうけど…それでもやっぱり、きちんと話をするまではダメなものなのかな。人間って。


「ただいま」
「お、お邪魔しまーす…」
「臣クンおかえりっす!はるチャン久しぶり!!」
「…うん、久しぶり。太一くん」
「おら、お前ら!ひとまず部屋に戻りやがれ!」


寮のドアを開けると、夕飯が済んだ所なのかがやがやと賑やかだった。それを左京さんが一喝すると、まるで蜘蛛の子を散らすように皆は自室へと戻っていく。臣くんと私におかえりとか、久しぶりとか、そんな声をかけるのを忘れずに。
でも左京さんは何て言って皆を部屋に戻したんだろう…説明しづらくない?遅い時間だったら何とでも言い訳ができるけど、今はまだ早い時間帯だし、普段なら学生組だって談話室で話したりテレビ見たりしているだろうに。

(何はともあれ、原因は私だし…ちょっと申し訳ないなぁ)

自室へと戻る皆の背中を見送り、臣くんを追って談話室へ入るとそこにはいづみさんと左京さんだけが残っていた。ダイニングテーブルの上には、皆木くんが作ったと思われるチャーハンとスープが2人分。きっと臣くんと私の分。美味しそうな匂いでお腹鳴りそう。でも鳴ったら恥ずかしさで帰りたくなるだろうから、頑張ってください私のお腹。


「ひとまず2人共、お腹空いたでしょ?冷めないうちに食べちゃって!はい、お茶」
「ああ、ありがとう。カントク」
「すみません、ありがとうございます」


食べ終わったら声をかけてね、といづみさんと左京さんは、ソファに移動した。


「…俺も食べ終わったら部屋に戻るよ」
「私、できれば臣くんにも聞いてもらいたいんだけど…」
「え?」
「いや、いずれいづみさんから話はいくだろうけどさ、アンタにはやっぱり聞いておいてもらいたいかな」
「いて構わないなら、いるよ」
「うん、お願い」


黙々と食べてしまえば、食事の時間は1時間もかからないで済んでしまう。食器は水に漬けておけばいいよ、と言ってもらったけど、さすがにそこまで甘えられないし。それに私達の分だけだからそこまで量は多くないもの。これくらいだったら然して時間はかからずに終わるからね。
全てを洗い終え、蛇口を閉めた瞬間、引っ込んでいたはずの緊張がまたぶり返してきたことに気が付いた私は口元が引きつりました。これ、…ちゃんと喋れるのかなぁ、私。案の定、今すぐ帰りたい気持ちになったけれどもそうもいかない。2人に時間作ってもらったのは私だし、待たせているのも私。もう時間も残されていないし、これ以上は先延ばしにしておけない。
濡れていた手を拭き、私はようやくいづみさん達が座っているソファの向かいに臣くんと並んで腰を下ろした。


「返事が決まった、と考えていいんだな?」
「はい。…決まりました」


気持ちだけは、両親に結婚の許可をもらいに来ている感じです。左京さんの顔を見ると。
少しだけ目を閉じて、息を深く吸った。


「この前の話―――受けさせてもらえたら、と思います」
「遥ちゃんっ…!」
「母とももう一度話して、ちゃんと許可ももらってあります。まだいづみさんの気持ちに変わりがなければ、MANKAIカンパニーの一員として演劇に関わりたい」
「変わってない!変わってないよ!!」
「…なら、決まりだな」


左京さんの言葉にいづみさんが嬉しそうに笑う。そっと隣を見上げれば、臣くんも穏やかな笑みを浮かべていて、目が合った瞬間にそれがまた柔らかく細められて…私の頭を撫でた。
言葉にはしなかったけど、その行為全てが良かったなって言っているような気がして頬が緩んでしまう。


「部屋は2階に一室空いてるからそこを使ってもらうとして、…いつからこっちに来る?」
「母の引っ越しが来週末で、家の引き渡しも同じ日なのでその辺りが一番いいかなぁって思いますけど急すぎますよねぇ」
「確かに急だが、引き渡しが終わったらあの家にいられねぇだろう。手が空いてる奴を集めるから、やっちまうぞ」
「おばさんの方は大丈夫なのか?」
「あ、うん。あの人、こういうのは段取りよくやってるからもうほとんど詰め終わってるんだって」
「すごいな」


そんなお母さんの娘である私ではありますが、計画性?なにそれ美味しいの?ってタイプです。とりあえず、期限までに間に合えばいいよね!ってなる。だから課題の提出を忘れたこととか、遅れたことは一度もないけどギリギリに近いものはある。なので、今も絶賛マズイ状況下にいたりする。
多分、来週末までには何とかなる、とは、思う。うん。ちょっと遠い目にはなりそうだけど。そんなことをいづみさんと左京さんと臣くんの会話を流し聞きながら、考えていた。

(…なんか、夢を見ている気分だ)

色んなことが一気にきて、気持ちとかたくさんのものがついていっていない。置いてきぼりになっているものとか、思いとか、そこら辺に転がっていそうで。全て現実のはずなのにどこかフワフワしていて、何て言うのかなぁ…ああそうだ、こんなに幸せな気持ちになっていいのかなって思っちゃうんだ。お父さんを失ったばかりで、こんな風に笑っていていいのかって思っちゃう。
そういえば、那智くんを失った時も同じようなことを思ったっけ。色んな人に泣いてばっかりいたら怒られるよ、って何度も何度も言われて、それでようやく自分自身を取り戻せたような気がした。賑やかすぎるこの寮にやってきたらまた、あの時のように自分自身を見つけ出すことが、取り戻すことができるのだろうか?


「―――大丈夫だ」
「臣くん…?」
「此処じゃどう頑張っても、1人になんかならないから」
「……うん、そうね」


ふわり、と撫でる手の温かさに、そっと息を吐く。
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