今は、今だけは


「伏見、皆木!そこの段ボール2つ車に積んでおけ!」
「あ、はい」
「リョーカイっす」
「咲也くん、そこの山3つはもらっていくやつだから詰めていってもらえる?」
「はいっ!」


 side:臣


時間が過ぎるのはあっという間で、2日前―――長く営業を続けていた『東雲古書店』は静かに幕を下ろした。
店仕舞いをする、と張り紙を張った日から、先代の頃から来てくれている常連客や近所の人達がひっきりなしに来てくれるんだ、とはるは嬉しそうに話してくれた。でも眉はハの字に下がっていて、少しでも気を抜けば今にも泣き出してしまいそうな顔でもあった。きっと淋しいんだろう。この店ははるが生まれた頃からあったから。彼女にとって家そのものだったんだと思う。そこがなくなるんだ、淋しくないわけがない。
そういえば、店を閉めた後はどうするのか聞いてないな…その話題に一切ならなかったし、はるも何も言わなかったからそのままにしちまってたけど。元々、はるの家は1階が古書店で、2階が住まいになっている。だから店仕舞いした後、取り壊すなんてことはないんだろうけど。垂れてくる額の汗を拭いながらそんなことを考えていると、奥のドアからおばさんがひょっこりと顔を出した。


「お茶を淹れましたから、少し休憩してくださいな」
「あ…俺、この山のだけ詰めちゃいたいんで、終わったら頂きます!」
「手伝うよ、咲也」
「ありがとう、綴くん!」
「臣くん、いづみさん、左京さん。私は佐久間くん達と一緒に行くんで、先に休憩していてください」
「…わかった」


はるの頭を一撫でして、先に上がっていったカントク達の後を追う。咲也が頼まれていた本の山はもうそれほど残っていなかったし、そう遅くないうちにアイツらも上がってくるか。はるが残ったのは2人が迷わないように、という配慮だろうな。バイトしてた時も2階には上がらなかったらしいから。
3人から少しだけ遅れてリビングにお邪魔すれば、カントクと左京さんはもう腰を落ち着けていた。和やかな空気が流れていて、その中に左京さんがいるというのは…なかなかにレアな光景なような気がする。寮にいる時は誰かしらが騒いでるから、この人も怒る側に回るんだよなぁ。こんな風に落ち着いた雰囲気で、和やかな空気になっていることは…寮内ではなかなかないことだと思う。大人組で酒を飲んでることも多々あるけど、こんな感じじゃなかったしな。


「今日はありがとうございます、手伝ってもらってしまって」
「いえ!本を無料で頂いちゃうので、このくらいは」
「ふふ、あの本達も貰い手がなければ寄贈するだけだったし、最初からお金をもらう気はないんですよ」
「東雲―――あっと、…お嬢さんからもそう聞いちゃいますが、さすがに」
「あらあら、本当に律儀だこと。…でも私達だけだと遥が頑張り過ぎちゃうから、助かったの」


穏やかな笑みを浮かべるおばさんは、はると瓜二つだ。いや、親子なんだから似てて当たり前なんだけど。何を考えてるんだ、と内心溜息を吐きながらお茶を飲んでいると、おばさんが口を開いた。


「…え?」
「あら、遥から聞いていない?実家に戻ることにしたのよ」


おばさんの言葉はなかなかに衝撃的だった。店を閉めた後のことは聞いていない、聞こうとしなかったのも確かだ。けど、…何でアイツはそんな大事なことを一言も言わなかったんだ?
実家に戻るってことは、大学も辞めないといけなくなるんだろう。向こうから通うこともできるだろうが、確かおばさんの実家があるのはここから3時間程、電車に揺られた先だったはずだ。さすがに通い続けるのは厳しい。こっちに残る意思がないのならば、恐らくは俺の想像通りになるはずだ。


「じゃあ遥ちゃんも…?」
「何度話をしても大学を辞めて、自分も一緒に行くって聞かなくて…あと1年なんだから通いなさい、って言ってるんだけどね」


本当は遥が大学を卒業するまでは店を続けるつもりだったらしいが、思い出が多すぎる此処にいるのはどうしても辛いこと、そしておばさんの両親も高齢で心配だから急遽、店を閉めて戻ることにしたんだそうだ。それを彼女に話した時、悩む様子もなく「なら、大学辞めるよ」と言ったんだと。こっちに残るって選択肢は、最初から遥の中になかったらしい。


「でもね、あの子にはずっと淋しい思いも辛い思いもさせてきたから、もう好きなことをさせてやりたいの」
「好きなこと…?」
「遥は隠しているつもりみたいだけど、MANKAIカンパニーが大好きみたいでねぇ…多分、そこで演劇を続けたいんだと思うの」


その言葉はすとん、と落ちた。ああそうか、アイツの様子がどこかおかしかった気がしていたのは…必要以上に俺達に関わらないようにしていたからなのか。深く関わらないように一線を引いて、それで馴染みすぎないように予防線を引いていたんだ。いつでも離れられるように。
だから春組第二回公演の手伝いが終わった後、カントクや綴、俺が遊びに来ればいいのにと言っても来る様子がなかったんだな。用事がないのに行ってしまえば、また繋がりが強くなってしまうと思っているから。

(…本当、バカだな。はるは)

距離を置いた所で、予防線を引いた所で、築かれた信頼とか繋がりはそう簡単になくなったりしないのに。不自然に離れようとすればするほど、多分、俺達は追いかけるだろうし。理由がわからないまま距離を置かれるのは、誰だって納得がいかないから。
結果として、この街を離れようとしているアイツにはちょうどいい距離感のままになってはいるんだろうけど…未練が残っているのならば、少しでもここにいたいとアイツ自身が思っているのならば―――引き止めても、いいんだろうか。


「本当ならこのまま連れて行くべきなんだろうし、親である私がこんなことを言うのは間違っているとは思うんだけど…立花くんのお嬢さん」
「ッ、あ、はい!」
「無礼を承知でお願いがあるの―――」





話がひと段落した頃、階段を上る音と咲也の元気な声が聞こえてきた。どうやら箱詰めは終わったみたいだ。カントクに視線を向けてみると、ビシッと背筋を伸ばした状態で固まっている。引きつった笑みを浮かべてるし、どうやら緊張しているらしい。まぁ、確かに重大な頼み事ではあるか。大丈夫かな、こんな状態で。
でもきっと、俺が話をするよりカントクの方がはるの気持ちを揺り動かせる気がしているんだ。夏組第二回公演の手伝いだってカントクが話をして、それで引き受けてくれたらしいしな。この人の言葉には人をやる気にさせる不思議な力があるんじゃないかと思う。今回も上手くいくかはわからないし、もしかしたら最初から最後まで首を横に振り続けるかもしれない。遥はこう見えて頑固者だから。


「遥ちゃん!」
「へ?」
「ちょ、ちょっとお話があります!ここにお座りください」


俺と左京さんは思わず、飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。何とか寸での所で堪えたけど。でもいくら何でも話を切り出すのが下手すぎるだろう、カントク…明らかに動揺しまくってるのがバレバレじゃないか。
ぺシペシと畳を叩いているカントクをはるはマヌケ面で見つめ、咲也は大きな目を瞬かせ、綴もポカンとした顔で凝視している。でもツボに入ったのか、くるっと後ろを向いて肩を震わせ始めた。ああ、笑ってるな綴の奴。
多分、話の内容がもっとライトであれば俺も遠慮なく吹き出して笑ってたと思うけど。内容が内容だからなぁ…さすがに笑ってる場合じゃない。おばさんは楽しそうに笑ってるけれど。


「ど、どうしたの?いづみさん」
「なっ何でもないよ?!さ、お座りください!」
「いや、何でもなくないでしょそれ…座りますけど」


怪訝な目を向けながらもカントクの前に素直に座り、首を傾げた。何か、カントクの緊張がこっちにまで伝染してきてる気がする。そっと視線を巡らすと、事情を全く知らないはずの咲也も緊張の面持ちで2人を見てるし、あんなに肩を震わせて笑っていた綴も真剣な表情になっている。左京さんは、至っていつも通りの顔に見えるけどきっとカントクがちゃんと話せるのか、とか心配しているんじゃないかな。かく言う俺も少し、緊張してきた。
静まり返った室内にカントクの声が響く。さっきまで動揺していた声音ではなく、しっかりとした聞き慣れている凛とした声。


「遥ちゃん。私達と一緒に舞台を作ろう!」
「…またお手伝いの話?」
「手伝いじゃなくて、MANKAIカンパニーの一員としてだよ」
「え、…」
「一緒に作ろう。遥ちゃんの好きなこと、したいこと、MANKAIカンパニーで叶えてみない?」


はるの瞳が大きく揺れた。


「わ、たし、お母さんと一緒にお母さんの実家に戻ることにした、んです。大学も、全部辞めるつもりで…」
「うん」
「なのにっ…なのに、いづみさんはどうして、そんな人の心を揺さぶるようなこと、」
「ズルいことしてるなぁって思ってるよ。でもね、それで遥ちゃんの仮面を剥がせるならいくらだってする」


ゆらゆらと揺れる瞳から、涙が零れ落ちる瞬間。彼女は顔を伏せた。パタパタと畳に涙が落ちる音がする。傍に行ってその涙を拭ってやりたい衝動に駆られるけど、でもそれは俺の役目じゃない。邪魔をするのは、野暮だろう。


「―――東雲。お前は『どうしたい』?」
「ッ、」
「自分のことだけを考えた時、『お前』が『したいこと』は何だ」


ああ、ズルイ質問だな左京さん。だけど、俺が彼と同じ立場だったら―――多分、同じような言葉を紡いだだろう。引き止める為なら、きっと。
カントクも左京さんも、それ以上は言葉を紡がなかった。言いたいことを言い終えたか、もしくはもうこれ以上は何を言っても無駄だと思ってしまったのか…それは2人にしかわからないことだけれど。

結局、この日ははるの返答は得られず、俺達は彼女の家を後にした。
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