君が特別なんだと気がついた
講義を終えて寮に帰ると、寮内はしーんと静まり返っていた。あれ?いづみさんもいないのかな…珍しい。この時間なら誰かしらいるものだと思っていたんだけど。こんなことならコンビニに寄って何か買ってくれば良かったなぁ。冷蔵庫に何かあるだろうか、なかったらもっかい外に出なくちゃだなぁ…部屋に戻る前にそれだけ確認しよう。
パカッと冷蔵庫を開けると、そこにはきちんとラップがかけられたサンドイッチがあった。ん?メモ付き…あ、ってことは誰かのお昼ご飯ってことかぁ。外に行くのは決定だな、と思いながらもそのメモを見てみると、それは私宛だった。
―――おかえり。昼飯にどうぞ。 臣
あ、臣くんから。そういえばアイツは今日、昼過ぎから講義だったんだっけ。多分、私と入れ違いで寮を出ていったのだろう。だからこうしてサンドイッチを作っていってくれたのかな。でもここまで過保護にならなくても、さすがに自分のお昼ご飯くらいどうにかするってーの!…臣くんが作るものはどんなに簡単なものでも美味しいから、きちんと頂きますけど。
全く、こういう優しさが相手を勘違いさせちゃう最大の要因だってわかってやってるのかなぁ?臣くんは。アイツのそういう所、嫌いじゃないけどやっぱり片思いしている身としては些か辛いものがある。どうせなら好きな人にだけ優しくしてあげればいいのに。
「あ、照り焼きサンドだ。うま…」
こうやって私の好物を作っておくとか、本当嫌いになんてなれそうもない。むしろ、好きになる一方だ。無心で食べ進め、カフェオレで流し込み、1つ溜息を吐いた。
「ただいまッスー!」
元気な声と、バタバタと廊下を走る音で私はようやく読んでいた本から視線を上げた。そのまま時計へ移すと、すでに16時を回っていた。うーわ、こんなに長い時間集中してたんだ?そりゃあ今日読み始めた本も、もうすぐ終わるはずだよね。
読みかけのページに栞を挟んでぐーっと伸びをしていると、すごい勢いで太一くんが談話室に飛び込んできた。
「紬サンいる?!」
「おかえり、太一くん。残念ながら、私しかいないぞー」
「あ、ただいまはるチャン!マジッスか、いないんだね紬サン…」
しゅん、と項垂れた太一くんは正に犬。絶対にないはずの耳と尻尾が見えるよ、可愛いなぁ本当に。それにしても紬さんを捜してるってことは、勉強を教えてもらいたいんだろうか?そろそろ中高生組はテスト期間に入るはずだし。冷めたカフェオレを飲んでいると、太一くんに遅れること数分で同じ高校に通っている十座くんと天馬くんも顔を出した。太一くんにいたか?と尋ねながら。これは3人して彼を捜してる、ってことかぁ…そういえば、誰かがO高3人組はあまり成績がよろしくないって言っていた気がする。
「出かけてるみたいでいないッス〜…」
「あ、ただいま遥さん」
「ただいまっす」
「うん、おかえりー天馬くん、十座くん」
挨拶を返し、今日の夕食当番を確認すると綴くんだった。よし、これなら続きを読んでも問題はないね。さっき閉じたばかりの本をもう一度開こうと手を伸ばすのと、太一くんに切羽詰った声で呼ばれるのはほぼ同時だったと思う。そして嫌な予感しかしないぞ?
「なにかなー太一くん。お姉さん、読書の続きをしたいんだけど」
「一生のお願いッス!俺っち達に勉強教えて!!」
いや、君の一生のお願いやっすいな?!いいのか、それで。…というか、やっぱり3人してテストがヤバイのか。
「そんなにマズイの?君達」
「…ノーコメント」
「俺っちと天チャン、補習の常連ッス…」
「あっおい太一!」
「俺も勉強はあんまり…」
3人してしゅん、としないでくれないかな?!捨てられた子犬みたいな目をするもんだから、うっかり頷きそうになるじゃないか…!勝手に葛藤してると、太一くんからダメ押しの「ダメッスか…?」と上目遣いを頂きました。よく上目遣いの破壊力は半端ない、と聞きますが、あながち間違っていないかもしれないと思う。やる人のタイプにもよるとは思うけど、私はこういうのに弱いらしい。知らなかったけど。
もー、仕方ないな!今日だけだからね?!開きかけていた本をテーブルに置いて、半ば叫ぶようにそう言えば太一くんがわっかりやすく両手を挙げて喜んだ。そんなわけで勉強を教え始めたわけなんですけど…
「…あ、こういうことか」
「そうそう。その公式さえ覚えておけば、応用問題もできるから。こっちの問題解いてみて」
「っす」
「はるチャン、これって答え合ってる?」
「んー?…いや、違う」
「えっ?!」
「ここの計算間違ってるから、答えも違ってくるんだよ」
「うわ、ほんとだ!!」
太一くんはケアレスミスが多い。本当に多い。それさえなくなれば、きっとテストで赤点取ることは減ると思うんだけどなぁ。そんなに急ぐこともないんだし、ゆっくり確実に問題を解いていけばいいのに。そりゃあテストだと時間制限はあるけど、10分20分とかじゃないんだもん。丁寧に解いたってそうそう時間は足りなくならないよ。
「賑やかだと思ったら、珍しい光景だな」
「本当だ。東雲さんが勉強教えてるって珍しいっすね」
「あ、臣クン綴クンおかえりー!」
「ただいま。そういえば、高校生組はもうすぐテストか」
「そうなんスよ〜…今回、1つでも赤点取って補習になったら左京にぃに殺されるっす」
遠い目をしてそう言った太一くんを見て、臣くんがそういえばそんなこと言ってたな、と苦笑していた。どうやら少し前のミーティングでそう言われたらしい。
ああ成程…それは余計に必死になるな、うん。怒られるのは誰でも嫌だし、それも左京さんの本気のお説教は私も受けたくはない。それでなくともあの人、ものすっごく厳しい人だしなぁ。優しい人だっていうのも、もちろんわかっちゃいるけど。
「あ、遥さん。これはどう解くんだ?」
「ん?どれ?…ああ、これはね」
天馬くんに話しかけられ、視線を外してしまったからわからなかった。
「伏見さん?」
「…うん?どうしたんだ、綴」
「いや、…それこっちのセリフっす。何かありました?」
「おかしなことを聞くんだな。何もないぞ」
臣くんが一瞬だけ、怖い顔をしていたことに。