見たくないモノからは目を逸らせ、なんてできるはずもない


新生秋組第二回公演が終わってしばらくした頃、私は1人で那智くんのお墓参りに来ていた。臣くんと…一緒に行こうかな、とも思ったんだけど、何となく声をかけられなくって。
前にもやんわりと断られた記憶があるから、いくら前を向き始めたとはいえ断られる可能性だって決してゼロじゃない。だったら今まで通り、1人でいいかなって思っちゃったんだよね。初めてここへ来た時と同じ花と、彼が持っていた煙草を1つだけ持って。


「…那智くん。臣くんが主演した公演、無事に終わったよ。大成功だった」


これはただの独り言。永遠の眠りについた彼にだって届いているかはわからない。しいて言えば、私の自己満足だと思う。これは初めて来た頃から変わっていなくて、臣くんと一緒でもこんなことがあったんだ、とか近況報告してたっけ。
それを彼は黙って、…それこそ私の気が済むまで隣で聞いてくれていたんだよね。文句を言われたこともなかったと思う。


「きっと満開に咲くよね?だって臣くんだもん」


私と那智くんが大好きな、臣くんだもん。きっと何よりも綺麗に咲くよ。それを見届けるその時まで、私は臣くんの隣にいたい。


「さて、また来月来るよ。今度はアイツも一緒に来られるといいんだけど…」


またね、と呟いて立ち上がる。ふっと向けた視線の先にいたのは、臣くんといづみさんだった。ガンッと鈍器で殴られたような衝撃を受けた所までは覚えているけど、その後のことは正直覚えていない。気がつけば寮に帰ってきていて、自分の部屋のベッドに転がっていた。お気に入りのクッションを抱いて、ボロボロと涙と零して。

一瞬、どうして泣いているのかがわからなかったんだけど、あの瞬間の光景を思い出して―――自分が泣いている理由を、ようやく理解した。

那智くんのご両親とお墓の前で偶然会ったあの日から、臣くんは何度誘ってもお墓参りに行くことをしなかったのに…いづみさんと一緒に、来ていたから。彼の横にいるのが自分ではないことが悲しくて辛い、という自分勝手な理由で私は今、涙を零している。私は臣くんの彼女でも何でもない、アイツが誰とお墓参りに行こうと、誰といようとアイツの自由なのに、泣く権利も悲しむ権利もないのに…涙が止まらないんだ。
それはきっと、臣くんがいづみさんを好きなんだと気がついてしまったから。どんなに頑張ってもきっと、私は幼なじみ以上にはなれないと実感してしまったから。
ああ、私は―――…失恋を、したんだ。





「遥、こっちの服も着てみて」
「…真っ白なワンピース」


淡々と講義を受けてきた私は今、幸ちゃんとショッピングモールに来ています。それも幸ちゃんお気に入りのお店です。そして彼が選んだ服を延々と試着する、という何とも言えぬことになっていたりする。何でこうなったんだ?
朝、何時に講義が終わるのか聞かれたから15時には自由になるよって教えたら、即座に16時に天鵞絨駅ねって言われ…あっという間に約束を取り付けられたわけなのですが。いや、別に何も用事なかったから全然構わないんだけどさ…理由を教えてください、とはなるよね。当然。
でもまぁ…あんまり寮に帰りたくない気分だし、部屋に籠ったままだと確実に気が滅入ってどんどん落ち込んでいきそうだから。誰かとこうして出かけた方が、気分転換にはなるかも。事実、楽しいからね幸ちゃんとの買い物は。


「ねぇ、幸ちゃん…着てみたけど、白は似合わなくない?」
「俺が選んでるんだから間違いないに決まってるでしょ。…うん、やっぱりそういうのも似合うじゃん」
「そうかなぁ…」
「普段、ラフな格好ばっかじゃん。それも似合ってないわけじゃないけど、もったいない」
「もったいない…そんなこと言うのは幸ちゃんだけじゃないかなぁ」


ワンピースの裾をつまんで持ち上げてみる。真っ白で、とても可愛らしいデザインのそれは私の好みドンピシャではあるし、ときめきもするものの…こんなどす黒い感情を内に持っている私に、こういうのは似合わないと考えてしまう。こういうのはもっと―――そう、いづみさんのような人が着た方がずっと可愛いし、似合うと思う。

(スカートとか持ってないわけじゃないし、着たことないわけでもないけどさ…)

でも女らしい性格をしていないし、どっちかと言えばアウトドア寄りのアクティブに動くタイプであると思う。だからかなぁ、自然と動きやすい格好を好んで着ることが多い。たまーに大学の友人と買い物に行くけど、見るのはメンズのとか、レディースのものでもパーカーとかそんな感じのものばかり。
友人達にももっと女の子らしい格好すればいいのに、と言われることだって少なくない。言ってることはわかるけど、…どうしたって似合うと思えないんだよねぇ。女の子らしい格好って。


「また眉間にシワ。最近、ずっとそんな感じじゃん」
「え…」
「この間の日曜だっけ?どっか出かけた後から、ずっと元気ないでしょアンタ」
「幸ちゃんって意外と周り、見てるよね…」
「違っ…!ば、馬鹿犬がずっとうるさいから目がいってただけ!」


そうは言っているけれど、耳が真っ赤になってる。きっかけは太一くんかもしれないけれど、きっと心配してくれているのは幸ちゃん自身だと思う。何だかんだ言いつつ、優しいんだよね?この子は。
少しだけ浮上した気持ち、お礼も兼ねてどこかカフェでお茶でもしていこう。少しくらいなら甘いものを食べても問題ないでしょ。


「幸ちゃん、どこかでお茶していこう」
「それはいいけど、何も買わないの?」
「うーん…選んでくれた幸ちゃんには悪いけど、」


着る機会もないからごめんね、と続くはずだった言葉は、これとこれと…と私の手に服をのせてくる幸ちゃんに遮られてしまった。あの、あのー幸ちゃん?私、買うつもりはこれっぽっちもないんですけど…?!
今度は少し強めに彼の名前を呼ぶと、ようやく視線を私に合わせて―――にんまりと、笑ったのです。うん、君の笑顔はすっごく可愛いと思うけどね?いい加減、私の話も聞けよ。こんにゃろう。


「それ、アンタ気に入ってたでしょ。買ってくれば?」
「いや、でも…」
「似合ってた。それは俺が保証する」
「…どうも…」
「遥はもう少し自分に投資してもいいと思うけどね」


中学生にここまで言われる私って一体…。ちょっと遠い目になりながらも、幸ちゃんに渡された私が気に入っていた―――らしい―――レースアップスカートとブラウスに視線を落とす。保証する、って言ってくれたし、1着くらいこういうのを持っていてもいいのかもしれない。うん、こういうのは思い切りも必要だって誰かが言ってたもんね。もうひとつ、私自身が一目惚れしたジャケットを追加してレジへと向かう。チラッと後ろへ視線を向けると、幸ちゃんが満足そうな笑みを浮かべていた。
幸ちゃん曰く、アクセとか髪飾りも見る予定だったらしいんだけどちょっと時間が足りないので断念してもらう。でもこの子と一緒に来ると色々見立ててもらえて、ちょっといいかもしれない。自分のことなのに服とか、どんなのが似合うのかーとか意外とわからないんだよね。今日買ったようなタイプの服だと特に。今度は休日にゆっくり来てみるのもいいかもなぁ。そんなことを考えながらカフェオレに口をつけた。


「それで?何があったわけ」
「ぅわお、断定っすか。幸ちゃん」
「馬鹿犬が、…出かけてたあの日、アンタが泣きながら帰ってきたって言ってたから」
「え、」
「声をかける前に階段駆け上ってったし、夕食の時は何でもない顔してたから聞かなかったんだってさ」


何でそれを俺に話すのかはわかんないけど。
幸ちゃんがストローでオレンジジュースをかき回すと、氷同士がぶつかってカランッと音を立てた。私はそれをぼんやりと見つめながら、太一くんに見られてたのかぁ…なんて、まるで他人事のように考えている。あの日の記憶は笑っちゃうほどに曖昧で、玄関で誰に会ったのかすら覚えていない。さすがに夕食の時の記憶はあるけど、…あ、そういえば太一くんが何か言いたそうな顔でこっちを見ていたような気がするようなしないような?
もしかして、泣いてるのを見られてたから―――だったのかな。心配させちゃったなぁ。とはいえ、今更心配かけてごめんねーなんて言っても不自然だし、あの子のことだから何のことッスか?って笑うだけのような気がする。太一くんは、そういう子だ。踏み込んでくる時は踏み込んでくるけど、そうじゃない時の方が断然多い。そんな彼に助けられているのも、また事実だった。


「何かねー、失恋しちゃったみたいなんだよね」
「ああ、失恋………は?アンタ、オカンに言ったの?」
「ううん、言ってない」
「ますます意味わかんない。言ってないなら失恋してないじゃん」
「それがそうでもないんだなぁ」


尚更、眉間にシワを寄せた幸ちゃんに苦笑を返し、カフェオレを無駄に混ぜながら視線を外す。そしてポツリ、ポツリと言葉を紡ぐ。
あの日、亡くなった友人のお墓参りに行っていたこと。帰ろうとした時に臣くんといづみさんを見かけたこと―――いづみさんに向ける眼差しが、とても優しかったこと。それを見て臣くんがいづみさんを好きだってことに気がついたこと。
あの日のことを思い出すと、鼻の奥がツンとして泣きそうになるけど何とか耐えられた。でも話し終わる頃には疲労困憊です…そんなに長い話をしたわけじゃないんだけどね。幸ちゃんは口を挟まず、ただ黙って話を聞いてくれていた。


「諦めなくちゃいけないのに、諦められなくて…」
「…別にさ、好きでいるのは自由なんじゃないの?」
「え?」
「相手に好きな人がいる、失恋した、確かに諦める理由にはなるだろうけど、遥がまだ好きでいたいんならいればいいじゃん」


ズズーッとオレンジジュースを啜りながら、何でもないように言ってのけた。諦めることも、嫌いになることも、もう好きじゃないって思い込むことも、そんなの無理してすることじゃないでしょ、って。


「いいじゃん。好きなら好きで」
「でも迷惑…」
「だからさぁ、誰に迷惑がかかるの?遥が臣を好きでいて」
「お、臣くん……?」
「まだ好きだって言ってもないのに?鈍感そうな臣が気がついてると思う?」


鈍感そうかどうかはひとまず置いておくとして、多分、私の気持ちはバレてないと思う。バレないように必死に隠し続けてきているし、カンパニーの中でそれを知っているのは幸ちゃんだけだ。寮内でも気を付けて生活してるから、問題ない―――はず。


「消えないんだったら無理に消す必要なんてどこにもない。消える時は勝手に消えるでしょ」
「…好きでいても、いいのかな」
「俺はいいと思うけど?…好きなんでしょ。遥は」
「うん…好き」


私がポツリと呟くと、幸ちゃんはあからさまに溜息を吐いてそもそも好きでいることに誰の許可もいらないでしょ、って言い放った。あはは、うん、そうだよね。好きでいることは…自由なんだもんね。
諦めることはできない、でもアイツの気持ちに気がついてしまった以上、もう二度と伝えることもできない。今までも伝えるつもりはなかったけど、でももう…知ってもらうこともできないんだって思うと、ちょっと悲しいけれど。
だけど、それで臣くんが幸せになってくれるのならばいいのかもしれない。まだ2人が並んでいる姿を見るのは辛いし、キッツイし、臣くんの隣を譲りたくもないけど、それでも少しずつ離れなくちゃいけないのだろう。いい加減、幼なじみ離れをしないといけないってわけだ。
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