未来の脚本家との邂逅


キッチンからふわりと甘い香りがする。その香りに頬が自然と緩み、読んでいた本から視線を上げた。視線を移した先のキッチンでは、臣くんがせっせと談話室でくつろいでいるメンバー分のホットケーキを焼いている。それを一生懸命手伝っている咲也くんと十座くんはとても可愛いと思う。
高校生に、それも男の子に言う言葉ではないというのはわかってるので大人しく飲み込むけれど。…うん、でもやっぱり可愛い。きっと生クリームやチョコペン、色とりどりのフルーツでデコレーションされた豪華なホットケーキが出てくるんだろうなぁ、と予想して、視線を本に戻す。
談話室内にはキーボードを打つ音、話し声、ゲームのBGM…それはもうあらゆる音が響いている。本を読むには少しうるさい空間なのかもしれないけど、今となってはこのうるささも心地良く感じちゃうんだから慣れってすごいよね。

「あ、ねぇはるチャン!綴クン!」
「へ?」
「なんだ?」
「2人ってどうやって出会ったんスか?」

向かいのソファに座っていた太一くんがスマホから視線を上げて、首を傾げた。おおう、これはまた突拍子もない質問だなぁ…そして今更それを聞くのかい?太一くんや。ぽっかーんとしていると至さんとテレビゲームで対戦していたはずの万里くんが「ンなの大学じゃねぇの?」と言いながら振り返った。
まぁ、そうね。同じ大学に通ってるからね。でも彼が聞きたいのはそういうことではなく(むしろそのくらいわかる!と万里くんに怒っていらっしゃいます)、学年も違うし、同じサークルに入っているわけでもないのに知り合いになったきっかけを聞きたいんだそうな。その質問に綴くんと私は思わず顔を見合わせた。

「臣クンは知ってる?」
「いや、俺が綴に会ったのははるの紹介だったから…知らないな」

きっかけは忘れちゃったけど、そういえばそうだったっけ。幼なじみの臣くんだよー臣くんが撮る写真めっちゃ綺麗なんだよーって紹介をしたような気が、する。本当にきっかけは全く覚えてないんだけれども。

「あ、ホットケーキ美味しい」
「デコレーションしたのって咲也と十座?」
「はい!頑張りました!」
「っす」
「ねぇはるチャンも綴クンも俺っちの質問無視しないで?!…あ、ホットケーキめっちゃ可愛い」

太一くんもバッチリ心奪われてるじゃないか。
むぐむぐと頬張りながらさっき投げかけられたばかりの質問を思い返す。綴くんと出会ったきっかけ、ねぇ。別に覚えてないわけじゃないし、話したくない程に最悪だったわけでもない。とはいえ、私達の出会いはちょっとばかし特殊?だったので…私が良くても綴くんがNGだったりするんじゃないのかな、と思うんだよね。つまりは彼が別に大丈夫って言うなら、私はいくらでも喋るってことさ。

「なに?綴、遥ちゃん相手にどんなことしでかしたんだよ」
「しでかしてねぇよ!……多分」
「綴さん、その間じゃ余計に信憑性低い」
「う…」

十座くんはあっという間にホットケーキを完食し、キッチンにいる臣くんの元へおかわりをもらいに行ってしまった。いやー見慣れたけど、本当に甘いもの好きなんだなぁ…本人は必死に隠しているつもりみたいだけど、食べてる時は表情が緩むんだよねぇ。いつもは眉間にシワ寄ってる強面なのに。だからいくら言葉で否定してもわかってしまうのだ。そんな所も可愛いなと思ってしまうんだけれど。
再びホットケーキに手をつけ始めた所で、太一くんに出会いのきっかけ聞きたいっす!と挙手されました。挙手って…ここは学校ですか。

「いいの?綴くん」
「…ダメって言っても話すまで何度も聞かれるでしょ。もういいっすよ」
「ええっとね、最初に声をかけてくれたのは綴くんの方だったの。―――いきなり告白された」

至る所から飲み物を吹き出す音や、咳き込んでる音が聞こえた。あー、やっぱりそういう反応されるのかぁ。そして腹を括ったはずの綴くんは顔を真っ赤にしていらっしゃる。まぁ、何の説明もなく告白されたって言ったらビックリするか。私もビックリしたもんね、あの時は。

あれは入学式が終わって、一週間くらい経った日のこと―――講義も終わったし、サークルにはしばらく顔を出さなくても大丈夫ったから帰ろうと思って思って構内を歩いてたら、呼び止められたんだ。反射的に振り返ったら、そこには肩で息をしている男の子立っていたのです。つまりはその男の子が綴くんなわけだけれど。
でもその時の私はこの子だれ?状態だし、家の手伝いもあるから早く帰りたいんだけどなぁ…とか考えてたんだよね。今思うととんでもなく失礼だなぁ、と思わなくもない。でも本音。だけど初対面だし、新入生っぽいし、とりあえず笑顔を浮かべて何か用ですか?って、なるべく優しめの声音で尋ねた。

『あっあの!東雲遥さん、っすよね?去年、文化祭で主役演じてた!』
『へっ?…あ、ああ、はい…一応、そうですけど』
『俺、あの舞台観てました!男役めちゃくちゃ似合ってたし、話も面白くて!』
『…どうもありがとう。ウチの脚本家も喜びますよ』

顔を真っ赤にして、でも必死に拙い言葉で感想を伝えてくれるその姿にちょっとキュンとしたというか…何て言うか、こんな弟欲しいってなった。だって可愛かったんだよ、本当に。

『えっと、……好きです!!』
『………はい?』
『えっ?………あっちが、いや違くないですけど、あのそういう意味じゃなくて!あれですっ東雲さんの演技が好きって意味で、』
『ぷっ…く、あははっき、君いくら何でもテンパり過ぎでしょう!』
『す、すみません…ちょっと舞い上がってました…』
『はー…愉快な子だね、君。改めまして東雲遥です、君の名前は?』
『み、皆木…皆木綴っす』
『皆木くんね、覚えた。また構内で会ったらお喋りでもしようよ。じゃあね』

ひらり、と片手を振ったら、勢い良くお辞儀されてビックリしたよね。それも綺麗な90度なんだもん。何だこの子?!ってまたツボにハマったのをよく覚えてる。

「…ってな感じ」
「綴…お前、盛大にやらかしてんじゃん」
「うるせぇ…俺も改めて思ったわ……!」

綴くんのダメージが半端ないけど、本人の許可はもらってるし…私は悪くない、うん。

「へぇ、そんな感じだったんだな」
「可愛かったよーあの時の綴くん。春組の旗揚げ公演はその後だったから、本当に同一人物?!ってなったけど」
「ははっ印象が違ったのか」
「うん、カッコ良かった」

綴くんにとっては忘れたい出来事かもしれないけれど、私からしてみればとてもいい思い出なわけで。忘れてください!って必死に訴えられてもきっと、あの日のことは忘れないと思う。
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