彼女の親友の場合
「えっ恋人ができた?!」
「しーっ!声がデカいよ、千鶴!!」
「っと…!」
しのに言われて慌てて口を覆ったけど、多分もう手遅れで。でも幸か不幸か周りにはほとんど生徒がいなくて、恐らくは誰にも迷惑はかけてないと思う。うん。
Side:千鶴
しのと出会ったのは中学1年の時。偶然同じクラスになり、席も前後だったから自然と仲良くなった。お互いに演劇とか本が好きで気が合った、というのもあるんだろう。彼女の幼なじみだという伏見くんを紹介されたのも、同じくらいの時期だったと思うんだよな。確か。
私自身に幼なじみっていう存在はいなかったから、『普通』がよくわからないんだけど…多分、伏見くんとしのの距離感は違うと思う。どっちかと言えば、恋人同士の距離感じゃない?って思ったのは、一度や二度じゃない。まぁ、それも友人である期間が長くなっていくうちに慣れてしまうんだけれども。
しのは人の恋バナはにこにこしながら聞いてるくせに、自分に振られるとのらりくらりと躱してしまう。最初こそ興味がないのかなって思っていたけれど、しのの視線の先にはかなりの確率で伏見くんがいて。もしかして好きなのかな?って思った矢先に、告白してきた同級生とつき合い始めたりして…でもそれをしの自ら話してくれることはなかったんだ。
これでも親友だと自負してきていただけに、ちょっとショックだったんだよな。何でも話してほしいわけではないし、私も何でもかんでも話しているわけではないから…本人にそれを告げたことはなかったけれど。だから今日、初めてしの自身の口から恋人ができたって聞いてかなりビックリしてる。
「でもなんで今回は話してくれたの?今まで別に言ってきたりしなかったじゃん」
「え、そうだっけ」
「そうだよ。初めてつき合った時だって、人づてに聞いたもん。しのに恋人ができたらしい、って」
「あー………」
パックジュースに口をつけ、しのはどこか遠い目。何となくあまりいい思い出じゃないんだろうな、っていうのはわかった。聞かれたくないなら聞くつもりはないけどさ。
「いや、うーん…軽蔑されるの覚悟で言うけどさ」
「うん?」
「今までつき合ってきた人、好きになれたことなくって…」
しのの言葉に私は首を傾げた。いや、まぁ…そういう恋愛のパターンもあるのはわかってるけど、まさかこんな身近な間柄の人の口から聞くことになるとは思わなかったよね。
でも何となく、しのはそんな無責任なことしなさそうって思っちゃうんだけどなぁ。期待させるとか、そういうのをあまり好まない。優しいし、お人好しな所はあるけれど嫌なことを嫌だと言えないタイプではない。むしろ、ハッキリ言うタイプであったはずなんだけど…何でそうなった?
「断ったの。好きな人がいるから無理です、つき合えませんって」
「うん」
「でも、それでもいいからって何度も何度も言い寄られて…最終的に面倒になってそのまま…」
「…そこで押されちゃったらダメでしょうよ…」
「劇団員の子にも言われた…しかも高校生…」
ああうん、…高校生に言われてしまって落ち込む気持ちはわからんでもないけれど、その原因を作ったのはしの自身だからなぁ。どうにもフォローできない。だって私もその高校生くんと同じ意見だから。
頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった親友のつむじを見つめながら、ふとさっきの言葉を思い返す。もうひとつ、初耳の言葉があったような気がしたんだけど…。んん?
ズズーッと飲み物を飲みながら考え込んでいると、黙り込んでしまった私を不思議に思ったのか眉をハの字に下げたまましのが顔を上げた。
「…しの、」
「はい?」
「あんた、好きな人いたの…?!」
「え、今そこにツッコむの?恋人ができた、って話をしたのに?」
うん、その時点で好きな人がいるってのは間違いないけど、何かもういきなりすぎてこう…キャパオーバーしてる感じなんだよ。だって、そもそもしのに好きな人がいるなんて初めて聞いたんだし!
多分、これはいつもつるんでいる仲間も誰も知らないと思う。恋バナはいつだって聞く側に徹していたから。
「まぁ…言ったことなかったけどね。隠してたし」
「なんで?!」
「んー……防衛本能的な?」
「はぁ?」
しの曰く、私達を信用していないわけではないけれど、誰かに話すことで顔に出て本人に知られたくなかったから隠していたんだとか。その好きな人とどうこうなりたいって思わないわけではなかったけれど、今の心地良い関係を壊してしまうくらいなら知られたくないって思ってたんだ、って。だから必死に隠して、隠して…今に至る―――ということらしい。
意外、しのって恋愛に関しては臆病だったんだなぁ。でもこういう話をできるようになったの、ちょっと嬉しいかもしれない。私は浮いた話なんてひとつもないけれど、話を聞くのは楽しいからね。
「そっかそっか、じゃあその好きな人とつき合うことになったんだ?」
「…うん、そうなりますね……でね、その相手なんだけど」
「もしかして伏見くん?」
「………なんでわかるんだよぅ…!」
勘みたいなものだったけど、やっぱり当たっていたらしい。しのは徹底的に隠してたし、私もそんなに察しがいい方ではない。空気を読むことはそれなりにできると思っているけれど、見ていればわかるなんてそんな芸当は無理です。でも今でも時々、しのの視線は伏見くんに向いていることがあったから…もしかして?って思ってた部分はある。そこへ恋人ができたって報告をもらったら、ああ相手は彼なのかなって思うじゃん。
でもそっかー、伏見くんとくっついたのかー…しかもあの口ぶりだと、割と前から好きだったっぽいよなぁ。本当に上手く隠してたんだな、この子。全然わからなかった。きっと、仲間内で気がついている人もいないと思う。昔から隠し事は上手だった気がするわ、しのって。
ほのかに頬を赤く染めている親友は、とてもとても可愛い。普段からころころと表情が変わって見てて飽きないけれど、こんな表情は初めて見たかもしれない。いいねぇ、恋する乙女ってやつですな。
「良かったね、おめでとうしの」
「…ん、ありがと千鶴」
「でも私とも遊んでね!一緒に帰ってね!」
「あはは、それはもちろん」
伏見くんはめちゃくちゃいい男だし、しのを大事にしてくれるのは明らかだから何の心配もしてないけど…でもやっぱりさ、大事な親友をとられちゃうのは寂しいので。