言葉にして、こっちを見て


後輩の前で泣きまくってしまったあの日。実を言うと、私はしばらく落ち込みました。ええ、それはもう見事と言わんばかりに落ち込みましたとも!理由?そんなの泣きまくったからに決まってるじゃんか。臣くんのことも、あるけど。
でも臣くんの件に関しては私が勝手にショックを受けて、勝手に悲しくなってるだけだからアイツに落ち度なんてこれっぽっちもないんだけれど。そう、ないのはしっかりと理解をしていたつもりだったんだけど、やっぱり気持ちがついていっていなくて。何だかいまだにちゃんと臣くんと話をできないでいる。
でもいい加減、この欝々とした気持ちをどうにかしたい。それにそろそろ意図的に避けてることも、アイツは気がついてると思う。

(ほんっと逃げグセがついちゃったんだなー…私)

臣くんから告白された時だってそうだ。恥ずかしくて、何て返したらいいかわからなくて、ベッドの中に逃げ込んだ。キスを、された時も…私が酔っ払って気持ちを全部吐露してキスをしてしまった時だって、とにかく逃げなくちゃって思いが大きくてとことん避けまくった。
あの時はサークルが忙しかったから意図的にってわけでもなかったんだけど…でも駅で臣くんの姿を見た瞬間に脱兎の如く駆け出したっけ。幸ちゃんに言われたなぁ…逃げグセつけてどうすんの、って。はぁ、と溜息を吐いたのと同時に、ノックの音が響き渡った。誰だろ、こんな時間に。

「はぁい、どちら様……」
「…はる、今いいか?」
「ええっとー………大事な、話?」
「んん、…まぁ、そうなるのかな」

ドアを開けると、そこにいたのはマグカップを2つ持った臣くんだった。わぁお、噂をすれば何とやらってやつだね。無意識に逃げようとしたけれど、すぐに考え直して彼を部屋の中へと招き入れる。
ドアを閉めれば案の定、2人きりの空間が出来上がるんだけど…私のこのドキドキは、違う意味でのドキドキだと思う。絶対。

「ココアだけど飲むか?」
「あ、うん…ありがと」
「熱いから気をつけろよ」

コクリ、と頷きだけを返し、まだ湯気が立ち昇るマグカップに口をつける。ゆっくり、ゆっくりと。啜る音だけが響く静かな部屋。話をしに来たのだと思っていたけれど、臣くんも私と同じようにマグカップに口をつけているだけ。互いに黙ったまま、ただいたずらに時間だけが過ぎていく。
心臓は痛い程に鼓動を刻んでいるけれど、でも不思議とこの沈黙は嫌だと感じない。隣にいるのが臣くんだから、なのかなぁ。慣れなのか、それとも安心なのか…いや、今の関係だと安心感の方が強いかも。さて、どうしよう。心地良い沈黙に身を任せてもいいのだけれど、そろそろ本題に入らないと話すことが嫌になってしまいそうだ。

「…臣くん、ごめんね」
「それは―――何に対しての謝罪?」
「色々、かなぁ。でも一番は…意図的に、避けてたこと」
「やっぱり意図的だったのか。逃げグセつけるのはやめてくれ…それだったら口汚く罵られた方がまだマシだ」

ローテーブルにマグカップを置きながら、そう言った臣くん。そんな趣味があったの?なんて軽口は、彼の眉間にくっきりと刻まれたシワを見た瞬間、飲み込まざるをえなかった。思わず息を飲んでしまう、それくらい…険しい表情をしていたから。

「避けられる理由なんてこれっぽっちも心当たりねぇし…さすがに堪えた」
「うん…ごめん」

手の甲で目を隠してベッドに寄り掛かった臣くんにそっと近づけば、隙間からべっこう飴と同じ色をした瞳がチラリとこっちを見た。それは不安気で、何か言いたそうにゆらゆらと揺れている。
涙なんて浮かんでいないのにどうして、泣きそうだなんて思っちゃうんだろう。

「俺より、」

ポツリ、と声が零れる。

「―――俺より、綴の方が頼りになるか?」

それは私が、臣くんを傷つけてしまっていた証拠だった。
どくん、と心臓が跳ねる。目を逸らそうとしたのはきっと、また無意識逃げようとしているから。自己防衛の一種なのかもしれない、とても身勝手な。ようやく開いた口から零れ落ちたのは、情けないくらいに震えた声。

「どう、してそんなこと、聞くの…?」
「はるが俺のことを避けるようになった前の日、かな。中庭で2人を見かけた」
「……」
「多分、お前は泣いてて…綴はお前の腕を引いて、構内へ消えてったんだ」

ただ2人で構内へ消えていっただけなら、何とも思わなかったけど。お前が…はるが、泣いていたから。
だからどうしようもなく辛かった、と臣くんは淡々とした口調で、声音で紡いでいく。けれど、いまだ目を隠している手はギュッと、強く握られていた。声からは感情が読み取れないけれど、握られた手は悲しいと叫んでいるように…見えるの。どうしてって、問いかけてるように見えるの。
ごめんね、違うの、臣くんは―――

「違うのっ…」
「はる?」
「臣くんが頼りないとか、頼りたくないとかそういうのじゃなくて!綴くんの方が頼りになるとか、そういうことでもなくって…!」
「…うん。全部聞くから、ゆっくり話してくれ」

隠されていた瞳は、もう揺れていなかった。見慣れた優しい色を灯していて、無性に泣きたい気分。頬を撫でる手をギュッと握って、私は少しずつ話し始めた。
偶然、臣くんが可愛い子に告白されているのを見てしまったこと。大丈夫だってわかっていてもモヤモヤしてどうにもならなくて逃げ出したこと。中庭で声をかけてくれた綴くんを見てダバダバ涙を零してしまったこと。

「なぁ、」
「何ですか…」
「さすがの俺も、傷つくんだけどな。それ」
「…ごもっともです…」
「でもまぁ…きっと俺も、そんな場面に出くわしたら答えがわかってても同じように思うのかもなぁ」

はは、と苦笑を浮かべたまま、私を抱き寄せる。両腕でしっかりと、逃がさないと言わんばかりの力で。逃げるつもりなんてないのに、バカだなぁ。って思うけど、そうさせているのは他の誰でもない私なので…何も文句は言いません。というか、言える立場ではありませんっていうのが正しいか。
ごめんね、の意味を込めて、大好きだって気持ちを込めて、臣くんの背に腕を回した。

「…断った?あの告白」
「何ではるがいるのにイエスって答えなきゃいけねぇんだ…」
「あはは、うん、そうだよね」
「こっちが呆れるくらいに自信持ってくれて構わないから。それでも不安な時は、俺を呼んで。泣くのも、愚痴るのも…俺だけにしろ」
「自惚れていいってこと?」
「ああ。そうじゃないと、困る」

抱きしめる力が少しだけ緩み、臣くんの顔が見えた。柔らかい笑みを浮かべてそっと私の頬を撫でる。でも次の瞬間にはもうその手が後頭部に回って、グッと引き寄せられた。声を上げる暇もなく重なった唇に、私はただただ驚いて目を見開くことしかできない。キスの時は目を瞑るのが礼儀だとか、何かの雑誌で読んだ記憶があるけど、でも今みたいに不意打ちでされたら驚きで目を瞑るなんて無理に決まってる。
でも目を開いたままにしていたことを、すぐに後悔しました。何故って?…だって、臣くんも目を開けたままでバッチリとかち合ってしまったから。そして彼の眼の奥に、情欲の色が…ゆらりと蠢いていたから。ゾクリ、と背中を駆けていったのは、何ていうモノだろう。

「ん、はる……ッ」
「ふっ…ン、あ、…んんっ」

キスをするのは初めてじゃない。軽く口づけるのも、深いのも、どっちも経験済み。でも、…少しの隙間もできないように塞がれるキスは、初めてかも。ゾクゾクして、心臓がバクバクうるさくって、苦しくて―――だけどそれ以上に気持ち良くて、まだ止めないで、って心が、体が叫んでいる気がする。
そっと離れていく臣くんの唇を追うように、彼の首に腕を回して歯がぶつかりそうな勢いで重ねた。

「はる、…はる、好きだ」
「……ッわたし、もすき、好きだよ、臣くん」

吐息を感じる程に近くでそう囁き合って、―――唇を重ねた。
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