不安と焦燥


講義が早く終わったから中庭で本でも読もう、と足を向けたら、見たことのある背中を見つけた。空きだったのかな、と思って声をかけたら、想像と違う表情で振り向かれて思わず素っ頓狂な声を上げてしまったのは致し方ないと思う。
だってビックリするだろ?知り合いが、それも女性が涙を浮かべていたら。

 side:綴

ダバダバと涙を零し始めた東雲さんを連れてやってきたのは、食堂。昼の時間はとっくに過ぎているし、まだ講義中だから利用してる人は大分まばらだ。とりあえず、この人を座らせて飲み物買ってくるかな。奥まった席に東雲さんを座らせ、向かいの席にリュックを置き、財布だけを掴んで俺は自販機へと走った。
何がいいだろう…まだ泣いていたから温かいミルクティーかな。コーヒーよりこっちの方が落ち着けるだろう。うん。それに寮でも紅茶飲んでるとこを割とよく見るし、嫌いではないはずだ。紙コップに注がれたミルクティーとカフェオレを持って席に戻れば、少しは落ち着いたらしい東雲さんが、グスグスと鼻を啜っていた。

「はい、どーぞ」
「…ごめん、ありがと綴くん」
「謝罪はいいっすよ。思わず話聞きますからって言っちゃいましたけど…まずかったですか?」
「ん、んんー…上手く話せる自信がない…」

渡したミルクティーを一口だけ飲み、テーブルの上に置いてあったカバンの顔を埋めてしまった。泣きすぎたからなのか声は少し掠れているものの、すっかり涙は止まったようだ。見えないからハッキリとはわかんねぇけど。
まぁ、泣き出したこの人を見て心配になったからあんなこと言っちゃったけど、言いたくないことを無理矢理聞き出す趣味はないからなぁ俺。誰かに話したい、というなら喜んで聞くけど…東雲さんの態度を見る限り、あまり話したくない内容のような気がする。その上、上手く話せる自信がないって言ってるし。
ぶっちゃけてしまえば、上手く話す必要なんてないとは思うけどそれが言いたくない、という意思表示なのかもしれないから。

「………臣くんが、」
「え?伏見さん?」
「さっき、可愛い子に告白されてて…」
「ああ、モテますもんねぇあの人」
「うん。それ目撃しちゃってさぁ…」

告白現場を目撃して落ち込んでる、って所なんだろうか。でも東雲さんが落ち込む理由、なくないか?だって伏見さんの彼女って、東雲さんだろ?あの人がこの人にベタ惚れなのは本人だってわかってると思ってたんだけど…それでも不安になるもんなのか?

「あの人の彼女って、東雲さんでしょ?心配することも、不安になることもないんじゃないっすか?」
「……へ?」
「へ?って…あれ?つき合ってるんすよね?伏見さんと」

何で驚かれたんだ。もしかして俺の勘違いだったんだろうか、と首を傾げて問いかけてみると、東雲さんは目を大きく見開いて口をパクパクさせている。徐々に顔が赤く染まっていって、ああ間違ってはいねぇんだなと内心頷いた。だけど、それなら何であんな驚いてたんだろうか。俺が見当違いなこと言ってたんならあの反応もわかるけど…そうじゃなかったなら、あんな顔する必要はなかったはずなのに。
んん?と首を傾げていると、真っ赤な顔を両手で覆った東雲さんが、小さな声で何で知ってるのと呟いた。…ようやく合点がいった。東雲さんは知らなかったんだ、俺が伏見さんからつき合い始めたのを聞いた事実を。

「伏見さんに聞いたんですよ。つき合うことになった、って」
「え、そう…なの…?」
「はい。相談っていうのもあれですけど…話をされたことがあったんで」
「ああ…私にとっての幸ちゃんみたいなもんか」

納得できたらしく、東雲さんは冷めかけたミルクティーをズズッと飲んだ。

「そっか…綴くんは知ってたんだ」
「他の人には言ってないっすよ?2人も報告してないみたいだったし」
「あー、うん。いづみさんと左京さんには言ったけど…」
「別に言わなくちゃいけない規則があるわけでもないし、いいんじゃないっすかね」
「まぁね。バレたらバレたでいいかな、とも思ってるから」

隠しているわけでは、ないし。ただ、恥ずかしくて何となく言ってないだけ。
紙コップを両手で挟み込むように持ちながら、彼女はそう口にした。大分落ち着いたように見えるけど、東雲さんの目はまだ不安気にゆらゆら揺れている。さっきも言ったようにこの人が不安になる要素なんてひとつもない、有り得るはずがないんだ。伏見さんが東雲さん以外の人に乗り換えるとか、そういうのは。
でも当事者である東雲さんはもしかしたら、という不安にとり憑かれてしまっているように見える。それはきっと、いくら俺が大丈夫だって言葉にしても拭えるものじゃないんだろう。こればっかりは伏見さんとじっくりゆっくり話し合ってしまう他に術はないと思う。放っておいていい感情でもねぇと思うしな。

「…どうしても不安なら、伏見さんと話したらどうっすか?」
「う、ん…」
「いくら幼なじみで互いの考えていることが粗方わかるっていっても、言葉にしないとわかんないことなんて世の中には腐る程ありますよ」
「あはは、腐る程って…でもまぁ…確かにそうかぁ」

きっと不安になってしまうのは仕方がないことなんだと思う。当事者にしかわかんないことだって、山ほど転がっていると思うから。だったらその都度、相手と話していくのが最善だろ。
嫉妬とか不安とか、つき合っている以上は醜い感情なんていくらでも出てくるものだろうしな。特に伏見さんも東雲さんも、飲み込んでしまうことが多いから―――余計に話し合いの場を設けるのは、大切なことだと思うんだ。
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