何もかもが想定外
無事にグランドラインに入れた私達。この海は気候も天候もめちゃくちゃ、更に言えば風も海流もめちゃくちゃで一般常識が全く通用しない―――とんでもない場所。
磁場も狂ってるから今まで使っていた方位磁針は、それはもう役立たずになるというわけで。この海ではログポースと呼ばれる特別な方位磁針が必要になるらしい、です。
まぁ、そのログポースも何とか手に入れることができたし、これでグランドラインでの航海も安心だーなんて思っていた過去の私…前言撤回だ。この海に『安心』だなんて言葉、通用しないわ。
「こ、これがグランドラインの洗礼というやつか…!」
「…まさか大波起こすとは思わねぇよな…猿が」
そうなのです。少し前、我らが船・ポーラータング号は変な猿に襲われておりました。しかも奴ら、大波まで起こしやがって危うく転覆しかけましたよね…エンジン全開で何とか逃げたけども!!マジで死ぬかと思った…グランドラインに入った途端、船が大破で死亡しましたとかシャレにならんて。
ちなみに私達を襲った猿は、図鑑によるとシーモンキーっていうらしい。顔が猿、体が魚っていう不思議生物。グランドラインにはあんなのがうようよしてるのかー…別に海王類とか初めて見るわけじゃないけど、生き物の生態も狂ってるのかなって思うよね。この海は。一般常識が通用しないって、思っていた以上に面倒なのかも。
うへぇ、と顔を顰めていると、他のクルーと操舵室に引き籠っていたベポくんがパタパタと駆け寄ってきた。何か問題でもあったんだろうか。
「リズー!もうすぐ島に着くよ!」
「あ、ほんと?今度はどんな所かなぁ」
「楽しみだね!一緒に出かけようね!」
「ふふっいいよ。船番にならなかったら、っていう条件付きだけど」
そんな会話をした数十分後、ベポくんの言う通り島が見えた。見た感じ、無人島…というわけではなさそうだし、海軍の船が停泊している様子もないかな。それでも何があるかわからないから、先に偵察部隊を行かせて色々調べてから、船番以外のクルーが上陸することになるんだろうけど。
ひとまず、島の裏手側に回って見つかりにくそうな所へ船を停泊させた。
「ここは春島かなー…気持ちいい」
「恐らくそうだろうな。しっかし本当に島ごとに気温が異なるんだな…」
「最初の島は夏島で、ベポくん筆頭に死んでたもんね。私達」
ペラペラと何かの紙を捲っているペンくんも苦笑を浮かべて、あの暑さはきつかったなぁと零した。この船のクルーはノースブルー出身が多い、ベポくんなんて白くまで毛皮を着ているから余計に夏島の暑さは堪えただろう。
もう経験したくないと思うけど、それは無理な話で。これから先、何度も暑かったり寒かったり過ごしやすかったり…そんなことを何度も何度も経験していかなければならない。それがグランドラインという海なのだから。
まぁ、でも見たことのないお祭りだったり、風景や食べ物とか、そういう楽しみがたくさん転がっているのも事実だからなぁ。厄介なのは気温だけかな、なんて思うけど。皆も暑い!と言いながらも、夏島をちゃっかり満喫していらっしゃったようだし。
「何も起きないでログを貯めることができればいいんだけどね」
「ここから見た感じじゃあ荒れている様子はないが…それは表面上だけだからな」
「だよねぇ。まぁ、水面下で何かが動いてたとしても―――」
「おれ達に危害がなけりゃあ、確実に素通りだ」
ですよね。私達は海賊で、慈善事業のボランティアでもない。ましてや、世界政府に楯突く革命軍というわけでもないのだ。ペンくんの言う通り、私達に危害を加えるようなことがない限り、ひとまずは素通り。無視するってことになる。わざわざ首を突っ込む必要性はないからね。
欄干に寄り掛かり、空を見上げれば雲ひとつない快晴。この分なら干し直す予定の洗濯物達は気持ちよーく乾いてくれそうかなー。いや、今日の朝から干してたんだけど…シーモンキーに襲われてもうずぶ濡れになったよね。いっそいでしまったんだけど、間に合うわけもなかった。
というわけで、海水まみれになってしまった洗濯物達は、今シャッちゃんと数人のクルーが一生懸命洗い直し中です。ブツブツと文句を言いながら。確かに面倒だとは思うけどね…私が洗濯当番でもきっと、シャッちゃんと同じように文句言いながら洗い直してただろう。
「…少しは元気になったみたいだな」
「へ?誰が?」
「お前が。…グランドラインに入る前、気落ちしていた時期があっただろう」
確か、リズの手配書が新聞に挟まっていた時くらいから。
ペンくんの言葉にドクリ、と心臓が跳ねた。まさかキャプテン以外に気がついている人がいるなんて、思いもしなかったから。確かにあの時、ペンくんは隣にいたけど驚いていたのは私が賞金首になっていたことだと思っていたし…特に大丈夫かとか、どうしたとか、私を気にかける言葉も何も言わなかったから、気づかれていないと思っていたのに。
でもやっぱり、キャプテンの右腕だなぁ…相変わらず、怖いくらいに聡い人だこと。うーん、誤魔化してうやむやにしちゃってもいいんだけど、疑問形じゃなかったし、完全に確信している感じだったよね。さっきの言葉は。ということは、誤魔化すだけ無駄だってこと。
「あははー。気がついちゃってた?」
「気がついちゃってた。まぁ、でも…元気ならいいよ、それで」
「…理由、聞かないんだ?」
「聞いてほしいのか?」
コツン、と隣に来たペンくんの顔は、とても優し気だった。お兄ちゃん気質だなぁ、この人。あんまりにも優しい顔をしているから、何だかつられてにへら、と笑みを浮かべてしまう。
「優しいお兄ちゃんだなぁ、ペンくんは」
「ははっそれはどーも。…じゃあ、可愛い妹分に教えておいてやろうか」
「うん?」
「全員、わかっててあの喜びようだからな?」
ピタ、と動きを止めたのは私。ギギギ、とまるで油の切れたブリキ人形のような動きをしたのも、私。爆弾発言をしたペンくんは素知らぬ顔で、持っていた紙の束に目を通している。
え、ちょっと待って?いきなりの展開すぎて、全く状況が飲み込めてないんだけど…なんつった?「全員、わかっててあの喜びようだからな?」って言った?全員っていうのはクルーのことで、わかっててっていうのはまさか―――手配書の、こと?
ええー…嘘でしょ?冗談でしょ?だって、クルー全員があの手配書を見たわけじゃないじゃん。何故なら私が割と早めに握りつぶしたから、こっそりと。だからあの手配書をしっかり見ていたのは、キャプテンだけだと思っていたのに。…あ、もしかしてキャプテンが話したのかな?
「先に言っておくが、あの人は何も言っていない」
「え、…ええー……?」
「種明かしをしてやろう。新聞にリズの記事が載っていたんだ」
「はい?!」
「ああ、あの記事は読んでいなかったのか」
そ、そういえば読んでいる途中で手配書が落ちて、その後は手をつけてなかったかも…恐らく、ペンくんの言っている記事は私の読んでいない紙面にあったんだろう。というか、私の記事ってなに…?!
あんぐり口を開けて呆けている私に、ペンくんはくつくつと笑みを零しながら内容を簡単に教えてくれた。『世界政府、生き残りの人間兵器に賞金を懸けることを決定』って。またもや口をあんぐり開けることしかできませんでしたよね。
「うっそぉ…」
「その記事は全員が読んだし、お前が世界政府に追われるであろうこともわかってる」
「なのに、あの宴での騒ぎようなの…?」
「酒を飲む口実のひとつでもあっただろうがな。けど、喜んでいたのも事実」
ああ、うん…それは疑いようのないことだけど。というか、クルーを疑う必要もないですし。逆にそれでいいのか、大丈夫なのかアンタ達、と言いたくなるくらいです。
だって海軍じゃないんだよ?更に上の世界政府だよ?!クルーの1人が世界政府に追われるってわかってて、あんな喜ぶ?普通!!喜んで宴とかやっちゃう?!やっちゃわないでしょ、普通の神経の持ち主なら!!
「海賊に普通の神経を求められてもなぁ」
「…ごもっとも」
「誰も迷惑なんて思っちゃいない。安心しろ」
紙の束でぽん、と私の頭を軽く叩き、ペンくんは船内へと戻ってしまいましたとさ。
何だよ何だよ、悩んで落ち込んでいたのは私だけだってのかい…!
「ほーんと、優しすぎるなぁ…ハートは」
でもそんな所も好きだし、彼らの魅力のひとつなんだろう。想定外のことがたくさん起ころうと、それだけは変わらない事実なんだと改めて感じた。
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