攫われるのは、


シーモンキーが起こした大波から逃れ、そして辿り着いた春島。偵察部隊によると、特に海賊や海軍の姿は見られないということだった。比較的穏やかで、目立った問題もなさそうだーという報告があったので、船番を逃れたクルーは嬉しそうに上陸していく。
私は今回、ペンくんとシャッちゃんと一緒に買い出し組となったので島で遊べるのはそれが終わってからかなー。買い出しついでに自分の分も済ませてしまおうか、でも個人的な買い物にペンくん達をつき合わせるのは如何なものか。気にするな、と言ってくれるのはわかってるけど、それでも2人だって遊びに行きたいだろうしなぁ。


「リズ、どーしたー?置いてくぞー」
「あっうん!今行く」
「何か気になることでもあったか?」
「ううん、大丈夫ー」


シャッちゃんに呼ばれて慌てて駆け寄れば、ペンくんが首を傾げた。気になることと言えば気になることなんだろうけど、私個人のことだし?それにわざわざ言うこともないので首を横に振る。
問い質されるかな、と思ったけど、そんなことは一切なく彼はただ一言、そうかとだけ呟いて私の頭を撫でるだけ。そうしてまた前を向いて歩き出した。相変わらずの優しいお兄ちゃん気質ですね。キャプテンに頭撫でられるのが一番好きだけど、ペンくんに撫でられるのも割と好きかも。


「それでどこから行くの?」
「先に医療道具の買い足し。食材は後回しだ」
「…なぁ、ペンギン。もしかしてその分厚い紙束って、」
「買い出しリストだな」
「やっぱり?!」


甲板で話していた時に持っていた紙束って、買い出しリストだったのか。それにしても分厚いなぁ…大半が医療道具だと思うんだけど、それにしても枚数が多いんですけど。それむしろ、3人で持てる量なの?絶対無理だと私の勘が言ってるんですが。私の心の声を代弁するようにシャッちゃんがペンくんを問い質したけど、ペンくんはあっさりと何往復もすればいいだけの話だ、と言いやがった。
うん、そうね。そうだけど…何往復もすることがわかってるなら、買い出し組の数を増やせばよかったんじゃないかな?!そう訴えてみても、ペンくんは楽しそうにあっはっはと笑うだけ。楽しそうなのは何よりですけどね!もー…何を言っても無駄みたいだし、大人しく何往復もする覚悟を決めよう…覚悟を決めなくちゃいけないような大事なことでもないけど。





「だーっ!疲れた!!これ何往復目?!」
「んー…5?」
「5?!バッカじゃねぇの?!」
「バカとはなんだ、シャチ」
「だって明らかに3人で対処しきれない量じゃんか!!」


段々と数えるのも面倒になってきた所で、ついにシャッちゃんがうがーっとキレた。それに言葉を返すペンくんも、いつものような強気な印象はない。帽子を脱いだ額には薄らと汗が滲み、珍しくつなぎの上を脱いで逞しい腕を晒している状態だ。うん、まぁあっついよね。
春島だから過ごしやすい気候だけど、町と船を何往復もして、更にはかなりの量の荷物を抱えて歩いていれば…そりゃあ体温も上がるってわけで。そして疲れもする。言葉にはしていないけれど、シャッちゃんの意見には同意する。顔を手でパタパタと仰ぎながら、苦笑を漏らした。


「仕方がないだろ。じゃんけんで負けちまったんだから」
「だからって何で3人…」
「はいはい。もう終わるから。リズ、あと1往復で終わるから、お前はもう自由にしていいぞ」
「え、いいの?」
「リズだけズルくねぇ?!」
「じゃあシャチが医療道具の整理と仕分け、するか?」
「大人しく買い出しいってきまーす!」


ダッシュでタラップを駆け下りていったシャッちゃんを、ペンくんが溜息交じりに追いかける。私に悪いけど整理と仕分け、頼むな。と声をかけるのも忘れずに。念を押されなくても仕事はきっちりやりますよー、大丈夫。いってらっしゃい、と手を振れば、彼は今度こそシャッちゃんを追いかける為に駆け出した。
さて、…医務室に運び込むのはペンくんとシャッちゃんがやってくれていたし、さっさと片づけちゃおうかなぁ。それで時間が余ったら町に行って、ゆっくりと散歩がしたい。さっきまでいた場所とはいえ、買い出しの量が半端じゃなかったから町並みを見ることはできなかったし。
ログが貯まるまで3日程かかると聞いたから、別に今日急いで行かなくちゃいけない理由はないんだけど…薬屋さんのご主人曰く、この時期は奥の広場に植えられている桜が満開だと聞いたから見に行きたくなったんだ。桜を知らないわけじゃない、図鑑で見たことがある。でも実物を見たことはなかったから、この島に咲いているのであれば、一度は見ておきたいんだよね。綺麗だと、そう教えてもらったから。
急ぐ必要はない、と思いながらも、無意識に片づけるスピードを上げていたらしく1時間ちょっとで終了してしまった。…うん、せっかくだし行ってこよう。陽が暮れるまでまだ時間はあるし。


「ええっと、確か町の奥の広場って言ってたよね…」


ペンくんとシャッちゃんと一緒に通った町並みを抜け、緩い上り坂を上っていくとさあっと視界が開けた。聞いた通りの広場、そのど真ん中にでっかい木があって―――ピンク色の、綺麗な花が満開に咲いていた。思わずおお、と感嘆の声が漏れた。これは確かに…すごい。一見の価値ありってやつだ。
見事な咲きっぷりの割には広場には人がいなくて、独り占め状態。毎年咲くって言ってたし、この島に住んでいればいつでも見られるわけだから…人がいないっていうのも当然なのかもね。これ、皆に教えてあげたら宴になったりするのかなー花を見ながら宴をすることもある、って前にシャッちゃんに聞いた気がする。何だっけ…あ、花見だ花見。
ウチのクルーは海賊らしくお酒も宴も大好きだから、花なんてロクに見もせずにお酒を飲んだり、料理を食べたりする方に夢中になるんだろうけど。…でも、それも楽しそうだなぁ。この広場にお酒とか料理を持ち込んで、更に言えば騒いでいいのかどうかはわからないけれど。だけど、それが実現したらどんなに幸せかと思う。その反面、この静かな空間でずっと眺めていられたら…なんて、真逆の思いもあるわけで。


「―――リズ」


ぼんやりと桜を見上げていた私が、ハッと我に返ったのはキャプテンの声が聞こえたから。私の名前を呼んでくれたから。


「…キャプテン?」
「なにしてんだ、こんな所で」
「薬屋のご主人にね、桜が綺麗に咲いてるよって教えてもらったから」


ほら、綺麗でしょう?と私の持ち物でもないのに、両手を広げて笑ってみれば珍しくキャプテンも口角を上げた。それは見慣れている不遜な笑みでもない、優し気な笑み。
ドキリ、と心臓が跳ねた。


「ああ、確かに…見事だな、こりゃ」
「ね。ずーっと見てられる」
「気に入ったのはわかったが、行くぞ。アイツらが帰ってこねぇ、とうるせぇ」
「え?でもここに来てからそんなに時間は、」


経ってない、と言い返そうとしたけれど、視界に映った空には星が出ていてそれがもう夜だ、と告げていることがわかった。
おや?私がこの広場に来たのって夕方になる前だったと思うんだけど…もうそんなに時間が経ちました?そんなにボーッとしていたのか?私。マジか、と独り言ちていると、痺れを切らせたのかキャプテンが私の手を引っ掴んで歩き始めた。さっさと行くぞ、って不機嫌な声で言葉を紡いで。


「あれ?キャプテン、船に戻るんじゃないの?」
「ログが貯まるまでに3日かかると聞いたからな。今日は宿を取った」
「そうなんだ。陸で寝るの久しぶり」
「で、今から酒場で宴だ」


ああ、成程。でも何でキャプテンが捜しに来たんだろう。この人なら他のクルーに任せて先に酒場へ行っていても良さそうなものなのに。


「ペンギンに行ってこい、と追い出されたんだよ」
「あははっ時々、キャプテンはペンくんに言い負かされるよねぇ」
「うるせぇ」


でもそれで素直に迎えに来てくれる辺り、ウチの船長は優しいなぁと思う。手首に感じる熱に、そっと笑みを零した。



(一瞬、リズが消えちまいそうに見えて驚いたのは―――墓場まで持っていこう)

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