灼熱の太陽


受話器を置けば、役目を終えた電伝虫が目を閉じて眠りについた。気分はスッキリ爽快。人間の心は何とまぁ、単純にできているのだろうか。それとも私が単純すぎるだけ?ううん、考えるだけ無駄そう…番号が書かれた紙を再び小さく折り、小瓶の中へ仕舞い込む。それをしっかりとウエストポーチの隠しポケットに入れて、部屋の外へと出れば麦わらの一味が各々甲板で好きなように過ごしていた。
航海士ちゃんと学者さんはパラソルの下にデッキチェアを置き、お茶と本を楽しんでいる。海賊狩りは大の字でぐーすか眠りこけてるし、麦わら・狙撃手くん・トナカイくんは手すりに腰掛けて釣りをしているらしい。サイボーグさんは何かを作っているみたいで、ガイコツさんはそれを物珍しそうに見ていて……それらを一通り見た私は、改めて自由過ぎるだろこの一味。とジト目になったのは言うまでもない。そういえばコックくんの姿がないな。まだキッチンだろうか。


「リズ、なーにボケッと突っ立ってんの?」
「いや、あのー…うん。平和だなぁって思って」
「?変な子。アンタもお茶飲む?サンジくんが用意してくれてるわよ」
「じゃあいただきます…」
「ふふっここにどうぞ、リズ?」


学者さんが読みかけの本を閉じ、体をずらしてデッキチェアの半分を空けてくれた。座って、と言われても…何だか申し訳ない気分になるなぁ。別にそのまま甲板の床に座るけど。ポカポカと温かいから、直に座っても多分冷たいとは感じないだろう。
だからやんわりと断ったのに、航海士ちゃんにいいから座れ!と肩を押されました。急だったのでそのままストン、と空けてくれた空間へと腰を下ろす羽目に。強引だなぁ、この子。…いいけども。


「サンジが淹れてくれる紅茶は美味しいわよ」
「あとお茶菓子もあるけど、…まだ食べちゃまずいんだっけ?固形物」
「え、知らない…トナカイくんがコックくんに温かいスープがいいとか何とか言ってた気はするけど」
「3日も眠っていたから、いきなり食事をすると胃がビックリしちゃうの。チョッパーの指示はそういう意味よ」
「チョッパーがそう言ってたんなら、紅茶だけにしておいた方がいいわね」


サンジくん特製のタルト、絶品なんだけど。
航海士ちゃんはタルトを口にしながら、至極残念そうにそう言った。確かにお皿の上に綺麗に盛り付けられたそれは、まるで宝石のようにキラキラ光り輝いていて美味しそうに見える。さっきもらったスープも美味しかったし、かなり腕の良いコックなのだろう。彼は。
でもコックか…そうだよねぇ、専属コックを勧誘するってのはいい手だよな。航海中はどうしても娯楽が少ないから、せめて料理くらい美味しいものを食べたい。それに何よりも栄養バランスっていうのは重要だもの。陸で暮らしていればどうとでもなるけど、海上では新鮮な野菜や果物を摂取し続けるのは割と難しい。だからこそ、海のコックという職業は重宝されるのだ。ハートにも欲しいな、専属コック。いや、中心となってるクルーはもちろんいるんだけど…多分、麦わらの一味のコックくんのように専属ってわけではない。だってその人、本来は水雷―――麦わらの一味で例えるなら、狙撃手だし。
簡単に言えば、ハートは当番制なのだ。料理、洗濯、掃除、その他諸々。男所帯だから料理もまぁ豪快。ペンくんは割と凝った料理も作るけど、他のクルーは質より量って感じだからね。それでも美味しいし、誰も彼も健康体なのは医者でもあるキャプテンが、定期的にクルー全員の健康診断をしているからだったりする。
『死の外科医』とか言われてるキャプテンだけど、そんなことない。優しくて、クルー思いで、マメな人。意外と心配性というか、過保護な面もあったりする。ただ、それが顔に出るような人ではないからクルー以外には知られていない。でも私はそれでいいと思ってるし、勘違いしている奴らに訂正しろ!と言いまわるつもりもない。別にクルーである私達がキャプテンの良い所を知っていれば済む話だもの。勘違いしている奴らは、そのまま勘違いしたままでいればいい。
まぁ、キャプテンの悪口言うような奴らを許しはしないけどね。絶対。知らないままでいればいい、という気持ちは本当だけど、だからといって貶されて怒らないでいられるような広い心を持っているわけでもないんです。面倒だって?にししっ面倒上等だ!


「そういえば、サイボーグさんは何を作ってるの?」


トンカンと、金づちで何かを叩いている音がする。紅茶を一口飲んで口を開けば、航海士ちゃんが「アンタのベッドよ」と何でもない風に告げた。それは本当にもう当たり前だろ、って感じだったから、私も軽くあーそうなんだーって返してまたカップに口をつけたけど、よくよく考えたらおかしいよね?今、航海士ちゃんは明らかにおかしな言葉を吐いたよね?!
ベッドを作っているのはいい、うん。でもそれ…誰用だって言った?私の聞き間違えじゃなければ、航海士ちゃんは『アンタの』って言ったはず。学者さん?いやいや、この人は元から麦わらの一味だって。今更ベッドを作るなんてことするはずない。それに航海士ちゃんは私と会話してたわけですし…つまり、私のってことになるわけだよね?サイボーグさんが作ってるベッドって。部外者の為にわざわざ…作るか?ベッド。


「なーに?アンタ、床で寝る趣味でもあるの?」
「それはないけどさ…私、敵だと思うんだけど」
「でもリズ、最初に言ったわよね?この船を襲う気はない、って」


言いました。ええ、言いました。何をされたわけでもないし、麦わらの一味に恨みがあるわけでも何でもない。襲う理由なんてひとつもない。
そういう意味を込めて、襲う気はないって海賊狩りと学者さんに言ったけど…それはイコール敵ではない、ということにはならないと思うんだけどなぁ。


「それでも少しの間、私達の船に乗るんでしょう?」
「まぁ…お世話にならざるを得ないから」
「リズがどう思っていても、ルフィはもう貴方のことを友達だと思っている可能性が高いわ」
「…はい?!」
「ロビンの言う通りね。まだ仲間って所まではいってないでしょうけど」


いや、友達って認識されてる時点で大問題だよ。気づけよ、君達。
ああもう、頭痛い…早くキャプテン達の所に帰りたいなぁ。シャボンディ諸島に着くのっていつだろ…というか、麦わらの一味の誰かがそのことを知っているか、もしくは気がつかない限りこの船はシャボンディ諸島に辿り着かなかったりする?いや、でもキャプテンからもらった情報じゃ7本ある航路のどれを選んでも、新世界に入る前は必ずその島に集結するってことだ。つまり、どの島を通ろうが自動的にその島の近くへ行く―――ってことになるわけだよね。
魚人島へ行くにはシャボンディ諸島でコーティングとやらをしてもらなわくちゃいけないって話だったし…それをキャプテンが知ってるということは、その情報は当たり前に世に出回っているものってことになる。この人達もどこかで耳にしていてもおかしくないとは、思うんだけど…まぁ、あの人のことだから独自のルートで探った結果かもしれないけどさ?でも、…秘密にされている情報だとは思えない。これは航海者にとっては当たり前のことのような、そんな気がする。

(さっさとずらかるには、航海士ちゃんにでもこの情報を教えるべきなんだけど…)

じゃあそのシャボンディ諸島はどの方向にあるんだ、と聞かれてしまったらもうお手上げになってしまう。さすがにキャプテンはそこまで教えてくれなかったし、この船がどの辺りを航海しているかなんてわかるはずもないので教えてもらうなんてことは無理なのです。
確かな情報とは胸を張って言えるけれども、現状を解決する糸口にはなりそうにないかなぁ。それだったら口にしない方がいいかもしれない。いたずらに期待させるのも如何なものかと思うし。一応…居候の身だし、命の恩人っていうのは間違いないしね。


「しかし出会ったばっかりなのに友達って…一体、麦わらの頭の中ってどうなってんのさ」
「あら、至極単純よ。アイツの頭の中の大多数を占めてるのは、肉と冒険」
「うっわぁ…確かに単純だけど」
「でも素敵な船長よ、私達にとって」


そう言って微笑んだ学者さんは、それはそれは嬉しそうだ。ワイワイと騒ぎながら釣りをする麦わらを見つめるその瞳は、優し気で。慈しんでいるような、そんな風に感じる瞳だと思う。航海士ちゃんも似たような瞳で麦わらを見つめているから、少なくともこの2人は麦わらを好きなのだろう。恋情とかそういうのではなく、親愛という意味で。
私には全くわからないけれど、きっとそういうものなのだ。クルーに対する好きって感情は。ウチのキャプテンの素敵な所やカッコいい所、そういうのは他船の奴らには理解できないと思う。だからいいんだ、わからなくて。理解しなくて。さっきも言ったけど、自分達だけが知っていればいいことなんだから。


「ま、普段は振り回されてばっかりで大変だけどね。しょっちゅう面倒事に首を突っ込むし…」
「ルフィだもの。仕方ないわ」
「仕方ないで済ませられるクルーがすごいと思うなぁ、私」


慣れってやつですかね。これ。


「確かに振り回されることが多いけど、それも楽しいと思うし…ルフィのあの元気さに救われているのも事実なの」
「…ふぅん」
「ふふっ存外ね、嬉しいものなのよ。仲間だって、呼んでくれること。手を差し伸べてくれること」


―――何となく、わかった。学者さんが麦わらを慕うワケ、優し気な瞳で見つめるワケ。そうか、この人は麦わらに救われたんだ。


「世界政府にケンカを売るなんて何てイカれた一味だろうって思ってたけど…」
「えっそんな風に思われてるの?私達!」
「だって敵に回したくないでしょ、世界政府なんて」
「そりゃそうだけど、…色々事情があるのよ私達にも!」


真相はわからない。だからこれは私の推測でしかないけど、麦わらの一味がエニエスロビーに乗り込んだのは…仲間をひとり、取り戻す為だったんだ。


「…眩しいなぁ」


そっと目を閉じる。キャプテンは、…ハートの皆は、同じような状況に陥った時。一体、どうするんだろう。あの時みたいに助けに来てくれるのかな。また世界政府がどうした、って不敵な笑みを浮かべてくれるのかな。誰にも奪わせるつもりはないって…言ってくれるのかなぁ。
いつまで言ってくれるだろう、邪魔じゃない―――厄介ものなんかじゃないって。貴方はいつまで、私を手元に置いておいてくれるのだろうか。

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