世は血を望むのか


何とか海軍の追手を振り切り、私達はシャボンディ諸島を出港した。久しぶりに乗る潜水艦、久しぶりに見るクルーの顔。キャプテン達と再会した時は状況が状況だったし、その後はもう大乱闘もいいとこだったので感動している暇はそんなになかったんだよね。キャプテンが戦っている姿を見た瞬間は、それはもう感動したけど。船の上ではなかったものの、帰ってきたんだって思えたから。
でもその時以上の感動を、心配してくれていたらしいクルーにもみくちゃにされている今、味わっております。髪とかぐっちゃぐちゃにされてるけど、今はそれに文句を言うつもりはこれっぽっちもない。


「リズ〜〜〜!アンタ、心配したんだからね?!」
「うん、ごめんね。イッカクちゃん」
「死んだかと思ってたらベポが泣きながら、リズから連絡あった!とか言うし…」
「そうそう。居候先でね、電伝虫借りて連絡したの」
「おれ達はついにベポが淋しさと現実逃避で幻聴でも聞いたのかと思ったぜ」


どうやら私が連絡するまでの間に、クルーの間では死亡説がまことしやかに流れていたらしい。まぁ、あの日はひっどい嵐だったしなぁ…普通だったら死んでたっておかしくないし、どれだけ楽観的に生きていたとしてもあの状態の海に飲み込まれて生きている、大丈夫!と思える人もいるとは思えない。私自身、波に攫われた瞬間に「あ、これ死んだ」って本気で思ったもんね。
だけど運良く生きていたし、こうして再びキャプテン達の所へ戻ってこれた。麦わら達には感謝しないとなぁ、本当。


「ん?リズ、手に持ってるの何だ?紙?」


しばしもみくちゃにされた後、髪が更にボサボサになった状態で解放された私の手元を指差したのはバンちゃんだ。声をかけられてそういえば拾ったんだった、と思い出す。飛んできたから思わず掴んだ、でも何かはわからないと答えながらそれを開くと、どうやらそれは新聞だったようです。それも号外。
号外ってことは、世界を揺るがす大事件でも起こったのだろうか。シャボンディ諸島で起きたことも大事件だけれど、さすがに記事になるのが早すぎるから多分違うよね。ええっと、なになに…は?『海軍本部は火拳のエースの公開処刑を決定』?!


「うっわ、マジかよ…これ」
「…貸せ」
「あ、キャプテン」
「―――海軍本部もイカれてやがんな。…白ひげが黙っちゃいねぇだろう」


白ひげ―――四皇の1人。彼はとても仲間思いで、クルーを『息子』と呼ぶと聞いた。その息子の1人が処刑されると知れば、海軍と白ひげ海賊団の全面戦争はきっと免れない。どちらが勝とうと、負けようと…きっと世界は大混乱に陥るだろう。それがキャプテンの見解だ。
でもそう紡ぐキャプテンの顔は、どこまでも楽しそうに見えて相変わらずだなぁ、と苦笑が漏れる。大混乱に陥る寸前だっていうのにね。焦るキャプテンっていうのも、今ではもう想像もできないけどさ。…近いうちに、いや、火拳の処刑が行われるその日に起こるであろう戦争は、どれほどの影響を世界に与えるのだろう。


「なーに眉間にシワ寄せてやがんだ?腹が減ったなら何か作ってやろうか」
「今日の当番はバンちゃんなの?」
「おう。すぐ夕メシだから簡単なものだけどな」
「んー…小腹が空いた気がするけど、今はいいや」
「そうか。んじゃこれでも飲んでな」


ほい、と渡されたマグカップに注がれていたのは、私の大好きなココア。ありがとう、とお礼を言えば、満足気な笑みを浮かべてバンちゃんは艦内へと消えていった。早速ココアを一口飲めば、程良い甘さと温かさが喉を通り抜け何とも言えない幸せに包まれる。はー…美味しい。コックくんが淹れてくれる紅茶も美味しかったけれど、やっぱり私はこっちの方が好きだし合ってるんだと思う。

戻って、きたんだなぁ…私の居場所に。

波の音と潮の香りはずっと傍にあったものだけれど、その音に混じって聞こえる声が全然違う。当たり前なんだけど、乗っていた船が違うんだから。
ゆっくり、ゆっくり染み渡っていく甘さがくすぐったくて、でも表情が勝手に緩んでしまう程に嬉しくて気の抜けた笑いを零した。その直後にふはっと吹き出す声が響いて、ギクリと肩を震わせる羽目になったけど。
そろ〜っと振り向けば、そこにいたのは案の定キャプテン。しかも珍しく肩を震わせて笑っていらっしゃる。下向いちゃってるし、口元はほぼ手の甲で隠されてしまっているけれど…僅かに見える口の端が見事に上がってるので。そして肩を震わせてるんだから、そりゃー笑ってる他ないでしょうよ。うん。


「…なにさ、キャプテン」
「くくっ…いや、ずいぶんとマヌケな声が聞こえたと思ってな」


くっそぅ!やっぱり聞こえてたのか!!聞こえてないと思ってたのに!!


「気を抜きすぎなんだよ、リズ」
「いーじゃん、やっと戻ってこれたんだもん…気ぐらい抜かせてよ」


麦わら達は警戒するだけ無駄だと、早々に理解していた。…つもりだったし、気を張っていた覚えも全くないんだけど無意識にしていたらしい。キャプテン達に会って、そしてポーラータング号に戻ってきてわかったの。やけに肩が軽くなったというか…上手く言えないんだけど、ずいぶんと楽になったなぁって。
多分ね、馴染んだ場所に戻ってきて肩の力が抜けたんだと思うの。もちろん、見張りの時は気を張っているけどさ?そうじゃない時はそこそこゆるーく過ごしてるんだよ、今はそこそこでもないんだけど。緩さが。でも仕方ないじゃない、こんなに離れていたことなかったんだから。少しくらい、のんびりと浸っていたいんだ。この幸せに、甘さに。


「会いたかったんだよー…ずっと」
「…その割にはシャボンディで大分待たされたが」
「う。」
「まぁいい。…許してやるよ」


許すって何をですか、どのことなんですかキャプテン!そう問い詰めても楽しそうに喉をくつくつと鳴らすだけで、この人は答えるつもりがないらしい。その事実にムッとしてしまうけれど、キャプテンの機嫌は悪くないみたいだからいいのかな…別に。
会話は途切れたものの、キャプテンが立ち去る気配は全くなくて、そのまま欄干に頬杖をついて海を眺めている。その横顔すらカッコ良くて、ココアを啜りながら思わずガン見。久しぶりのキャプテンを補給するべく、ひたすらガン見。…だからストーカーかって言われちゃうのかな。でもさ、見ちゃうじゃん?綺麗なものや可愛いものやカッコイイものって。無条件で目を奪われるから、そりゃあガン見しちゃうよね。絶対。


「はぁ…さっきからなんだ、じーっと見やがって」
「んん…キャプテン補給中」
「…おかしな奴だな、相変わらず」
「―――ねぇ、キャプテン」


マグカップを欄干に置けばコトン、と音がした。半分以上飲んでしまったそれを指で弄びながら、言葉を探す。
何と言えば伝わるのか、表現し難いこの不安を。


「火拳の処刑は―――必要なのかな」
「何故、そんなことをおれに聞く」
「なんでだろ…キャプテンは物知り、だから。だから…答えてくれるような気がして」
「おれが詳しいと自負してるのは、医学だ。外科専門だがな」


溜息と共に吐き出された言葉。キャプテンはそれ以上を語ることはしなかった、でも私を甲板に残して立ち去ることもやっぱりなくって。
冷たくなり始めたマグカップをぎゅっと両手で包み込み、ゆらゆらと揺れる水面に視線を移した。

- 49 -
prevbacknext
TOP