時代が変わる瞬間も
シャボンディを出港して2日。ベポくんの持っているログポースが指しているのは、麦わら達のログポースが指していたのと同じ海底だった。本当に同じ航路なんだな…新世界一発目の島は。話には聞いていたし、理解もしていたつもりだったけど、こうして改めて目にしてようやく実感したというか何というか。
キャプテンとペンくん曰く、シャボンディには私が到着する3日前には着いていたらしいのだけど…コーティング職人を捜している最中だったんだって。何人か見つけたものの、どうにもイマイチだったり、値段が法外すぎたりと問題だらけで決めかねていたらしい。だから、シャボンディの騒ぎが落ち着いたらまたあの島へ赴かないと新世界へは進めないときた。
まぁ、仕方ないよね。あそこと魚人島にしかシャボンの文化はない、ってあの人魚さんも言ってたもん。魚人島へ行く為には、どうしたって避けられない島だってこと。そして新世界へ入る為には、魚人島も避けられない。私達は正規のルートを進むことができない海賊だからね。…とはいえ、あの騒動からまだ2日しか経ってないわけでして。恐らくは終息したと思われるものの、迂闊に踏み込んでしまってはあの時の二の舞になり兼ねないんだよねぇ。
なので、今はログを無視して航海中です。シャボンディまでの海図はあるらしいし、方角さえ見失わなければどうとでもなる。
「いちご?」
「そーなんだよ。似合わねぇだろ?ペンギンといちご!」
「おまっ…リズにまで話してんのか!!」
「だって面白ェんだもんよ」
シャッちゃんがケラケラと笑いながら教えてくれたのは、シャボンディでペンくんがいちご味の飲み物を買ったってことだった。生クリームがたっぷりのっているピンク色の飲み物を飲んでいる姿は、彼にとってそれはもう面白い光景だったらしい。ペンくんは甘いものが苦手ってわけではないし、それなりに食べる人ではあるけど…生クリームたっぷりのいちご味っていうのは、さすがにキツかったのではなかろうか。普段はブラックばっかり飲んでるような人だし。
…でも飲んでるとこ、ちょっと見てみたかったかも。そして気になるぞ、ペンくんが飲んでいたもの。話で聞くだけでも美味しそう。いちご味のものは大体、ハズレがないんだよ。思いっきり変なものじゃない限り、美味しいと相場が決まってる。
「ペンギンと船長には甘すぎたみたいだけど、普通に美味しかったぜ」
「おれは一口だけで十分だった…」
「へー。気になるなぁ…またシャボンディ行くだろうし、飲めたりしないかな」
「…難しいんじゃねぇか?多分」
私の言葉にペンくんは、苦笑を零した。それもそのはずだ、私達がシャボンディに着く頃にはもう火拳の処刑が始まるから。そしてその模様を映像電伝虫で中継する、と風の噂で聞いている。
つまり、その日のシャボンディは開店休業みたいな状況に陥ることが目に見えてる。
「シャボンディに戻るのは別の理由だけど、中継見るのかな?キャプテン」
「ああ。それも目的のひとつらしい、本人に聞いた」
「…そっか。まぁ、時代が変わるかもしれないもんね…あの戦争で」
世界が変わることには興味はない。どんな風に世界が変わろうと、動こうと、ハートの皆が生きているならそれだけでいい。傷つくことがないならそれでいいって思ってるから。だけど、…火拳の処刑が決まったってニュースを新聞で読んでから、胸の奥で何かが燻っているような気がして気持ちが悪い。
キャプテンに指摘された通り、これは不安なんだと思う。でも何が不安で、何がこんなにも焦らせるのかがわからなくて尚更モヤモヤするんだよね。2人に気がつかれないようにそっと溜息を吐き、欄干に寄り掛かる。ふっと見上げた空は憎らしいくらいの快晴で、何となく眉間にシワが寄った。こっちが悩みに悩んでるっていうのに…なーんて、これはただの八つ当たりか。
快晴なのはいいことじゃないか、洗濯物がよく乾くし、日光浴もできて気持ちがいい。天気がいいと甲板でベポくんと仲良くお昼寝しているキャプテンの姿も見れるし。普段の寝不足からなのか、キャプテンの隈はひどいことになってるから。まぁ、今更めちゃくちゃ睡眠とっても隈はなくなりそうにないけどさ。そして本音を言うならば、昼間ではなく夜に寝てほしいって思っていたりする。多分、クルー全員。
寝てくれるならどっちでもいいか、って思うこともあるけど、それが災いして実験やら医学書を読み耽ったりしちゃうもんだから、気がつくと昼夜逆転の生活送ってることがあるんだもんよ。さすがにそれは困るでしょ、船長として。
「あ、船長」
「えっどこどこ?」
「反応早ェな、相変わらず…あそこ」
「ベポと昼寝中みたいだな、天気もいいし」
「本当だ。寝てるキャプテン可愛い…」
うっとりと呟くとペンくんとシャッちゃんは、絶対本人の前で言うなよ〜って溜息をつかれました。私にはよくわからない理屈だけど、可愛いって言われて喜ぶ男はそうそういないからって。キャプテンを前にして言った暁には、不機嫌全開になってバラされるぞ、とまで言われる始末。
でも可愛いものは可愛いじゃん、それは真実でしょ?私の中では褒め言葉なんだけどなー…これ。だからこそ伝えたかったりするんだけど、キャプテンを不機嫌にしたいわけじゃないからなぁ。それは不本意だ。だったら黙ってるしかないってことか。
「でもさ、無防備なキャプテン可愛いでしょ?」
「否定はしねぇけどさ。でもおれの中での船長は、断然カッコイイ方が上だからなぁ」
「確かにな。普段の所作から戦ってる最中…思い返しても、そっちの方が多い」
「いや、私だってカッコイイって思うことの方が多いけど」
キャプテンは世界一カッコイイし。だからこそ、今みたいな無防備な瞬間とかがめちゃくちゃ可愛く見えるんだって!
「要はアレだろ?リズはキャプテンだったら何でも許せるタイプ」
「…的を得てるな」
「ええー?多分、合ってるけど…2人もそうでしょ?」
眠っているキャプテンとベポくんから、視線を2人に向ければ、キョトンとした顔をした後に顔を見合わせた。数秒見つめ合ったかと思えば、揃って吹き出すもんだからわけがわからない。お腹を抱えて笑いながら確かにそうだな、と途切れ途切れに言葉を紡いでいる。ほら、やっぱり一緒じゃないかって思う反面、何がそんなに面白いんだとジト目になってしまう。笑う要素、ひとつもなかったでしょーよ。
もう10年は一緒にいるけど、いまだにペンくん達の笑いのツボは掴めない。もっと掴めないのはキャプテンだけど。あの人、笑うには笑うんだけど…シニカルな笑みが一番多いんだよね。大口開けて楽しそうに笑っている所なんて、片手で足りるくらいだったと思う。それも割と昔。ハートを旗揚げしてからはほとんどないんじゃないのかなぁ。難しい顔をしている方が、断然多い。そんなキャプテンも好きだけど、
「もっと―――リラックスしてくれてもいいのに…」
「ん?」
「私達がいるんだもん。せめて、海の上にいる間だけでも気を抜いてくれていいんだよ」
「…ああ、そうだな」
時代が変わっても、世界が動いても、どんな状況に陥ったとしても私は…ううん、私達はキャプテンの傍にいるから。
だから今だけは、この時間だけはどうか安らかな、いい夢を。
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