割れたシャボン玉


いい加減、騒ぎは終息しただろうと私達は再度、シャボンディ諸島へと下り立った。…なんだけど、数日前に予想していた通りどこもかしこも静まり返っている状態です。本当に全体が開店休業って感じ。あれだけ賑わっていたのがずいぶん前のことのように思えるけれど、ほんの数日前なんだよね…キャプテン達と再会したのも、海軍に追いかけられて『パシフィスタ』と呼ばれる人間兵器と戦ったのも。
あの人間兵器は、いずれ戦争に使われるのだろうか。あんなのが何体も出てきたら勝ち目なんてないんじゃなの?これっぽっちも。1体だけでも大変だったのに。おまけにビームまで出せるとか、どう対処しろってのよ。
それでも海賊である以上、いつまた出くわすかはわからない。いずれ、対処法をどうにかして練り出さないといけないんだろうなぁ。できることなら、もう二度と戦いたくはないけど。


「すっごい人…」
「それだけ興味を持ってる輩が多いってことだ」


なるべく人の少ない場所を選び、いつ設置されたのかもわからないモニターには先程始まった処刑の模様が映し出されている。項垂れたようにピクリとも動かない青年が、火拳のエース…かな。顔が見えないから何とも言えないや。でもこの状況下で拘束されて処刑台にいるのだから、他の人物ってわけもないだろう。
そのまま首を斬り落とされるのか、と思っていたのだけれど、同じく処刑台にいた海兵―――元帥・センゴクが重い口を開ききっと世界中が驚いたであろう事実を紡いだ。


『お前の父親は!"海賊王"ゴールド・ロジャーだ!!!』


驚きの声がそこら中から上がる。それはきっと、マリンフォードも同じことなんだろう。もちろん一緒に見ていたペンくん達も驚いた顔でマジかよ、と呟いている。キャプテンはといえば、普段と変わりない表情のままただじっとモニターを見上げているだけ。


「おいおい、海賊王の息子って…」
「よく今まで隠せてたな、こんなすげぇ事実」


元帥曰く、火拳が海賊王の息子だという事実が誰にも知られていなかったのは、彼の母親が命懸けで仕掛けたトリックがあったからだと続ける。20ヶ月もの間、お腹の中に宿していたからだと。
私にはよくわからないけれど、それはきっと母親の精一杯の愛情だったのかもしれない。大罪人として処刑された男を父親として生まれてきた、火拳への。彼がこの先、後ろ指差されて生きていくことがないように。笑って生涯を終えられるように。その一心で命を懸け、守ろうとしたのかもしれない。でもそうして愛され、守られてきた命は呆気なく奪われようとしている。
火拳が海賊だからという理由はもちろんあるだろう、けれど…海軍がどうしても火拳の処刑を実行したい理由は、彼が海賊王の息子だからだ。大罪人の息子を生かしてはおけない、それが一番の理由だと思ってる。そうじゃなきゃ、あんな驚くべき事実を今更発表するわけがない。それも中継している最中で。
世間に見せつける意味もあるのかもしれない、『海賊王の息子ならば、今ここで殺しておかなければ後々大変なことになるかもしれない』って思わせる為に。海賊というのはいつの時代も『悪』として認識されているからね。それに異を唱えるつもりはないし、勝手に思っていればいいと思うけれど…今、目の前で行われていようとしている処刑は果たして海軍にとって、真っ当な正義だって言えるのだろうか。


「…海賊が真っ当な正義なんて考えても、無駄だなぁ」


ポツリと零れた呟きは、誰にも届かなかった。それでいい、聞き返されたって上手く返せる自信がない。あっちこっちに思考が飛んでいて、私自身も何でそんな風に思ったのかわからない。頭を振ってバカな考えを霧散させ、再度モニターへ視線を戻す。
元帥の演説はいつの間にか終わっていて、映し出されていたのはたくさんの船―――恐らくは白ひげ海賊団の傘下の船…火拳を助けようと集まった、仲間達の船だ。そして湾内に現れた船は総大将・白ひげ海賊団のもの。その一番先頭には一際、体の大きな男が立っていた。
こうして本物を見るのは初めてだけど、手配書で何度かその顔を見たことがある。間違いなく、あの男が四皇のひとり白ひげだ。大分いい歳だろうに、惜しげもなくさらされた胸板や腹筋は引き締まっている。筋骨隆々ってああいう人のことを言うんだろうな、と何だか場違いな感想を持ってしまう。そんじょそこらの男じゃ、絶対に敵いはしないだろう。だからこそ、今でも頂点に一番近い男だと言われているのだろうから。


「…始まった」


モニターの向こうで繰り広げられている能力者同士の戦いは、どこか非現実的だ。今見ている光景は全部、現実なんだけど…うん、何ていうか実力者ばかりが集まっているせいかとんでもない光景ばかりが広がっている。白ひげが起こす大波は全てを飲み込んでしまいそうだし、三大将だってそれぞれが厄介だって話だし…もう口があんぐり開いちゃうよね。ここで見ている以上、あまり危機感なんてものは湧いてこないし。
でもいずれ、大将と戦わなくちゃいけない時が来るのだろうか。それはできるだけ避けたい未来だけど、そうも言ってられないのがこの海の怖い所なんだよねぇ。いつどうなるか、なんてきっと誰にもわからないから。新世界に入ったらまた、敵の強さも増してくるんだろう。今のままでいいなんて、言えるわけもない。
この戦争によって世界の情勢が変わる可能性だって高いんだし、強くなっておくことに越したことはないと思うんだ。現状維持じゃあ、きっとキャプテンを守ることはできない。そりゃあキャプテンだってもっと強くなるだろうし、大人しく守られてくれるような人じゃないんだけど。…でもやっぱり、あの人は私達のハートだからそう簡単に傷つけられたくない。
だからもっと、今以上に色々と磨いておきたいって思う。この異常な聴力も特訓したら、気分悪くなることなくもっと広範囲を聞けるようになるかなぁ。そうしたらもっとあの人の役に立てると思うんです。


「…あれ?」
「リズ?どうかしたのか?」
「いや、あれ……もしかして、麦わら?」


戦争っていうものは1秒でも目を離せば、すぐに戦況は変わる。動く。今回の戦争も例に漏れることなくそうだったらしく、いつの間にか戦況は大きく動いていたらしい。それはいいんだけど、何であそこに麦わらがいるんだ?あの男は確かに海賊だけれど、私が知る限りでは白ひげの傘下ではなかったはずだし、そもそも彼の性格を考えたら誰かの傘下に降るってことはないと思うんだけど。

だとしたら、何であそこに…戦争に参加しているように、見えるんだろう。

首を傾げて隣にいるキャプテンに視線を向けるけれど、おれが知るわけないだろうと言わんばかりの表情で睨まれました。うん、ですよね。わかってて見たんだけどさ。きっとこの疑問を解決できる人間は誰もいないんだろう、と再びモニターに視線を戻した所で、元帥の声が響いた。麦わらもまた未来の有害因子、火拳と義兄弟、そして革命家・ドラゴンの実の息子なのだと。
ねぇ、ちょっと待って?麦わらがあの場にいる理由は理解できたけど、この少しの間にとんでもない情報が飛び交ってないか?


「海賊王の息子と革命家の息子が義兄弟って…」
「なんだ、そのすげー状況」
「…これで麦わら屋が戦争に参加した理由はわかったが…状況は何とも読めねぇな」


キャプテンの言う通りだ。あまりにも非現実的だと叫びたくなるような、そんな事態が次々に起こっているもんだから、白ひげ達が優勢なのか、それとも海軍が優勢なのかさっぱりわからない。
めくるめく早さで光景や状況が変わっていくからさ、それなのにモニターに映るのは黒煙や土煙ばっかりだから把握することすら難しくて。その中でやけにハッキリ見えたのは、数日前にずいぶんと苦戦を強いられた―――『パシフィスタ』。


「これはまた…ずいぶんな数だな」
「なにあの数…この前の比じゃないよ、キャプテン」
「それだけこの討ち取りてぇんだろ、白ひげ達を」


黒煙が上がる中、予定よりも大分早く処刑の準備が始まった。それを見た人達が口々にまだ時間ではない、と驚いているのが見える。一体、何をしようとしているんだろう。局面はどう動くのか、そう考えていると、3つあるモニターの内、両脇のモニターの映像がブツッと途切れた。
このタイミングで電伝虫の不調…?いや、でも真ん中のモニターはしっかり映ってる。…戦況じゃなく、何か…横縞の服を着た人達だけど。あれも白ひげの傘下の海賊なのかな?それにしては様子がおかしい気がするんだけども。


「1つだけモニターは生きてるけど、なんか茶番が始まっちゃたよ」
「誰だっけ、アイツ…あの赤い鼻、どっかで見た気がするんだよなぁ」
「イーストブルーの海賊だろ。道化のバギーとかいう」
「あれ?でもそいつってインペルダウンに収容されたんじゃなかったっけ?」


いつだったかはさすがに覚えてないけど、噂で捕まったーって聞いた記憶がある。


「脱獄したんだろ。周りにいる奴らが着ている服、恐らく囚人服だ」
「あ、あの横縞の服って囚人服なんだ」


まぁ、あのバギーって海賊に然程興味はない。モニターで戦争の行方を見ていた人達も同じだったらしく、処刑を見せろーとか、くまの軍団を映せーとか叫んでる。そりゃそうだよねぇ、ここに来ている一番の理由は火拳の処刑なんだから。…決していい趣味だとは言えないけど、同じようにここにいる私達が言えたものではないか。
しっかし、どうしたものかなぁ。


「どうする?キャプテン。多分、モニターは復活しないと思うけど」
「…だろうな」


このまま諦めるのか、それとも中継が再開するまで根気よく待つのか…キャプテンの指示をただじっと待っている時だった。至る所から、悲鳴じみた声が上がったんだ。


「白ひげが刺されたァ〜〜〜〜!!」

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