一歩ずつ進んでいけ


眠りが浅くとも、どれだけ深く眠っていようとも、毎度同じ時間に目が覚めてしまう。長らく行ってきたことは、習慣となり体に染みついてしまうらしい。つまり、眠いのに必ずこの時間に目が覚めてしまうってことも一度や二度じゃないってこと。
二度寝しようと思えばできるんだと思うんだけど、というか試したこともあるんだけど…もちろん、新聞を受け取った後にね?だけど不思議と目が冴えちゃってダメだったんだよなぁ。
仕方がないから二度寝は諦めて、昼間にキャプテンやベポくんの傍で昼寝することにしています。あまりにも寝不足な時は。というわけで、今は早朝です。そろそろ朝食当番であるクルーが目を覚ます頃、そしてニュースクーが飛んでくる頃です。


「クー!」
「いつもありがとねー、はい代金」


首から下がってるカバンに代金を押し込めば、満足そうにもう一度クー、と鳴いて大空へと飛び立っていく。君も朝から大変だね、広い広い大海原を飛んで回らなくちゃいけないなんて。
ニュースクーの姿が豆粒になるくらいまで見送り、買った新聞を食堂へ置きに行こうと踵を返した所で―――悲鳴を上げかけ、寸での所でそれを飲み込んだ。その代わりでも何でもないけど、心臓が痛いくらいにバックバックいってますけどね!!


「な、なにしてるのキャプテン……!」
「……」


キャプテンは何も言わないまま、ただ腕組をしてそこに立っている。壁に体を預けて。朝日が照らし出すその立ち姿はとてもカッコいいけど、こんな時間に甲板で何してるんだろ本当。
朝食が出来上がるまでまだまだ時間はあるし、もっと言えば起床するには早すぎる時間だったりするのです。特にキャプテンは夜更かしすることが多いし、時には徹夜ってことも少なくないから余計にこの時間に起きてくるってことがないわけで。…あ、徹夜で実験とかしてたのかな?もしかして。それでコーヒーを淹れに行く途中だったとかする?それだったら納得もいくけど。
今までの私だったらキャプテンの傍に自分から寄って行っていたけれど…ここしばらくはまともに会話をしてなくて、目を合わせることもなくて、気がつけば拒否されることが怖くなっていた。だから今も、正直どうすればいいのかがわからない。おはよう、とだけ声をかけて艦内へ逃げてしまえばいいのだろうか。…うん、きっとその方がいい。
今はきっと最大のチャンスなんだろうけど、ダメだ。拒否されるのも、嫌われるのも怖い。近づきたいのに、抱きつきたいのに、話したいのに、…突っ込んでいく勇気が、今の私にはないんだ。持ったままの新聞をギュッと握って、意を決して足を踏み出した。大丈夫、挨拶くらいなら問題ないもん…!


「―――リズ」
「ッ…」


息が、詰まる。ただ名前を呼ばれただけなのに、こんなにも嬉しくて、こんなにも泣きそうになるなんて思いもしなかった。名前を呼ばれ、ようやく動かしたはずの足は動きを止めてしまう。
そっと視線を上げれば、思っていた以上に穏やかな笑みを浮かべ、両手を広げたキャプテンが、そこにいた。多分、今の私の顔は笑ってしまうくらいにひどいことになっていると思う。泣きそうなのも、ニヤけてしまいそうなのも必死に我慢して平静を装うとしているから。


「なんだ、来ねぇのか」
「〜〜〜いく!」


新聞片手に駆け出し、私はキャプテンにタックルをかます勢いで突っ込んだ。それでも難なく受け止め、よろめきもしないこの人の体幹とかって一体どうなってるんだろう。普通はよろけるよね?結構なスピードで突っ込んだよ、私。
ああでも今はそんなことどうでもいいや、見かけによらず鍛えてるのは昔から知ってるし、バランスがいいことも知ってる。今更、疑問に思うことでもなかったんだ。それより久しぶりのキャプテンだー…!変態っぽいけど気にしない!!だって嬉しさの方が勝ってるから!


「う〜…キャプテン、キャプテン、キャプテン〜…ッ!」
「うるせェ」
「なんっで叩くかな?!」
「お前が呻くからだろ」


叩く理由が毎度理不尽すぎない?!…いや、うるさかったから叩かれたのか?だとしたら、悪いのは私?それならそれでいいけど、すぐ手ェ出すのはやめて頂きたいなー。ダメージないから別にいいんだけどさー、慣れてるし。そう零すとまた叩かれるから、絶対に口にしないけど。
文句を言う為に上げていた顔をもう一度キャプテンの胸へ、ぼすんっと埋めて目を閉じる。そのまま背中に回した腕に力を込めると、頭上で溜息が聞こえ、頭をポンポンと撫でられた。その手付きはまるで眠れない時にあやす時と同じで、自然と落ち着いてしまう。安心してしまう。


「…別に避けているつもりはなかった」
「え?」
「どう接したらいいかわからなかった。―――それだけだ」
「ええ…?10年近く一緒にいて、今更?」
「だから悪かったって言ってんだろ」
「いや、一言も言ってないからね?!」


謝られてはいないよ、絶対!…けど、悪かったって思ってはくれてたんだ。


「私のこと、まだ捨てないでね。置いていかないでね」
「誰にも渡す気はねェ。前にもそう言ったはずだ、忘れたか」
「―――…ううん、覚えてるよ」


忘れない、忘れるわけがない。あんな嬉しすぎて泣きそうになった言葉を。忘れてはいないけど、不安にはなるよ。だって人の心は永遠じゃないから。いついらないって思われるか、そんなに誰にもわからないじゃない?それが自分の心で、感情だったとしても同じこと。自分の心は、自分が一番わからないかもしれない。だからこうして確認したくなってしまう。
だってきっと、私を拾ったのはキャプテンの気まぐれだから。あれから10年近く経って、今の所はまだ傍に置いてくれているけれど…もしかしたら近い将来、どこかの島に置いていかれてしまうかもしれないから。そうならないように頑張るつもりでいるけど、実際問題どうしたらいいのかはよくわかっていない。ひとまず、飽きられないようにしないといけない気はしてるけど。


「…悪かった。いつもみてェに突っ込んでこい、調子が狂う」
「うん!」


私はまだこの人の傍にいたい。いらないと、そう言われる未来が来るまでは。

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