それは果たして


ようやく艦内にいつもの雰囲気や、日常が戻ってきた。戻ってきたと、思ったんだが…とある一角だけ、様子がおかしい気がするんだけど。おれの勘違いならそれでいいんだけど、どうにもそうとは思えないんだよなぁ。
だって絶対におかしいってこれ。


 side:ペンギン


「船長の様子がおかしい?」
「…うん」
「おかしいってどんな風にだ?」


今日の食事当番であるクルーが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、気落ちしている彼女の話に耳を傾けていた。
何でも少し前にアップルパイを食ってもらってから、船長の様子がおかしくなった―――らしい。あの人、甘いものはそこまで食わないけどこのくらいの甘さなら食えるはずだよなぁ?リズ曰く、「美味かった」とは言ってもらったらしい。でも眉間にめちゃくちゃシワ寄ってたんだと。
もしかしたら無理して食ってくれたのかも、って彼女は思っているみたいだけど、多分それはない。船長はハッキリ言うタイプの人だから、マズかったものを美味いって言わないと思うし、ダメだったら一口食って突っ返すと思うんだよな。つまり、アップルパイが不機嫌の理由ってわけではないはず。
だとすれば、何が原因なんだろうな。まぁ、リズ本人もそれがわかんねぇからおれに聞いてきたんだろうけどさ。頼ってくれるようになったのは進歩だな、うん。


「睨まれたんだよね、ギロッと」
「船長が他人を睨むなんて常じゃねぇか」
「いや、まぁそうなんだけど…」


そう。あの人はお世辞にも目つきがいいとは言えない。目の下にある色濃い隈は、更に目つきの悪さを際立てていると思う。本当はクルー思いで、優しい人なんだけどな。第一印象があんまり良くないのもあるし、言動が物騒だったりするから勘違いされがちなんだ。
でもおれ達クルーはそれを理解しているつもりだし、船長がどんな人かってことも知っているつもりだ。あくまでおれ達なりに、だけど。
だからなんつーか…あの人の一番近くにいるリズが、それを誤って受け取るってことはほとんどない。さっきも言った通り、船長が他人を睨むなんて常。日常的によくあることなんだ。何徹もして不機嫌になっている時とかさ、よく見るから。
それがリズに向けられたってことは―――


「よく考えなくても、原因はお前ってことじゃね?」
「やっぱりそうなるのか…ええ〜、でも私なにもしてないんだけどなぁ」
「覚えがないとかじゃねェの?」
「だって私がキャプテンに対してやらかすとか、割と日常茶飯事……」


ああ、それは確かに。静かに頷けば、彼女はぷくーっと頬を膨らませた。いやいや、お前自分で言ったんじゃねェかよ…おれが悪いみたいな反応するのやめて。どう考えたって、おれ何にも悪くねェだろうよ。
だが…本人が言っていた通り、コイツが船長に対してやらかすことは日常茶飯事なんだよな。それに対してあの人が本気で怒るってことは多分、片手で数えられる程度だと思う。そう多くはなかったはずだ。
やらかすことは多いけど、船長ももう慣れっこだからさ?大体はシラケた視線を向けるぐらいで終わっちまう。なのに今回は睨まれたってことだから、相当腹が立ったんだと思うんだよな。でもそれならリズも原因に心当たりがあるはずなんだが…ないってことは、もしかして無意識にやらかしたってことなのかもしれない。やっぱり。


「アップルパイを食べてもらったのがお昼過ぎでしょ?それ以降、目を合わせてくれなくなっちゃって…」


それが何だか怖くて、メシの時や暇な時に船長の傍へ行くのを止めちまったんだと。おれが何かおかしいな、と思ったのもそれが続いていたからだったりする。まさか船長の様子がおかしいとは思いもしなかったけどな。


「その時って話とかしたのか?」
「アップルパイ作ったことと、麦わらんとこのコックくんにレシピを教えてもらったことくらい…?」
「ああ…シャチがそんなこと言って、」


あれ、もしかしたらおれ…船長が不機嫌になった理由、わかっちゃったかもしんね。リズは一切わかってないっぽいし、船長も自覚があるのかどうかもわからないけれど―――その理由だけは、明確だ。


「…ま、しばらくそっとしとけって。そのうち機嫌も良くなるだろ」
「そうかなぁ…」


リズはそのまま突っ伏して、動かなくなっちまった。これは予想以上にキてるな…まぁ、船長大好きっ子だからなぁ。あの人の傍にいれないこと、話ができないこと、目を合わせられないことが辛いんだろう。リズの性格を考えると、気にせずに突進しそうな気もするが、意外とそうでもないんだよなぁ。
コイツは敵に関しては後先考えずに突っ込んでいくタイプなんだが、身内となるとそうでもなかったりする。どーやら構ってほしいという感情と一緒に、嫌われたくないって感情も出てくるらしくてな?んで、そっちの方が強く出るっぽくてブレーキをかけちまうんだと。そんなことしなくても、仲間を嫌うような奴らじゃねェんだがな。
そりゃあ昔に比べれば遠慮しなくなってきてはいるものの、いまだ一線を引いている印象を受けることも多い。もっとぶつかってきたって、問題ねェのに。


「あれ?リズの奴、寝ちまってるのか?」
「あー…多分?」
「多分って何だよ」


おれにもわかんねェから多分って言ってんだよ。
耳を澄ましてみると微かに寝息が聞こえてきた。ってことは、寝てるな。完全に。シャチと顔を見合わせ、互いに苦笑を浮かべた。


「さっきまで普通に喋ってたくせに…お休み3秒か、コイツは」
「なに話してたんだ?」
「船長の様子がおかしい、って話」
「ああ…最近は一緒にいないもんな。船長とリズ」


シャチはリズの隣に腰を下ろし、寝てるっつーのに頭を乱暴に撫でた。僅かに身じろいだものの、予想以上に深い眠りに入っているらしくまた寝息を立て始める。いつものリズなら気配で起きそうな気もするが…相手がシャチだしなぁ。クルー相手に警戒するはずもねェしな。されても困るんだけど、する必要なんてないから。
まぁ、船長がコイツを拾った当初は、警戒心バリバリだったけども。あれは状況的にっつーか…リズの境遇を考えると、仕方ないことなんだと思う。それが解けただけ、いいことなんだよな。


「船長の機嫌がさ、悪いんだと」
「リズが言ってたの?」
「そう。目も合わせてくんねェって嘆いてた」
「…それ、いつからとか言ってた?」
「アップルパイを振る舞った日。色々聞いて、大体予想はついた」


溜息を吐きつつそう告げると、シャチもだよな〜と言いながら天井を仰いだ。


「ドライに見えっけどさ、船長ってばリズのこと溺愛しちゃってるし」
「本人に自覚があるのかどうかは、まだわからんがな」
「ま〜ね。でもそれって昔からだろ」
「だな。お互いに惹かれ合ってるのは、明らかなんだが…船長もリズも認めそうにねェからなぁ」


リズに関して言えば、コイツは決して素直じゃないわけではない。素直な奴だし、感情も割と顔に出やすい質なんだが…前にシャチと3人でそんな話をした時の捻くれ具合を思い出すと、前途多難すぎると思う。アイツが自覚するまで。
仮に自覚したとしても、完璧に隠し通すだろう。そういう奴なんだ、リズは。とにかく船長に嫌われること、捨てられることを恐れているから…あの人の重荷になりそうなことは、表に出さないに決まっている。
船長は…どうなんだろう。素直な人じゃないし、色恋事に興味があるようにも見えない。でもリズへ対する感情は、明らかに他のクルーへ向けられている親愛の情以上のものだと思う。それはきっと、彼女を拾った時から。


「幸せに、なってほしいんだがな…」
「それを思ってるのは多分、ペンギンだけじゃねーよ」


この船に乗っているクルーは、皆そう思ってるだろ。
シャチの言葉におれは、ただ頷きを返した。

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