最後の晩餐とならぬよう


キャプテンが私以外のクルーに下船する、と話をしたのは、あれから大分日が経ってからだった。というか、降りる予定の前々日に話をしたわけでして。この人は本当、意地が悪いというか何というか…もうアレだよね、有無を言わさないつもりだよね絶対。
でもクルーにとって、降りる予定日が近づいてるから反対しないとかそんなのは関係ないんだけどね?反対するもんは反対するよ。その辺、わかってやってるのかなぁキャプテンは。ぜーんぶわかっててやっているような気もするし、あまり考えてないような気もするし…まぁ、どんな理由や考えがあるにせよ、あの人はどれだけ反対されようとも考え直したりはしない。『キャプテンが船を降りる』という事実は、どんなことがあろうとも覆らないのである。悲しいことに。
皆もそれをわかっていないわけじゃない、理解してないわけじゃない。それでも反対するのは仕方がない、我らがキャプテンが―――私達を置いて、船を降りてしまう事実なんて認められない。否、認められないんだよ。どうしたって。
けれど、きっと最後には全員が納得して送り出すの。キャプテンが頑固なこと、誰もが知っているから。

「むー…」
「ベポ、いつまでむくれてるんだ」
「いつまでも!も〜…キャプテンってば、いつでも勝手だ」
「…だから悪い、と言っただろう」
「謝れば良し!なんてなるわけないでしょ!」

出発日が明後日なら、今日は盛大に宴だ!とやけくそ気味にシャッちゃんが叫んだのは、かれこれ4〜5時間前のこと。キャプテンの申し出を、クルー全員が渋々と受け入れた後のことだった。
淋しさを誤魔化す為っていうのももちろんあるし、お酒をたらふく飲んで、美味しいものもたらふく食べて、密かにキャプテンの無事を祈ろうっていう意味合いもある。むしろ、そっちの方が主なのかもしれない。宴を開いた理由は。
そして宴が始まる前から、ずっとベポくんの機嫌はすこぶる悪い。いつもだったらもう機嫌を直して笑っている頃なんだけど、今回のことはさすがに上手く飲み込めないみたい。頬を膨らませ、眉間にシワを寄せたまま。
さすがのキャプテンもそれを放っておくということができないようで、麦酒が並々と注がれたジョッキを片手に彼の隣に座り込んで困ったように溜息をついている。先に言っておくけれど、ベポくんだって納得していないわけじゃないのよ?確かに頷いたのだ。……一応。
でもそりゃあそうだよねぇ…キャプテンが船を降りるだなんてこと、あるわけないって思っていたんだもの。それを急に告げられて、お前達はゾウで待機だーなんて言われてしまったら…そりゃあ不機嫌にもなるってものだ。機嫌良く送り出せ、なんて夢のまた夢。
ベポくんの言う通り、勝手なのだ。トラファルガー・ローという男は。

「おーおー、珍しくごねてんなァ?ベポの奴」
「そりゃそうだろうよ。アイツはリズの次に船長のこと大好きなんだから」
「ごねたくもなるかァ…行っちまうんだもんな、あの人」

至る所から聞こえてくるそんな会話。私はそのどれにも混ざることなく、端っこの方で大人しくジョッキを傾けていた。時折、すでに冷めきってしまった料理に手を伸ばし、そしてまたそこら中で繰り広げられている会話に耳を傾けて―――その繰り返し。
宴が始まってからというものの、私はずっとそうして過ごしている。話しかけられれば言葉を返すけど、自分から突っ込んでいくことはしていない。楽しいことは大好きだし、皆と話をするのだって大好きだけれど、今日は何となくそんな気分になれなくて。ただただ、飲食し続けているだけだ。お酒も料理も美味しいし、皆の会話を聞いてるのも楽しいから全然大丈夫なんだけどね。
ぼんやりと皆を眺めながら思うのは、キャプテンが私だけを連れていくと宣言した時の反応だったりする。ズルイと、どうしてそいつだけと、そう反対意見ばかりがあがるものだと思っていた。それなのにどうしてだろう、誰ひとりそんなことは言わなかったんですよね…というか、たったひとりで行くのではないとわかった時は若干、ホッとしているようにも見えたというか。
その反応を見て、肌で感じて、嬉しいと思ったのと同じくらい…苦しくも、なったのです。ごめんなさい、とわけもわからず謝罪をしたくなった。土下座付きで。

「よう。元気ねーなァ、せっかくの宴だっつーのに」
「ペンくん…」
「ンなにしょげんなよ」
「別にしょげてないもん」

ガタリ、と隣の椅子に腰を下ろしたのは、頬を僅かに赤くさせたペンくん。シャッちゃんはバンくんと飲み比べをしているようで、一緒ではなかった。
まぁ、四六時中一緒ってわけでもないんだけど。ペンくんとシャッちゃんって。

「……ペンくんはさ」
「うん?」
「連れていくのは私だけって聞いた時、嫌じゃなかったの?」
「ああ…おれ達の反応に戸惑ってるのか、リズ」

素直に頷いて、テーブルに突っ伏せばペンくんは乱暴に私の頭を撫でた。それはもうぐっしゃぐしゃに。いつもならやめて!って怒る所だけれど、今日はもういいやって気分だからそのまま黙って受け入れる。
ペンくんは出会った時からずっと、私の兄代わり。シャッちゃんとキャプテンも兄代わりだけれど、その中でもペンくんが一番世話焼きだと思う。世話焼きで、物知りで、でも時々一緒にバカ騒ぎをしてくれて…私が落ち込んでいる時は、いつだってこうしてそっと傍に来てくれる。
甘えていると思う、この人に。わかってはいるけれど、この距離感がとても心地良く安心できてしまうから、私は死ぬまで兄離れをしないと思う。というか、できないっていうのが正しいかなぁ。子供扱いしないでって言いながらも、こうなんだから救いようがないなぁと思うよ。自分でも。

「羨ましいって気持ちが、ないわけじゃないぞ。多分、クルー全員」
「…うん」
「でもそれ以上に、あの人がたったひとりで行くんじゃないって事実にホッとしてる。それはお前だって肌で感じただろ?」
「感じてはいる、けど…」
「それがおれ達全員の、素直な気持ちだ。だから感謝こそすれ、責める気持ちはこれっぽっちもねぇよ」

大丈夫。そんな顔するんじゃねーよ。
ペンくんや柔らかい声音でそう言って、さっきとは打って変わって優しく私の頭を撫でる。まるで小さな子を宥めるかのように、寝かしつけるように。
じんわりと広がっていくその温かさに、目と鼻の奥がツンとする。涙が零れそうになって、でも泣くのは何だか負けたような気がして、いまだ優しく頭を撫でてくれている彼に悟られてしまわぬよう再びテーブルに突っ伏した。そのままギュッと目を瞑り、熱い衝動をやり過ごす。

「…ありがとう」
「おう。…ローのこと、頼んだぞ。リズ」
「うん」

守るよ、絶対。
どんなことがあっても、キャプテンを死なせたりしない。必ず連れて帰る、約束するよ。

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