幸せなひと時


姫さんの気遣いで、僕の怪我がある程度良くなるまでピッフル国に留まることになった。
申し訳ないな、と思ったんだけど…早く羽根を探しに行きたいであろう小狼くんまでもが、「しっかり休んでください」と言ってくれて。
旅立つのを強行する方が、皆に迷惑かけてしまうだろうと判断して、大人しく従うことにしたんだ。また、心配かけちゃうの嫌だもん。

そんなわけで、僕はトレーラーの中でのんびり過ごしてます。まだ安静にしてた方が良いと診断されちゃったので。
…でも暇なんだよなぁ。もうほとんど痛みも感じないし、大分良くなってると思うんだけど。


―――ガチャッ

「緋月」
「黒鋼くん?どしたのー?」
「…怪我の具合、どうだ」
「うん、大分良いよー。もうほとんど痛み感じないし」


ノックなしに彼が部屋に入ってくるのも、大分慣れてきたなぁ。
…着替えてる最中だったら、否応なく殴るけどね!


「あー…じゃあ、出掛けるぞ。準備しろ」
「皆でお出かけでもするの?」
「違ぇよ。…詫び、いれてくれんだろ?」

―――レースが終わったら、少し俺に付き合え。それでチャラにしてやる

「…あ、平手打ちしちゃった時の…」
「おう。お前の気分転換も兼ねてな…暇なんだろ?」
「外出してないし…暇、だねぇ」


「なら行くぞ」と、柔らかく微笑まれ…僕も釣られて笑顔になる。同時に、真っ赤にもなると思うけど。
あぁ、やっぱり黒鋼くんのこういう笑顔。堪らなく好き。
これから先も、この笑顔を見ていけたらいいなぁって思っちゃう。

それにしても黒鋼くんとお出かけかぁ…しかも2人きりみたいだし、ちょっと緊張しちゃうな。
………ん?2人きりで、お出かけ?それって―――


「(デ…デート、ですか?!)」


いやいやいや!彼はそういうつもりで誘ってくれたんじゃないんだからっ!
あくまでこのお出かけは、あの時のお詫びであって…黒鋼くん自身の意思ではない………と、一瞬思ったけど。

提案してきたのって、アッチじゃんね…!!!

うう…ダメだ。一回、そう思ってしまうと意識しちゃう。
きっと今の僕の顔、真っ赤になってるよね。このままじゃ出掛けらんないじゃないか〜〜〜っ!


「(へ、平常心だ!平常心!)」
「おい?」
「ふぁいっ?!!」
「………くく…っ!」


変な声出たーーー!!!そして笑われたーーー!!!

も〜…平常心だ、って考えてたのに、てんでダメじゃないか僕。
こんなにわかりやすい反応していたら、僕が黒鋼くんを好きだってことバレちゃうじゃん。せっかくひた隠しにしているっていうのにね…馬鹿だよ、僕って。本当に。

あの後、笑われながらも何とか出掛ける準備は出来ました。確かに変な声だったけど、あんなに笑う必要はないと思うんだけどなぁ…。
何がそんなにおかしかったんだろうなぁ…聞いたら聞いたで、僕は落ち込みそうな気がするからやめとこ。


「ねー黒鋼くん。何処行くの?」
「あ?特に決めてねぇが」
「そうなの?行きたい所があるから、ああいう提案してきたものだとばっかり」
「…別に目的なく出掛けても、問題はねぇだろ」


ふむ。それはそうかも…この国は歩き回ってるだけでも、色々面白そうだもんね!


「行くぞ。乗れ」
「はいはーい」


この国では必須の乗り物、車に乗り込んで。特に宛てのないまま、とりあえず街へと行ってみることにしました。
…さっきは恥ずかしくなっちゃったけど、2人で出掛けるなんてことなかったから、やっぱり嬉しいかも。
好きな人の隣にいられるのって、こんなにも幸せなことなんだなー…。ドキドキして苦しくもなるけど。

そんなことを、運転する黒鋼くんの横顔を見ながら考えてた。
彼のことを考えるだけで、こんなにも温かくて穏やかな気持ちになれる。また自然に笑みが零れる。


「…?何だ」
「んーん!何でもなーい♪」
「変な奴だな、相変わらず…」


失礼な、と思ったけど…せっかくのお出かけ!怒ってたらもったいないよね。楽しんで、笑顔でいなきゃ損な気がするんだ。
黒鋼くんにも、2人で出掛けられて楽しかったって思ってもらいたいし。……うん。思わないだろうけど。
ま!考えるのはそこまでにしておいて、行き先…どうしようかな。色々見て回るなら、やっぱりマーケットが最適かも。


「黒鋼くん。マーケット行こう、マーケット!」
「わかった」
「小腹空いてきたし、あとでお茶でもしようよ」
「…あぁ、いいぜ」


やったー!断られるかもなー、って思ってたのにOKもらっちゃった!ダメ元でも言ってみるものだぁね。勉強になったよ。

マーケットに着いて、とりあえず適当に歩いてみることにしました。何か気になるモノがあれば、見ればいいんじゃない?ってことで。
黒鋼くんは見たいものないのか聞いてみたけれど、「特にないから決めていい」って言われちゃったんだよねー…。
今日のお出かけは、黒鋼くんへのお詫びで来てるはずなのに…見たいものがないだなんてなぁ。あたしは、意外とこういう所を見て回るのが好きみたいで楽しいけど。
特に欲しいものとかないけど、見てると何か買いたくなるな。これ、何でなんだろ。


「ねー、本当に見たいものないの?黒鋼くん」
「必要なものは別にねぇからな………あ。」
「何?見たい所あった?」
「あー…いや、何でもねぇ。お前は見たい所ねぇのか?」
「…じゃあ、あそこの雑貨屋さん見てもいい?」
「おう」


可愛いものがたくさん並んでいる雑貨屋さん。
僕達は次元を渡り歩いているから、こういうものは必要ないけど…いつか、何処かの国に留まって暮らすことが出来るのなら。
自分好みの雑貨とか、家具とか、部屋に置きたいなぁって思う。きっと叶うことのないであろう、甘くて優しい夢。
どれだけ望んでもさ、運命には逆らえないって思うんだ。…あの方が仕組んだこの旅は…何も変えることが出来ない気がしてる。


―――ポンポン…

「ッ…?!」
「どうした」
「あ…ううん。何でもないよ」
「……少し休憩するか。腹は?」
「ちょっと空いたかな。甘いもの、食べたい」
「お前、本当に菓子とか好きだよな」
「だって美味しいじゃん。あっちにカフェあったから、そこ行こう!」

―――タッ

「あ、おい!勝手に行くんじゃねぇよっ」


走り出したものの、すぐ黒鋼くんに捕まって、そのまま手を繋がれた。
え、あの、ちょ、どうしよ……っ!心臓、もたない…!!!
彼から手を繋いでくるなんてこと、なかったのに。心臓がバクバクいって、今にも止まってしまいそうなくらいだ。
でも…それ以上に幸せだって、思う。
幸せすぎて、今の自分の立場とか、罪とか…そういうものを、忘れそうになってしまう。


「あ、あった!此処だよ」
「よく覚えてたな、場所」
「マーケットは買出しとかでよく来るもん。たまに姫さんとお茶したりしてたし」
「へぇ…」


このカフェのケーキ、美味しいんだよね。黒鋼くんはきっと食べないだろうなぁ…甘い物、苦手だもんね。
黒鋼くんはコーヒーのブラック。僕はいちごのタルトと紅茶。
それぞれ注文して、空いてる席に座った。(お金は僕が支払いました!だってお詫びだもんね)

ケーキを食べて、お茶を飲んで、たまに言葉を交わして。…何だか変な感じだな。
少し前までドラゴンフライレースのことで頭がいっぱいで、色々大変だったのに…今ではこうしてのんびりしてるなんてさ。
穏やかに流れていく時間に、次元を渡る旅をしてることを忘れそうになってしまうんだ。


「火傷の痕、残らなそうか」
「背中は何とも言えないけど、腕とかは大丈夫そうだよ。経過も良好だしねー」
「ったく…無茶しやがって」
「心配かけたのは申し訳なかったけど…キミだって無茶したんじゃない。ファイくんから聞いたもん」
「う…」
「キミ達が心配してくれるように、僕だって心配するんだから」


本当なら固定をしなくちゃいけない程の怪我だったのに、姫さんが気にするからって思って包帯を巻くだけにした彼。
僕に「無茶をするな」とか「隠すな」とか言うくせに…自分は痛みを隠すんだ。
それがものすごく嫌だ。…や、僕だって人のこと言えた義理ではないけれども。昔だったら何とも思わなかったけど、今は皆大切な人達だから…笑っていてほしいんだ。

ちょっとムスッとしながらケーキを食べていれば、頭をわしゃわしゃと撫でられた。
視線だけ上げてみれば、苦い顔をした黒鋼くん。僕が拗ねちゃったから困ってるみたいだね。珍しいな。


「…悪かった」
「もういいよ。キミこそ、怪我は平気なの?」
「あぁ、どうってことねぇよ」
「そう。なら、良いんだけどさ」
「緋月」
「うん?」


スッと出された、小さな紙袋。


「なぁに?もらってもいいの?」
「おう」

―――ガサガサ…

「ブレスレット…綺麗な青だ」
「…それ、なるべくつけてろ」
「うん、いつもつけてるっ!せっかくもらったんだもん」
「―――――…」
「え?今、何か言った?」
「いや、何でもねぇ。気に入ったか?」
「もちろんっ!…でも僕がお詫びしなきゃいけない方なのに、こんなプレゼント…」
「此処の金、払ってもらっただろ」
「そうだけどっ…絶対にキミの方が払ってる額、高いじゃんか」
「いいんだよ。お前にやりたくて買ったんだから」
「!……あり、がとう」
「おう」



(その石がお前を護ってくれることを、願う―――)
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