02


 side:黒鋼


何が、起こったのか…すぐには理解出来なかった。
あいつが何かを呟いた時、緋月の体がふらりと傾いだのが見えて。緋月自身を纏う空気が変わったと感じた瞬間―――あいつは…剣で自らの胸を貫いた。

真っ赤な血が溢れ出して、一瞬にして血溜まりを作り上げる。
俺も、魔術師も、白まんじゅうも…誰一人、動けずにいた。駆け寄らなければ、と思うのに、足が鉛になったかのように動く気配がねぇ。
背中を嫌な汗が流れ落ちていく。


「緋月?!!」


ようやく体が動いたのは、閉じ込められていた小僧の切羽詰まった声が聞こえた時だった。
他の奴らも同じだったらしく、一斉に倒れ込んだまま動かない緋月の元に駆け寄る。
抱き起こせば、まだ微かに息をしていて。…けれど、胸から流れ出す血は止まる気配がねぇ。
いつの間にか突き刺した剣も抜かれている。だから、余計に出血がひでぇのかっ…!!


「緋月っ!お願いだから、死なないで…っ!」
「何でこんなことっ…!!!」
「最後の、呪いだったの…これが、あの人の」


あいつが事切れた瞬間、緋月は周りの人間を殺す呪を掛けられていたという。それを緋月自身が思い出したのはつい最近の話らしいが。
…だが、それじゃ今の状況の説明になっていねぇ。俺達は誰一人傷つけられちゃいねぇからだ。
さっきの戦いでボロボロになっちゃいるが、誰も死んでねぇ。それ以前に、こいつは俺達に向かってきてもいなかった。
全員の疑問を汲み取ったのか、緋月はひどく優しい声で「対価を支払った」と紡いだ。


「記憶も、魔力も取り戻した時…この呪も思い出したの。でも…僕はもう、誰かを傷つけるなんてことしたくなかったんだ…。だから、ね…侑子さんに頼んだんだよ」


掛けられた呪は強力で、それを解くにはどれだけ対価を支払っても無理だと言われたらしい。
だから、こいつは呪を"解く"んじゃなく…"矛先を変える"ことにしたんだと言った。俺達ではなく、自分自身に刃を突き立てるように。


「お前っ…!!!」
「あはは…やっぱり、キミが最初に怒った、ね…黒鋼くん」
「怒るに決まってんだろうが!!!んな大事なこと、何で今まで黙ってやがった!」
「どうにも、ならないって…わかってたから。言っても、言わなく、ても…皆を悲しませることはわかって、た」


咳き込んで、口から大量の血を吐きだす。
もう―――長くはもたない、見ればわかる。もうすぐこの命は消える。
わかっちゃいるが、それでも失いたくないと思ってしまう。愛しい、こいつを。


「ファイ、く…ん」
「っなに?緋月ちゃん…!」
「日本国で見た、キミのほんとの笑顔……僕、大好きだったよ。これからはもっと…笑ってね…?」
「……っ!!ごめ、ごめんね緋月ちゃん!オレ、君から命をもらったのに…何も返せなかった…っ!」


―――やめろ…


「シャオ…さ、くら……」
「うん…!」
「…何だ?」
「久しぶりに、会えた、のに…さくらとは、話が出来なかった、ね……僕に安らぎ、をくれたのは…キミ達だった…。蝶のピアス、もありがと…。今度こそ、2人で幸せ、に…なって……」


―――やめろよ…


「モ、コ…いる……?」
「いるよ!此処にいるよ緋月!!」
「キミにはたくさん癒されたよ……でも、侑子さんを失わせてしま、てごめんなさ…い…」


―――やめろ…!そんな、死ぬようなこと……っ!!

長くねぇってわかってる。もう助からねぇってことも、よくわかってる…!!
それでも、こんな最期の遺言みてぇな言葉…俺は聞きたくねぇんだよ!

スルリ、と頬を何かが撫ぜた。驚いて目を開けてみれば、それは緋月の手で。
今までに見たことのないくらいに、優しい顔で…笑ってやがる。
傷が痛まねぇわけがねぇだろうに、苦しくねぇわけがねぇだろうに…俺達を安心させるかのように笑ってやがる。


「黒、鋼くん……?」


俺はこの声で呼ばれるのが好きだった。面白いくれぇにコロコロ変わる表情が、好きだった。
こいつの―――全てが、本当に好きで。
護りたい、と何度思ったかしれねぇ。泣かせたくない、と何度思ったかしれねぇ。
それなのに…俺は一度も、こいつを護ることが出来なかった。


「……好きだ…お前が、緋月が…!」


一度、伝えた言葉。絞り出すようにもう一度伝えれば、泣きそうな顔で笑って。


「あり、がと……こんな僕を、憎いはずの僕、を…好きになってくれて……」


確かに母上を殺した犯人が憎かった。仇を取ると決めていた。
それがこいつだってわかって、頭に血が昇って、何で…と思ったりもした。けど、それでも好きだって気持ちは変わるもんじゃなかったらしい。

…きっと関係ねぇんだ。こいつが何者でも。
俺が好きなのは、他の誰でもねぇ…ただの緋月だ。


「ごめん、ね……ずっと傷つけてばっかりだった…キミ、のこと…!」
「んなこと気にしてねぇ」


ふわり、ふわりと蝶が舞う。紫の、蝶が。
それが徐々に解けている緋月自身だということに気がつくまで、そう時間はかからなかった。思い知らされる。こいつの命が、終わりを迎えようとしていることに。
失いたくねぇのに、この世に留めておきたいと願うのに…その術がわからない。
わかったところで魔力とやらが皆無の俺には、きっとどうすることも出来ねぇんだろうが。


「あ、のね…?僕、ずっとキミの、こと、が―――」


―――ザァッ

何か言葉を紡ごうとした瞬間、緋月の体が一気に解けた。無数の紫の蝶が、飛び立っていく。
腕の中にはもう何も残っていない。温もりも、感触も…ただ、あいつが流していた血があるだけで。跡形もなく、緋月は姿を消したんだ。
俺達はただ呆然と、蝶が舞う様を、飛び立っていく様を見ていることしか出来ない。

その時、1匹の赤い蝶がふわふわと近寄って来た。
他の蝶が次々と消えていく中、その蝶だけは…この場に留まっている。そして、不意に…緋月の声が聞こえたような、気がした。
―――ま、さか……この蝶、お前なのか?


黒鋼くん…僕もキミのことが大好きだったよ


「この蝶…もしかしたら、最後に残った緋月ちゃんの想いなのかもしれないね」
「……そういうのは自分の言葉で伝えやがれ、バカ女…」


そっと唇を寄せれば、その蝶は姿を消した。
あいつが肌身離さず付けていた、ピアスをその場に残して。


「―――…またな、緋月」
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