花の香りの下で
のどかな国、というものは実にいいものだ。昨日、降り立った国はもうこれでもか!ってくらいに平和で、危うく姫さんの羽根を探していることも、自分の願いを叶える為に旅をしていることさえ忘れそうになってしまうくらいだもん。
もちろん、絶対に忘れたりはしないんだけど…羽根の手がかりがない今、少しくらい息抜きをしたって問題はないと思うし、罰だって当たらないと思うんです!
「というわけで、レッツクッキーング!」
「おー!お花見の為のお弁当を作るんだよね?」
「うん、そうだよー」
花を見ながら食事。これを『お花見』と言うんだ、と教えてくれたのは、あらまあびっくり。黒鋼くんだったりします。
いつもだったらこういう話をしている時は我関せず、って態度だった彼が饒舌にお花見とはどんなものか教えてくれたんだよね。一般的には桜を見るのが主流なんだけど、まあ何でも問題はねぇだろって言われた時は、いつもの黒鋼くんだって思ったけどね。
…というわけで。僕と姫さんは今、キッチンでお弁当作りに勤しんでいるわけでございます。ちなみに男勢+モコはお花見の場所取りに公園へ行っているんだ。暖かくて気持ちがいい気候だから、同じような考えを持ってる人がたくさんいるかもしれないーっていうモコの心配から、先に場所だけ取りに行こう!ってなったんだってさ。僕達はお弁当が完成次第、公園へと行く予定なんだよ。
「お弁当はこれで完成?緋月ちゃん」
「完成!デザートもあれば良かったんだけど、さすがに時間がないからねぇ」
「でも緋月ちゃん、何か作ってなかった?」
「作ったけど、まだ固まってないから持っていくのは無理なんだ」
お花見にピッタリ!と思って作ったはいいんだけど、固まるまでに3〜4時間かかることをすっかり忘れていたんだよなぁ…なので、とても名残惜しいですがそのまま冷蔵庫で眠っていてもらうことに。
―――キュッ
「よし。お弁当も包めたし、僕達も公園に行こっか」
「うん!お花見って初めてだから、すっごく楽しみ!」
「僕もしたことないなぁ…綺麗な花がたくさん咲いてるといいね、姫さん」
「ふふっそうだね、緋月ちゃん」
おかずやおにぎりを詰め込んだお重や、お茶が入った水筒を抱え、僕達は黒鋼くん達が待っている公園へと向かった。
「あ、サクラちゃーん、緋月ちゃーん!こっちだよ〜」
「おっまたせー、皆!」
「わあ…!色とりどりのお花がたくさん咲いてる!」
「綺麗ですよね。おれ達も来てみてビックリしたんです。…姫、そちらの水筒を貸してください」
「あ、ありがとう小狼くん」
姫さんが驚いていたのも無理はない。黒鋼くん達が陣取っていた場所から見えるのは、カラフルな花の絨毯だったんだもん。ピンク、白、黄色、赤…本当にたくさんの色の花が所狭しと咲いていて、どこに視線をやっても綺麗な光景がずーっと続いている。…うん、これは圧巻だなぁ。
お重を抱えたままボケーッと眺めていれば、誰かにそれをひょいっと取られてしまった。一瞬、お弁当泥棒か!と思ったんだけど、そういうわけではなく黒鋼くんが気遣ってくれたみたいです。何も言われてないから、ただの勘でしかないけども。
「緋月、なにボーッとしてやがる。さっさと来い」
「はいはーい!」
広げられていたシートに靴を脱ぎ捨てて上がり込めば、持ってきたお重はファイくんの手で並べられていた。お箸や紙皿は姫さんが、飲み物は小狼くんが用意して配ってくれていて準備が早いなぁ、と思わず笑みを零してしまう。
それだけ皆も、お花見やお弁当を楽しみにしている―――と思っていても、いいのかもしれない。
「これおいしーい!」
「本当?モコちゃん」
「もしかして姫が作ったんですか?」
「…緋月ちゃんに教えてもらいながら、だけど」
「僕は作り方を教えただけで手は出してない。姫さんが作った、って胸張っていいと思うんだけどなぁ」
「サクラちゃん料理の腕上げたよねー」
「緋月、そっちの取ってくれ」
「はいはい。…キミも少しは会話に混ざりなよ」
気に入ったのか何なのかわからないけれど、黒鋼くんはさっきから無言で食べ続けている。そして口を開いたかと思えば、どれを取れとか、お茶のお代わりだとか、そんな言葉ばかりが出てくる。美味しい、という一言はいつまで経っても出てくる様子はない。…お代わりするくらいだから、まずいってことはないだろうけどさ?それでも一言くらい、言ってくれたっていいと思うんですけども。これ如何に。
もごもごとおかずやおにぎりを頬張りながら、色とりどりの花へ視線を移す。ふわり、と風にのって届く香りに心が落ち着いていくのがわかった。
言ってもらえないことに不満は残るけれど、元々そんなに口数が多い人じゃないし、…それにこれだけ食べてくれてるんだもん。別にいいか。言葉になんかしてもらえなくても。
花へ向けていた視線を皆に戻せば、黒鋼くんは何やらファイくんとモコにからかわれていて、姫さんは嬉しそうな顔をして小狼くんと何かを話している。見慣れた光景と言えば、見慣れた光景だと思う…でも何でだろう?今日はいつも以上に―――
「幸せって…こういうことを言うのかなぁ」
ポツリと呟いた言葉は、小さすぎて誰に耳にも届かない。
でもそれでいいと思った。幸せな気持ちはきっと、誰かに分けてあげたくなるものだと思うんだけど、今の私はこのくすぐったい小さな幸せを独り占めしたいなぁって思ってしまったんだから。