痕を残して


どこで聞いたのかとか、どこで読んだのかとかはもう覚えていない。ただ漠然と、キスする場所によって意味がそれぞれあったんだっけ…なんて思い出した。それも唐突に。いや、うん、だから何なんだって自分でも思うんだけど…本当に何で思い出したのかなぁ、こんなこと。
買ったばかりの本を読みながらそっと溜息をついた。静かな空間とはいえ、きっと聞かれていないだろうと思っていたのに―――聞かれたくない人は、マガニャンに集中していたから―――下げられていた瞳が、私を映してドキッとしてしまう。


「溜息なんざついてどうした」
「あ…ううん、特別なにがあったってわけではないんだけど」


しいて言うなら、自分の思考に溜息をついたって感じだから。
あはは、と笑みを浮かべても、黒鋼くんは誤魔化されたりなどしてくれない。むしろ、何かを隠している証拠だと考えて何が何でも吐かせようとしてくる始末。今回だってそうだ、読んでいたマガニャンを放り投げて僅かに空いていた隙間を埋めるように近づいてきた。
気持ちを通じ合わせてからは余計に、この人は距離感が近くなったように思う。嬉しいのだけれど、どうしたって心臓はうるさくなるんだ。この距離感に慣れていないわけではないんだけどなぁ…ギュッと抱きつけば、何も言わずに頭を撫でてくれる黒鋼くんは意外とスキンシップが好きらしい。


「本当に何かあったわけじゃないんだよ、ただ…何で急に思い出したのかな、って思っただけで」
「全く意味がわからねぇ」
「だよねぇ、私の中ではちゃんと筋があるんだけど」
「それを口にしなければ俺はわかるわけねぇだろ」
「―――キスをする場所によって、意味があるってことをね…急に思い出したの」


背中に回していた腕を解いて、彼の足の間に腰を下ろす。怒られるかな、と思ったんだけど、それどころか私が座りやすいように調整してくれて、最終的にはお腹に逞しい腕が回された。苦しくない程度にギュッとされて、思わず破顔する。こうしてくっついてくれるのは、抱きしめてくれるのは…とてつもなく嬉しい。
とん、と背中を黒鋼くんの胸に預け、擦り寄れば―――ふっと影が落ちた。そして重なる唇は、想像以上に甘く、優しい。


「んんっ…」
「…緋月、」
「は…そんな声で名前呼ぶの、ズルイ…」
「先に仕掛けてきたのはそっちだろ?」
「しっ仕掛けてないよ!ただ寄り掛かっただけじゃないか!」
「あんな風に擦り寄られたら、触れたくなんだろ」


しれっと言うな!そしてカッコいい声で爆弾発言しないで!!私が死ぬ、冗談抜きで死ねるからやめてください!!…なんて、心の中で言っているだけなので絶対に届きはしないんだけど。
赤くなっている顔を両手で覆い、今度は隠すこともせずに溜息を吐いた。その間もお腹には黒鋼くんの腕が回ったままです、密着続行中です。それは別にいいんだけど、温かくて落ち着くし。

唇って、…確か愛情の意味があるんだっけ。きっと黒鋼くんは知らないのだろうけれど、嬉しいかもしれない。だって愛されてるってことでしょう?そんなことを考えながら、自分がするならどこがいいだろうと思った。一番は唇だけど、同じ所っていうのは芸がないし(求められてないけど)、何よりそこにするとあっという間に彼に主導権を握られてしまうから別の場所がいいなぁ。

(思慕、欲求、執着…うーん、執着っていうのも捨てがたいけど…)

くるっと向きを変えて、黒鋼くんと真正面から向き合った。きょとんとした彼の瞳とかち合って、にっこり笑みを向ければ少しだけ訝しんだ表情へと変わっていく。あ、この顔はロクでもないことされるって思ってる顔だ。何というかものすっごく失礼だよね、その反応。まぁ、人によってはロクでもないことなのかもしれないけど―――私にとっては重要なのだ。
私が向きを変えたことで外された腕を掴んで、そっと唇を寄せる。本当はそのまま噛んで痕をつけたい衝動に駆られたけど、…さすがにそこまでやると怒られちゃいそうだから。


「…何してんだよ」
「んー?キミに恋してるよ、って証拠」


意味がわからない、と眉間にシワを寄せた黒鋼くんを無視して、私は再び彼の胸へ寄り掛かった。
私はきっと、これからもずーっとキミに恋をして生きていくんだよ。
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