私だけの特権にして


甘えてくれていいのになぁ、と唐突に思う。
僕のことはとにかく甘やかすクセに、彼は僕に甘えてくることなんて全くない。いや、あったかな?………いやいや、やっぱりないよ。だってあの人、そんなことするタイプじゃないじゃんか。恋人というカテゴリーに収まってからは、スキンシップは格段に増えたと思うけれど。
でもそれは『甘える』行為ではなく、どちらかと言えば僕を『甘やかす』行為だと思う。それをシャオ相手に発揮することも少なくない。ズルイとか、羨ましいとか思う気持ちはないけれど。だってあれは、僕だけの特権というわけでもないんだし。
黒鋼くんは博愛主義ではないだろうけど、それでも幾度となく死線を潜り抜けてきた仲間―――それも数奇なる運命に翻弄された少年が相手ともなると、彼なりに思う所があるんだろうな。僕だってシャオのこと好きだし、その点に関しては何も文句を言うことはない。むしろ優しくしてあげて、と声を大にして言いたいくらいだ。


「『甘やかす』ことがクセになってるキミは…誰に甘えるんだろうねぇ」
「…?寝てたんじゃないのか、お前」
「少し前に起きたの。…僕、よくキミに膝枕されてる気がするんだけど…」
「首がゆらゆら揺れてて危なっかしいんだよ」


目を覚ますと最初に見るのは黒鋼くん、というのは、一緒に旅をし始めた頃からだったと思う。膝枕然り、添い寝然り。その都度、ビックリするんだよねぇ…何度経験しても慣れる感じがしない。心臓に悪いんだよ、起き抜けに黒鋼くんの顔見るのって。眉間にシワ寄せて怖い顔になってるけど、それでもカッコイイからさー…ドキッとするんです。起き抜けじゃなくともドキッとすること多いけど。
いや、だって本当に整った顔してるんだよこの人。シャオも、ファイくんも整った顔してるしカッコイイと思うけど、黒鋼くんだけは特別だ。こういうのを欲目、って言うのだろうか。


「で?起き抜けに何を考えてやがる、緋月」
「うん?」
「ボソッと呟いてただろう」


ああ…言ったね、ボソッと。考え事してたのも確かなんだけど、間違っちゃいないんだけど、黒鋼くんに敢えて言うことでもない内容なんだよなぁ。というか、本人を前にしてどう伝えたらいいかわからないとも言いますか…言ったら言ったで、絶対に眉間にふっかーいシワ寄せて「あァ?」って言われる。
睨まれても、凄まれても、今更怖いって思うことはないけど少なからずショックは受けるんですよ。それが黒鋼くんの常だとわかっていても。そんな反応されるのをわかってて話せる奴がいるだろうか、いやいない。絶対いない。人間というものは、面倒事を避けたがる生き物のはずだから。僕然り。


「心配するようなことじゃないよ。ちょっと気になることがあっただけ」
「気になること?」
「んー…言わないとダメ?」
「なんだ、言ったらマズイことなのか」
「そういうわけじゃないけど、」


キミのことです。他の誰でもないキミのことなんですよ、と言いかけて、何となく言葉を飲み込んだ。飲み込んだ所で黒鋼くんはきっと逃がしてはくれないんだけどさ。このまま黙ってても仕方がないので、大人しく白状することにしました。呆れ顔をされるのを承知の上で。


「黒鋼くんは甘やかしてくれるけど、甘えてくれないなぁって…」
「…はぁ?」
「ほらー!そうやって呆れ顔になるのわかってたから黙ってたのに……」
「何を考えてんのかと思えば、そんなことかよ」


えーえー。黒鋼くんからしたらとんでもなく下らなくて、どうでもいいようなことでしょうね!でもこっちは真剣なんだよ、大好きなキミのことなんだから。いつだってキミに関することだったら全力投球だ、こっちは。
ずっと借りたままだった黒鋼くんの膝から離れて起き上がり、ぶすくれながら膝を抱えた。もー…大体は黒鋼くんにとってどうでもいいようなことなんだから、たまには聞かないでいてくれたっていいのに。視線を逸らしてそう呟けば、聞き出さないで抱え込まれて後悔するのはごめんだ、と馬鹿真面目に返されました。
ぐぐぐ、反論できない…!何度かやらかしている前科者だけに、何も言い返すことができないであります。


「甘え…ねぇ」
「なに?」
「甘えられてェのか、お前」
「……まぁ、そうなるのかなぁ。一応」


黒鋼くんが無理してるとか、そんな風に思っているわけではないけれど…いつだってもらいっぱなしの優しさとか愛情を、少しでも返せたらいいのにとは思ってるのだ。それこそいつだって甘やかされてしまっているのだから、その分くらいは。彼はそんなの気にしなくていい、と言いそうではあるんだけどね。
かと言って押し付ける気は更々ないし、無理に甘えようとしてくれなくても良くって…ううん、どうされたいのか段々とわからなくなってきたぞ。僕。膝を抱えたままうーん、と悩んでいると、ぐらりと体が傾いて―――そのまぽすん、と黒鋼くんの腕の中に収まった。…ん?なんだ、この状況。


「くろっ、がね、くん……?」
「クッ…なんだよ、その呼び方」
「ど、動揺の表れだよ…」
「―――しばらく膝、貸せ」
「え、あ、はい。どうぞお好きなように…!」


スルリ、と腕は解かれ、彼は言った通り僕の膝を枕にして横になった。妙にドキドキして顔をまともに見れなさそう、でも見たい…!変な葛藤をしていると黒鋼くんは、僕のお腹に抱きついてきたんですけれど。ギュッて。うわ、何だかめちゃくちゃ可愛いんですけど!!


「…ああ、落ち着くな。これ」
「え?」
「お前が、…緋月が此処にいると実感できる」
「いつだってキミの傍にいるけども」
「いついなくなるか、わかったもんじゃねぇだろお前は……」
「黒鋼くん…?」


あまり喋る方ではない人だけど、変な風に言葉が切れた気がするなぁって名前を呼んでみたけど、返事は一切ない。もしかして、寝てる…?顔はお腹に埋められてるので見えないし、確認はできないけど、でもそんな気がした。
甘えられてる、のかな。僕が言ったからかもしれないけど、それでもやっぱり嬉しいとは思うし…何より、落ち着くと言った時の声音は彼の本音のように感じたから。
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