04


薄らと浮上する意識。まだ目を開けていないはずなのに、瞼には光が当たっている感覚がある。もう朝ってことか…熟睡したな。
そっと伸ばした手で隣で寝ている彼女の姿を捜すけれど、手触りのいいシーツの上を滑るだけで一向にあの子の姿を捉えることができない。ぼんやりとしていた意識が一気に覚醒して、勢い良く体を起こした。

 side:大和

サイドボードに置いた眼鏡をかけてついでに時間を確認すると、6時半を少し回った所で。昨日、寝る前に起床時間を確認した時は確か…7時に起きれば大丈夫だって言ってた気がするんだけど。
まぁ、目が覚めたってことなんだろうが、あれだけ疲れて帰ってきたんだからもう少しゴロゴロしてりゃいいのに。てか、何処に行ったんだ?リビングか?
グッと伸びをして寝室を出ると、リビングのドアが少し開いていて中から話し声が聞こえた。誰かと電話か?…こんな朝っぱらから?自然と眉間にシワが寄ったけれど、俺達が身を置く業界はそういう所だ。朝早くに電話が入ったって、そこまでおかしいことじゃない。うん。
なるべく電話の邪魔にならないようにそっとリビングへ足を踏み入れると、ちょうど通話終了した所だったらしく縁がスマホ片手に振り向いた。

「おはようございます。起こしちゃいましたか?」
「いや、目が覚めただけ。仕事の電話?」
「ええ、まぁ。入りの時間が少し遅くなりました」
「ソウとタマのドラマの撮影ね」
「はい。コーヒー飲みますか?」

スマホをテーブルの上に置いて、朝ご飯や飲み物の準備をしようとする縁を無理矢理座らせる。案の定、キョトンとした顔で見上げられたよな。
うん、こういう時くらい俺に任せてくれたっていいと思うんだけどなぁ。そりゃあ、普段のお兄さんはぐうたらだと自分でもわかっちゃいるけどね?

「縁、朝はなに飲む人?」
「え、えっとカフェオレ…」
「カフェオレな、任せろ」
「ありがとうございます…あ、コーヒーはそっちの棚に」
「サンキュ。お湯沸かしてる間に、顔洗ってこいよ」

手持ち無沙汰なように見えたからそう提案してみると、苦笑を浮かべながら洗面所へと向かっていった。縁は実家にいた頃も料理したり掃除したり、ちょこまか動いていたらしいから『誰かに何かをしてもらう』ってことにあまり慣れてないんだろうなぁ。
その相手がマネージャーならここまでソワソワしないんだろうけど、俺相手だと世話を焼く方に回ってしまうんだろう。外ではずっとそうだから。
甘えることもこの2年で多少は覚えてくれたみたいだけど、基本的にはそこまで変わっていないし。無理強いするつもりはこれっぽっちもないし、頑なにひとりで頑張ろうとしなくなっただけ成長したと思う。

(朝メシどうすっかな)

昨日持ってきた煮物の残りがまだあるものの、米は炊いてない。というか、そこまで頭が回ってなくてすっかり忘れてただけなんだけど。入りは少し遅くなった、とは言っていたが、今から炊いて間に合うのかどうかは定かじゃない。
家を出る時間を聞いて、大丈夫そうなら炊くか?もしくはコンビニにパンを買いに行ってくるか。

「大和くん?ボーッとしてどうしました?眠いですか?」
「あ、…いや、平気。朝メシどうすっかな、って考えてただけ」
「食パンは買い置きがありますし、卵とハムもありますよ」
「使っていいの?」
「大丈夫です。野菜は切らしてしまって、サラダは作れませんが」

カパッと冷蔵庫を開け、中からハムと卵2つを取り出したかと思えば慣れた手つきでハムエッグを作り始めた。
あ、しまった。あまりにも流れるような動きだったから俺がやるって言う隙もなかったな…思わず苦笑が漏れるが、キッチンに並んで立てるっていうのは割と悪くないなと思ってしまう。
現金な奴だと思われようとも、こういうシチュエーションを好む男は多いだろ?お兄さんだってそういうのを好むんですよ。ベタなやつでも、好きなものは好き。そういうもんだ、人間ってのは。

「そういや何時に出ればいいんだ?入り時間は変更になったんだろ?」
「入り時間は遅くなりましたけど、私の出勤時間は変わりませんよ。8時過ぎには出ます」
「ああ…そりゃそうか」
「大和くんはオフでしょう?寮に戻られるなら、送っていきますが」
「んー…縁の帰り待ってたら、迷惑か?」

ほろりと零れ落ちた言葉は、半分本気だった。迷惑だと言われることはないだろうが、断られるだろうというのは予想がつくし。
チラリと盗み見た縁は、眉間に僅かにシワを寄せている。怒ってる―――ってわけではなさそうだけど、やっぱり思う所はあるんだろう。うーん、言うべきじゃなかったなぁ…後悔しても遅いし、からかうつもりで言ったつもりでもないし、別にいいか。半分だろうと何だろうと、本気は本気だ。

「待っていてくれたら、そりゃあ嬉しいですけど…許可はできません」
「うん、だろうと思ってた」
「でも―――」

不意に黙り込んでしまった縁。どうかしたのかと視線を向けてみると、パチパチと音を立てているハムエッグを険しい顔で凝視中。…うん、何でそんな顔でハムエッグ見つめてんの?まるでハムエッグに親を殺されましたってくらいの険しい顔なんですけど。
それに今、何を言いかけたんだろうか。問いかけようにも、聞きづらい雰囲気なんだよな…いまだ険しい顔したまんまだから。てか、ハムエッグ大丈夫?焦げてねぇ?

「縁さーん?ハムエッグ、」
「次の日!」
「お?」
「大和くんがオフの日だったら…合鍵、使って頂いて大丈夫です」

予想だにしていなかった言葉に、俺はただ「へ?」とマヌケな声を出すことしかできなかった。縁はそんな俺を見ることもなく食器棚から皿を出し、焼き上がったハムエッグを盛りつけてダイニングへ。けれど、ふわりと揺れた髪の隙間から見えた耳が真っ赤に染まっていた。
うっわ、なにあの可愛い子…!自分で言い出しておいて照れてるし。あんな可愛い所を見せられて、ニヤけないわけもなかった。これが外だったらどうにかして隠そうと躍起になるけれど、生憎此処は縁の家で彼女以外に見られる心配は一切ない。それに両手にマグカップ持っている状態だから、隠そうにも隠せないんだけどな。
まぁ、彼女に見られたら「なに笑っているんですか」って怒られそうな気もするが。

「なぁ、縁」
「……何ですか」
「それってさ、お泊り解禁ってことでいーの?」
「次の日がオフの日だけです。それと、…私の帰りが遅くなることも承知して頂けるなら」
「そこは何も文句言うつもりないから大丈夫」

案外、待つことも楽しいってことを昨日知ったし。

「あともうひとつだけ、条件があります」
「ん?」
「オフの日全てを、私の為に時間を使うことだけはやめてください」
「わかってるよ。ちゃんと自分の為にも使うから」

縁を傷つけるようなことも、嫌がるような真似も、できるだけしたくないって思ってるから。
マグカップをテーブルに置いて彼女の頭を撫でれば、それはそれは嬉しそうに笑うから思いっきり抱きしめたくなった。

「さて、朝メシ食うか。遅刻させるわけにもいかないし」
「はい。あ、結局大和くんはこの後どうするんですか?」
「ん?寮に戻るよ。一緒に乗っけてもらってもいい?」
「もちろん!責任もって寮まで送らせて頂きます」

グッと拳を握った縁の顔は、よく知っている頼れる事務員兼マネージャーだった。
もう少しだけ、俺だけが知っている恋人の縁でいてほしかったけど、…仕事モードの凛々しくてカッコイイ顔も決して嫌いじゃない。どっちも縁は縁だから、変わらないんだ。

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