03


なるべく急いでシャワーを浴びてリビングへ戻ると、それに気がついた二階堂さんに手招きされた。
素直に近寄るとむぎゅっと抱きしめられて、思考回路が停止しました。え、いや、嬉しいです、とても嬉しいですけど!

「こんな時間までお疲れさん」
「…ありがとうございます。二階堂さんも、」
「はい、ストップ」
「へ?」
「そろそろ仕事モード解除してくださーい」

そう言われてむにっと頬をつままれるも、その言葉が何を意味しているのか一切わからなくて。
仕事モードを解除って、……あ、もしかして呼び方?

「大和くん…?」
「大正解。でも何で疑問形かなぁ、お前さんは」
「当たってるか自信なくて…」
「そこは自信持ってよ。…まぁ、ひとまず食って」
「はい、いただきます」

テーブルの上に並べられていたのは、煮物といくつかの副菜だった。煮物は味がしっかり染み込んでいるし、ほうれん草のおひたしや和え物もとても美味しい。
んん、幸せ…!うっかり顔に出てしまっていたのか、頬杖をついてこちらを見ていた大和くんがニッと笑みを浮かべた。

「美味い?…なんて聞くまでもなさそうだけど」
「とても。白米欲しくなります」
「ははっ良かった。分量ミスって結構作ったから、今度は米炊いて食ってよ」
「…大和くん、料理するんですね」

一織くんと四葉くんのお弁当を作ってあげている、とは聞いたことがあったけれど、こんなに上手だというのは知らなかった。
寮で食事を主に担当しているのは三月さんだと伺っていたし…たまに他のメンバーも作ってくれるよ、とあの人は笑っていましたが。失礼なのは承知ですが、大和くんはあまり料理をするイメージがなかったから。

「んーまぁ、それなりに?ミツ程ではないけど作れるよ」
「今度はオムライスが食べたいです」
「リクエスト?縁が今度、作ってくれるならいいよ」
「それはいいですけど…ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」

しばしの沈黙。水が流れる音と、お皿同士がぶつかる音だけが響く室内。私が蛇口を閉めるのと、大和くんが動いたのはほぼ同時だったと思う。
向かいに立った彼は、カウンターに肘をついて口を開いた。

「縁が断る理由はさ、わかるんだ。わかるんだけど、…俺としては少しでもいいから時間作りたいって思う」
「…はい」
「そりゃ本気で疲れきって動くのも面倒!って時は別だけど。そういう時はちゃんと休むよ。自分を蔑ろにするつもりはないから」

そうしないとお前さんも、あいつらも…泣くから。
眉をハの字にして照れたように笑いながらそう紡ぐ大和くんの姿を見ていると、鼻の奥がツンとしてうっかり泣きそうになってしまう。
皆さんの思いも、私の思いも、今はきちんと彼の心まで届いてくれている。ただそれだけのことが、とても嬉しかった。

「縁がしてくれるように、お前さんが疲れてる時とか落ち込んでる時とか…しんどい時に傍にいたいって、ガラにもないことを思うわけですよ」
「そんなこと、思ってくれていたんですか…?」
「当たり前でしょーよ。そこまで薄情じゃないっつーの」
「薄情だなんて思ったことはないですけど…」

愛されている自覚がないわけではない。でも正直、そこまで思ってくれているなんて考えたことがなかったから…どうしたらいいかわからなくて、ジワジワと熱が上がっていく顔を隠すように下を向いた。
うっわ、本当に顔熱い…でも嬉しいのも本当で。きっと今の私は、とんでもなく情けなく緩んだ顔をしているんだろう。そんな顔は恋人関係になった今でも、あまり見せたいものではないのです。
大和くんは私より背が高いから、きっと下を向いていれば見られることはないと思う。キッチンのカウンターを挟んだ向こう側にいるから尚更。でも、それでも念には念をって思ってしまうのが人間のようで、私は彼に背を向けた。だけど、その行為がどれだけ無意味かということをすぐに知ることになりましたけど。

「こーら、縁」
「わっ…!ちょ、大和くん?!」
「お前さんが顔を背けるからでしょ」
「あの、私、今とても緩んだ情けない顔してるのであんまり見られたくな―――」
「そう言われると尚更、見たくなるってもんなんだけどね」

制止の言葉を紡ぐ暇もなく、私は大和くんと真正面から向き合うこととなった。
火照りはいまだ消えていない、きっと真っ赤なままなのだろう。逃げることも、顔を隠すこともできず、見つめ合うこと数十秒―――大和くんは言葉を何も発することなく、唇を重ねた。

「んっ…」
「悪い、…少しだけ」
「っふ、んぅ…ッ」

後頭部と腰に手が回り、グッと引き寄せられた。そのせいで体はより密着して、唇も深く重なる。ゾクゾクと背筋を駆け上る快感に自然と声が漏れ、立っていられなくなる。
だってこの人に触れるのも、触れてもらうのも…どれくらいぶりかわからない。この業界で仕事をしている以上、それは仕方がないことだと頭ではとっくに理解しているつもりだけれど、こうして実際に触れてしまうと歯止めが効かなくなってしまう。もっと、と際限なく求めそうになってしまうんです。いつだって、…この人に、大和くんに触れてほしい。

「ぁ、…やまとく、」
「っあ〜〜―――…!」
「やまとくん……?」
「いや、うん、あのー…俺さ、今日こういうことシに来たんじゃねーんだわ…」

疲れてる縁を甘やかしに来たはずなんだよ。
そう言って項垂れてしまったけれど、もうすでにかなり甘やかしてもらってるんだけどなぁ。私達はキッチンだというのに、そのまま座り込んでしまった。大和くんは私を抱きしめたまま。
肩口に額をぐりぐり押し付けるようにして、うーとかあーとか唸っててついつい笑ってしまう。怒られるかもしれないけれど、こんな風に彼がなるのはとても珍しいから。そしてこうなっているのが私のせいだとしたら、ちょっと嬉しいかも。なーんて、おかしなことを思っていたりする。

「抱きてー…」
「素直ですねぇ。…シますか?」
「お前さんそういうこと言えるようになっちゃったのね…」
「んー…恥ずかしいのは変わらないんですけど、」

大和くんの背中に腕を回して、彼と同じように肩口に擦り寄ってみる。

「ずっと…忙しかったから、もう少し触れたいし触れてほしいなぁと思う日も、私にだってあるんですよ?」
「はー…それ反則だかんな、縁さん」
「ふふ。普段はしてやられてばかりですから」
「珍しい縁からのお誘いにのりたい所だけど、無理させるのは本意じゃないから今日はシませーん」

茶化すように言葉にして、彼は私を軽々と抱き上げた。そのままリビングを出て、向かった先は寝室だった。
此処に来たのは一度だけのはずだけれど、引っ越しを手伝って頂いた時だから間取りとか覚えていらっしゃるのかも。記憶力が元々いい方でもあるからなぁ。

「手っ取り早い充電方法だと思ったんですけど」
「うん、それは賛成なんだけどー…お前さん、今日も仕事だろ」
「まぁ…はい」
「だからダーメ。…その代わりと言っちゃ何だけど、ひとつねだってもいいか?」
「何ですか?」
「添い寝の権利。」

…何だ、添い寝の権利って。
首を傾げたのがわかったのか、一緒に寝てもいい?と言い直してくれました。そんなの改めて許可を取るようなことではないし、そもそも私が却下したらどうするつもりだったんだろう。来客用の布団はあるから、ソファで寝てくださいとかそんなことは言わないですけど。というか、言うつもりもないですし。
それとも帰ってくださいと言うとでも思っていたんでしょうか…それこそするはずもないのに。変なこと気にするんですよね、時々。強引な時は強引なクセに。

「縁?」
「ダメだって言ったらどうするつもりだったんです?」
「そりゃあ床でもソファでも、お前さんのお望み通りの場所で寝ますよ〜」
「…そんなこと言い出さないってわかってるくせに」
「多少の自負はあるけどな」

こういう所、大和くんは意地悪だ。言わないのを、いえ、言えないのをわかってて質問してきたり、わざわざ許可を取ろうとしてきたりするんだから。

「踏み込んでほしくない時は、察してくれているから…問題ないんです」
「何度か失敗してるけどな」
「もう時効ですよ。…一緒に寝てくれるんですか?」
「寝ていいんでしょ?一緒に」
「はい」

頷いてぎゅっと抱きつけば、大和くんが笑ったような気がした。

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