02
多少の緊張はあったけど、懐かしい雰囲気に…とても安心したの。
黒鋼くん達に連れられて、辿り着いたのはとある部屋。
どうやら此処は彼らが滞在の拠点としている宿みたいね。3人と1匹で一部屋を借りているみたい。まぁ、全員男性(モコは知らないけど)だし…問題はないわよね。
…でも前も5人まとまって一部屋、なんてこともあったか。お金がなくて。
何だろう。きっと、あの旅の終焉からそんなに経っていないはずなのに、全てがひどく懐かしく感じてしまう。
そんなに時間が経っていないと思っているのは僕だけで、本来はそんなこともないんだろうか。
「え、と…」
「久しぶりだね、緋月ちゃん。あの日からね、もう1年が経ったんだよ」
「1年…?そんなに、経ってたの?」
ファイくんの言葉に少しだけ驚いた。感覚的には、時間が過ぎていたとしても数ヶ月程だと思っていたのだけれど…実際はそうではなかったみたい。
皆の姿をよく見てみると、あの頃より少しだけ大人びた…って言っていいのかな。そんな感じ。
服も見たことのないものだ。この国のものでも…ないよね。
「この服は玖楼国でさくらがくれたものだ。この服がまた、俺達を玖楼国へと導いてくれるようにと」
「さくらが……」
話を聞いてみれば、シャオ達はあの後も旅を続けているそう。
今度は羽根を探す旅ではなく、小狼くんと姫さんの魂を他の体に移す術を探す為に。2人の魂は、まだシャオとさくらの内(ナカ)に生き続けているから。
…そしてシャオは「旅をし続けること」が、対価だからと教えてくれた。
あの人がいなくなった今でも、この子はまだ対価を支払い続けなければいけないなんて。
この旅はいつか終わる日が、来るのだろうか。
いつかシャオとさくらが、幸せに、一緒にいられる日が来るのだろうか。
「さ、次は君の番だよー緋月ちゃん。どういうことなのか、説明してくれる?」
「……僕の命は、あの時、確かに失われたはずだったんだ。だけど、僕の魂…というか想いなのかな?それはまだ漂ったままで、助けてもらったんだと思う」
創りものとはいえ、命は宿っていた。だからあの時、自分の胸を貫いた僕の体は―――死を迎えた。
本来ならそのまま消えるはずだったんだろうけど、その欠片を掬い上げられて、そして問われた。僕の願いは何か、と。全てから解放された僕自身の本当の願いは何なのか、と。
そんなの考えたことなかったんだ。ずっと僕の願いは"キミ"に殺してもらうことだったから。それ以外、僕には願うことなんてなかったから。
自分の為に願うだなんて、しちゃいけないことだと思っていたの。僕はあの人のモノだったからね。
だけど、あの時に本当の願いを問われて、願って、次に目が覚めた時は―――黒鋼くんの傍にいた。
「…何で偽りの名で、あそこにいたんだ」
「僕の願いを叶える為に」
黒鋼くんの意識を取り込んで、全ての記憶を封じて、新たな人生を歩ませる。そして彼がもし、封じられた記憶を思い出すことが出来れば…僕の願いが叶うってわけ。
正直な所、思い出してほしいような…思い出してほしくないような。半々だったの、気持ちとしては。
だって、新しい人生として用意された世界が―――彼のお父様とお母様が生きている世界だったから。
それをまた壊してまで、僕の願いをかなえる必要はないって…思ったの。どうせなら、幸せなまま目覚めて欲しかったから。
「緋月の願いって何だったの?」
「もう一度―――皆と、歩くこと。同じ世界を生きること」
「じゃあ…今、緋月ちゃんが此処にいるのは、」
「そう。僕の願いが無事、叶ったってことなんだ」
黒鋼くんが僕のことを、封じられていた記憶を全て思い出してくれたから。
「俺が思い出さなかったらどうなってたんだよ」
「僕の命は元々、失われるはずだったもの。今度こそ、永遠の眠りにつくだけ」
「そしたら黒鋼はどうなるはずだったの?」
「黒鋼くんの意識は、7日程で戻る予定だったよ。制限がないと、目覚めることが出来なくなっちゃうからね」
ファイくんの話によると、今日が彼が意識を失ってちょうど7日目だったんだって。どうやらギリギリだったみたいね。
これは一種の賭けだったんだ。僕と、とある方の。
黒鋼くんが全てを思い出せれば、願いを叶えてもらった対価を。思い出せなかった時は、僕自身を差しだすことになっていた。
彼の意識は絶対に危険には晒さない、そう約束だけして。だから、ずっと目を覚まさないとか、死んでしまうとか…そういう危険は元からなかったのよね。
期限内に思い出せなかった場合、夢を見ていた時と同じ感覚で目覚められるようにしてもらっていたの。何か夢を見ていた気がする、ぐらいの。ただ、どんな夢だったかはわからない。
封じていた記憶も、目覚めた時には全て思い出すように仕掛けをしてもらっていたし。
「ヒッヒッヒ。願いは無事叶ったようじゃのう」
僕達しかいなかったはずの部屋。だけど、僕達の誰でもない声が―――聞こえた。
振り向いた先にいたのは、1人のご老人。僕が願った相手。
でも黒鋼くん達はそれを知らないから、僕を庇うようにご老人との間に立ってくれている。何か危害を加えるんじゃないかって思って。
こういう所、少しも変わっていないんだね。とても優しい人達だ。
「…てめぇ、いつの間に入り込みやがった!」
「このご老人、黒鋼さんを眠らせた易者か」
「全く気がつかなかったよ…油断しちゃってたねぇ」
あらら…何だか不穏な雰囲気になってきちゃってる。…そんなに警戒しなくても大丈夫なんだよ?この人は僕達に危害を加えるような人じゃないから。
警戒心たっぷりな3人の合間を縫って、ご老人の前に立てば、黒鋼くんに腕を掴まれて…ファイくんとシャオとモコには心配そうな顔をされて。
そんな3人と1匹を安心させるように笑みを浮かべ、改めてご老人へと向き直る。
「対価を、支払わなければいけませんね」
「ヒッヒ。そうじゃなぁ、我はそれを受け取りに来たのよ」
「だと思いました。…僕は何をお渡しすれば?」
ずっと聞きそびれていた、願いを叶えてもらう為の対価。
僕が持っているものは少ないけれど、それでも何か渡せるものがあるのなら…そう思っていた。
そしてご老人の口から語られた、僕が支払う対価は―――驚くべきもので。
"消滅"の魔法、だった。どう考えたって、対価にはなり得ないもの。
全てを跡形もなく壊し、文字通り―――この世から消滅させる魔法。
まだあの人の殺戮人形だった時、この魔法で数え切れない程の国や街や村を消してきた。僕自身を狂気で包む、元凶。
「"消滅"の、魔法が…願いを叶えてもらった対価になるんですか?」
「ヒヒッ対価にならんもんを言うたりせんよ」
ご老人の瞳は、相も変わらず仄暗い光を灯すだけで感情が読み取れない。この言葉が嘘か本当かすら、わからないんだ。
…不幸しかもたらさないこの魔法が、本当に対価になるというのなら差し出すけれど。
"消滅"の魔法を手離すことに、未練はない。
いつか必要になる時が来たとしても、僕はもう二度と…この魔法だけは使いたくないから。誰かの人生を、居場所を、命を奪うことだけはしたくないの。
大切な人達を護るのは、"攻撃"魔法だけで十分だから。
大きく息を吸い込んで、目を閉じる。
すると、体の奥底から温かい…というより、むしろ熱い何かがせり上がって来る感覚。けど、その熱さはすぐに散っていった。
熱さがなくなったのと同時に、少しだけ体も心も軽くなったような気がする。
「確かに対価の"消滅"の魔法…頂いた」
目を開くと、もうご老人の姿は消えていて。僕とは違って、目を開いていた黒鋼くん達も急に姿が見えなくなったご老人に驚いているみたい。
最初はうさんくさい人だ、と思った。魂だけになってしまった僕の願いを叶える、だなんておかしな人だと思った。
だけど、今になってようやく―――貴方の正体がわかったよ。
まだ外にいるかもしれない。そんな微かな希望を胸に、僕は外に飛び出した。彼らも驚きつつも、僕の後を追って来ているみたい。
ご老人の姿は、少しだけ先にまだ見えていた。
「っ侑子さん!!!」
僕は精一杯声を上げて、その名を呼んだ。
だって、彼女しかいないんだよ。対価と引き替えに願いを叶えてくれる人は。生と死の狭間にいた僕の想いの欠片を掬い上げて、その願いを叶えることが出来るのは。
確かに侑子さんは、魂を繋ぎ止めていた鎖が解き放たれて、もういなくなっていた。それは僕自身がよく知っている。この身体で感じていたから。
だけどっ…だけどね、一度だけ感じたの。あのご老人から貴方とよく似た気配を、魔力を。あの強さの魔力は、僕は貴方しか知らないから。だから、気がつくことが出来た。
ゆっくりと振り向くご老人。
振り向いた姿は、もうあのご老人の姿ではなく…侑子さんそのものの姿だった。
あぁ…やっぱり貴方だったんですね。僕を繋ぎ止めてくれたのは。
「侑子…っ?!」
『さすがは緋月ね。気がつかれるとは思っていなかったわ』
「次元の魔女は、あの時いなくなったんじゃ…」
『これが本当に最後……もう私の役目は、本当に終わり。この魔法と共に消えるだけ』
侑子さんの手の中にあるのは、真っ黒な光の球体。
それはきっと、さっき僕の体内から取り出した"消滅"の魔法。
『貴方は私だから……私の分もしっかりと、笑って生きて頂戴』
「侑子さん…ありがと、ございました…っ!」
ふわり、と優しい笑みを浮かべ―――侑子さんは今度こそ、永い眠りについた。