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 side:黒鋼


長い時間、眠っていたように思う。眠っている間、不思議な夢を見ていた。その夢が、とても懐かしく感じて。
目を開けた瞬間、目の前に映ったのは目映い程の紅。その光景を見た時、自然と「緋月」と口から零れ、ひどく驚いた。

何でその名前を口走ったのか、俺にもわからねぇ。そんな名前の奴、知り合いにいやしねぇのに。
目の前にいたのは紅。そいつの名前とも全く似ていねぇのに…何でそんな名前が出てきたんだ?


「黒鋼さん、どうかしました?顔色があまり良くありませんが…夢見でも悪かったんですか?」
「夢見、は…悪くねぇと思うんだが…」
「なら良いのですが…今日はお早めにお休みになった方が良いかもしれませんね」


紅の声が右から左へと抜けていく。
確かに聞こえているはずなのに、意識はさっきまで見ていた夢に向いている。
あれは…何だったんだ?わからないはずなのに、懐かしくて、この光景を―――俺は知っていると思ったんだ。

にゃーにゃー言いながら逃げ回る、金髪の男と桃色の少女。
見当違いの方へ話しかけてる茶髪のガキ。
そして、それを追いかけている…俺であろう、黒髪の男。

知らないはずの景色。光景。出来事。だが、一瞬だけ…「あぁ、あの時か」と思う自分もいる。
俺は確かにこの光景を見たことがある、知っているんだ。
何処で、まではわからねぇ。それでも知っている…経験したことなど、ないのに。



「レースの時、助けてくれてありがとね」
「…いや」
「黒鋼くんがいなかったら、僕は今頃生きてないかもしれない。本当にありがとう」
「死にてぇと、思わなくなったんだな」
「元々、ただ単に死にたいって思ってたわけじゃないんだよ?理由は―――ちゃんとある」
「それでも、生きていくことを否定しなくなっただろう」
「あー…うん。そうだね、少しだけ…前向きかも」
「笑うようになったしな、お前」



…そうだ。この会話も、俺は知っている。ずっと生きていくことを諦めて、仮面を被っていた"アイツ"が…少しずつ前を向き始めて。
内心、その変化を嬉しいと思っていた。そのまま良い方向へ変わり続けていてほしい、と―――願ったんだ。
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