灰色と居場所


昔々ある所に、とても強い父親と、聡明な母親に育てられた少女がおりました。3人はとても仲が良く、貧しいながらも幸せに暮らしていました。でもその幸せは突然、何者かの手によって…全て奪われてしまいました。
その少女は穢れた裏切り者と呼ばれ、その身を一生地獄の業火に焼かれることとなるのです。…父と母の犯した、禁忌の許されぬ罪を償う為に。





マダムの葬儀と埋葬を終え、屋敷へと戻ってきた僕達。そのまま一息つく間もなく主の書斎へとやって来たわけですが。
正直、今すぐにでも逃げ出してしまいたいのです。…でも逃げた瞬間に、主のものすごい気迫と鬼のようなセバスの眼光にやられると思う。殺されるよね、絶対に。アフタヌーンティーの時間だったから、お茶を飲みつつ話をすることになったんだけど…従者の身で座ってもいいのだろうか。しかもお茶とお茶菓子までもらえるなんて…。


「さぁ、説明をしてもらおうか?クロード」
「えと…何をでしょうか、ご主人様」
「気色悪い呼び方をするな。……この前の姿についてだ」


ああ…やっぱりその話をする為に此処に連れてこられたのね。ま、あの事件の日からなんとなーく予想はしてたんだけど。説明もするって約束したしね。答えられる限り、覚悟を決めて答えていくしかないか。こうなったら。


「今とは異なる姿でしたね…血のように真っ赤な髪と、女性のような体つき」
「女性のようなっていうか、女性で合ってるよ」
「クロード、お前は…本当は女なのか?」


少しだけ眉間にシワを寄せている主。でも機嫌が悪い時のとはまた違い、僕の気のせいかもしれないけど…悲しそうな表情に見えたんだ。貴方にとって、これは裏切りの行為とされるんだろうか。
僕が長年黙ってきていた真実を、「何故、今まで黙っていた!」と怒られるのだろうか。それとも諦めたように…僕を蔑んで、笑うのだろうか。そして捨てるのか、自分に歯向かう駒を。…くくっそれもまた一興、か。


「ええ、僕は本当は女です。セバスは…僕の正体に気付いてるんじゃない?」
「ずっと…不思議な香りを感じていました。女性のように甘い香りがするのに、けれど見た目は完璧に男性です。あの姿になってからは、私と同じ気配と…相反するムネヤケを起こしそうな気配を感じましたし」


やっぱり、ね。ずっとセバスは僕の正体に疑問を持ってたんだな。


「さすがは有能な執事、セバスチャン・ミカエリスだ」
「…では、お前は何だ?」
「……セバスと同じ気配、そして彼が嫌う気配といえば?」
「やはり…悪魔と死神、ですか」
「そう、僕は悪魔で死神。相反する存在同士の能力を、この身に宿している」


あの特殊な形を模した死神の鎌(デスサイズ)も、その証拠だ。何より違うのは…瞳の色。悪魔の瞳は普段は紅茶色で、力を使うときには深紅に変わる。そして死神の瞳は常に黄緑色だ。だから僕の瞳の色は、片方が悪魔の色で、もう片方は死神の色ってわけ。
悪魔と死神っていう存在を信じていない限り、きっとこの人間の世界じゃ気づかれることはない。


「悪魔で…死神?そんな奴が生まれることがあるのか?」
「…いえ、まずないでしょうね。グレルさん達の反応を覚えていませんか?」

『死神の血を穢した…裏切り者!』
『…薄汚い生き物め』

「…あ…」
「生まれることがあるのなら、あのような反応をすることはないかと」


そう。悪魔と死神の混血がもし、僕以外にも生まれているとすれば…"穢れた裏切り者"なんて言われることはなかったんだろうね。けれど、そんな風に呼ばれるということは、何かしら忌み嫌われる理由があったからだ。

小さい頃はわからなかった"穢れた裏切り者"と呼ばれる理由。
人里離れ…森の奥深くで誰の目にも触れることなく、ずっと過ごしてきた理由。
突然あの日、両親が見る影もなく惨殺された理由。
僕が追われなければいけなくなった理由。

どれもこれも、ずっとわからなかった。だけど―――――自分なりに理解したんだ、その理由を。


「悪魔と死神…この2つの種族は相反する存在だ。セバスとあの黒髪の死神が良い例でしょう。未来永劫…わかりあうことなどできない。故に、悪魔と死神の交わりは禁止されていたんですよ。…何が起きるか、わからないから。お互いの血が、汚れてしまうから」
「だから、"穢れた裏切り者"…」


死神の血を、悪魔の血を穢したと罵られた僕達。父親と母親が犯した罪。確かに悪魔と死神の交わりは禁止されてるかもしれない。でも何故、それがお互いの血を汚すことになる?ただ種族が違って、ただ男と女が愛し合っただけなのに…なのに。


「突然、未来を奪われた。僕達の存在なんかなかったとでも言うようにね」
「…でも貴方は生き残った」
「あぁ。僕達を殺しに来た奴らを、僕は殺した…怒りと憎しみに任せて」


今でも覚えてる。

両親が死を迎える瞬間。
自分が刺された瞬間、そして痛み。
肉に金属が刺さる瞬間の…嫌な感触。

全部全部、覚えてる。目を閉じれば嫌でも鮮明に蘇るんだ。あの真っ赤な惨劇の現状が。


「その後はよくわかんない黒魔術とか怪しげな団体に攫われたみたい。…気が付いたら、玩ばれてた」
「!…まさか…お前が男装しているのは」
「ご自分の身を護る為、ですか」
「そっ!…信じれるのは自分自身のみ。生き残りたきゃ性別を変えるしかない…幼かったからねぇ、僕も。力も満足に使えなくて、出来るのは変身のみ」


主の疑問に答えながら、本来の姿に戻ってみた。気まぐれに。


「…本当の、お名前は何と仰るのです?」
「クロードでは、ないのだろう?」
「アリスよ。ファミリーネームは変えてないから、同じだけど」
「男装は、悪魔の力か?」
「ええ、その通りよ。力を封印してる状態だから、こっちの姿に戻らないと悪魔の力も、死神の力も使えないけどね」


さあ…あたしの種明かしはここまで。語るべきことは語った。主もある程度は理解してくれただろうし、セバスに関しては完璧に理解してくれただろう。だって完璧で有能な、ファントムハイヴ邸執事のセバスチャン・ミカエリスですもの。


「さあ、主。貴方はどんな決断をする?」


軽く主の机に腰掛け、ニヤリと笑みを浮かべ問いかける。あたしが彼に聞きたいのは、ここからだ。今の話であたしがどのような人物か、少なからずわかったはずだ。その危険性も。聡明な我が主のことだ…自分に危険や害をもたらす者を傍に置こうと思ったりはしないはず。
…此処にいることを望んでるはずなのに、"いらない"と言われることを…居場所を大切な人達を失うことを何よりも怖いと思っていたはずなのに。あたしが主に聞こうとしてることは、それとは真逆のことで。あまりの自分の滑稽さに笑えてくる。


「…どういう意味だ?」


主にとっては予想外の質問だったのだろう。眉間に思いっきりシワを寄せて、隠す気もなく不機嫌さを全面に押し出してくる。…うん、当然の反応かしらね?


「あたしは悪魔で死神です。いつ、何をしでかすかわかりません。貴方の魂を喰らってしまうかもしれない…もしくは寝ている所を狙って、死神の鎌で魂を狩るかもしれませんよ?貴方にとって、私の存在は不利益だ。あたしを追い出すか、この場で葬り去るか…選んでくださいな」
「ずいぶんと極端だな」
「あら、当然の選択肢じゃなくて?それとも主は、自分に害をもたらす危険性がある者を野放しにするとでも言うのかしら」
「…クロード…ッ」
「さあ、ご決断を…ご主人様?」


さっき以上に顔を歪めている我が主。
ふふっこんな時におかしいかもしれないけど、その苦痛に歪められた表情(カオ)…そそられるわね?本当に。あの紅い死神と対峙した時も思ったけど、こういう所はやっぱり悪魔の血を引いてるのだと実感する。


「どうされるのです?」
「ふん…愚問だな。僕の意思は昔から変わらない、変わるはずもない」
「……?」


セバスの問いに俯きがちだった顔を上げた主の表情は、もう歪んでいなかった。いつも見ている凛とした瞳、余裕さえ感じる不敵な笑み。…あたしを…真っ直ぐに見つめてきて。射る様な視線にわずかな恐怖さえ感じるくらいだ。
これでまだ弱冠、12歳だというのだから…末恐ろしいな、全く。わかってはいたけど。そんな主はどんな決断をするのかしらね?


「クロード…いや、アリス。お前は僕の忠実な護衛で、執事だ」
「まあ…否定はしませんけど」
「なら、これからもそれを全うしろ!僕から勝手に離れることは許さない」
「ちょ…っ主?!」
「何だ、不満なのか」
「不満というか、あたしの話…ちゃんと理解しました?」
「僕を馬鹿にするな」


いや、馬鹿にはしてない。してないけども!でも心配にはなるじゃんか、もしかしたら理解してないのかもって。そんな簡単に…傍にいろと言っていいのだろうか。
てか、あたしは"追い出すか、この場で葬り去るか”…提案した選択肢はこの2つだ。主の答えは選択肢に入ってすらいないのに。それなのにさも当たり前のように言っちゃいますか。


「この件は解決、ということでよろしいですか?坊ちゃん」
「あぁ、この先も今まで通りだ。何も変わらない。…納得してはいないようだがな」
「そう簡単に納得できるかっての…」
「僕の屋敷にはすでに悪魔が1人いる。今更、お前のような人ならざる者が増えたところで何も問題はないだろう。それに…"いらない"と切り捨てられることを怖がるお前が、何故この命令を拒む?」
「あ、るじ……」
「お前は昔、僕に言ったな?最期まで傍にいる、と…それを今更違えるつもりじゃないだろうな」


ああ、もう…本当にこの方はあたしに甘い。甘すぎる。冷酷で女王の番犬とも呼ばれる、シエル・ファントムハイヴである彼なのに。


「主は…その決断に後悔などしないと、断言できますか」
「当たり前だ。…僕は後悔などしない。今までも、これから先もずっとな」
「…そう」
「お前に僕は殺せない。魂を奪うことも出来ない…もし本当にその気があるのなら、とうの昔に僕はこの命を奪われていたはず。でも現に僕は生きている。それこそが…アリスが此処に存在する、立派な理由だろう。違うのか?」
「いんや。多分、違わない」
「ならば、何も拒む理由などないだろうが。最も、お前に拒否権などありはしないがな」


…主。それは命令ではなく、脅迫って言うんですよ。ご存知ですか?あっちの反応が怖いから、心の中でバッチリ呟いてやったけどね。実際に言ったらどうなるか。だけど…何も失わずに済んだんだ。居場所も、大好きで大切な人達も。
うん、でも…出て行く気満々で、殺される気満々でいたもんだから拍子抜けしました。だってこんなにも簡単にさ?此処にいることを許されるとは思わないじゃんか。それでも"いらない"と言われなかったことに、ホッとしている自分もいる。変なトコ、人間みたいに面倒だったんだなぁ…あたしって。


「まだ此処にいていいという赦し(りゆう)が欲しいなら、僕と契約しろ」
「……へ?」
「半分とはいえ、お前も悪魔なんだろう?それなら人間と契約が出来るんじゃないのか」
「いや、まぁ出来ますけど…それは不可能よ?主」


思わぬ主の発言に一瞬、呆けてしまったけど…少しずつ頭が機能していく。確かにあたしは悪魔で死神。セバスのように人間と契約することも、出来ないわけじゃない。今まで面倒でそんなことしたことなかったけど。
契約することは不可能ではない、はずなんだけどー…主と契約することは無理だ。


「いい?主。…貴方はセバスチャン・ミカエリスという悪魔と契約している。そうですね?」
「…そうだ」
「対価は主自身の魂…でもその魂には、契約者がいる。そこに新たな契約者は入り込むことが出来ないんです」
「1つの魂に、契約者は1人…そんな所でしょうかね。簡単に言うと」


まぁ、契約出来ないわけじゃないんだろうけど…したとしても対価を十分にもらうことは無理でしょうね?魂を半分ずつに分ける、とか。そんな感じになるのかしら。


「…?どうした、難しい顔をして」
「や、セバスと主の魂を半分こするのを想像してました…」
「やめなさい、そんな想像」


うん、ごめん。あたしもしたくなかったわー。そもそも魂を半分に、なんて。出来ないことだものね。食べる方もお腹を空かせてるわけだし、誰かと魂半分なんてしたくもない。もしあたしがセバスの立場だったとしたら…即座にお断りね。


「まぁ、そういうわけで。あたしは主と契約することは無理よ…お分かり頂けました?」
「むう…」
「何ですか、まるで貴方が彼女との契約を望んでいるかのような顔をして」
「くくっ年相応のふくれっ面ですねぇ?でも!あたしは契約しませんよー、そんなもの望んでないし」


僕から勝手に離れることは許さない。
契約なんかしなくたって、あたしはとっくの昔にもう忠誠を誓っている。かつてはヴィンセント・ファントムハイヴ様に。今はシエル・ファントムハイヴ様に。
…そうだ。あたしは約束したんだ、最期の時まで傍にいると。まだ必要としてくれてるのだから、あたしはその想いに応えなければいけない。そして…さっきの主の言葉だけで十分すぎるくらいだ。契約なんて。


「セバスチャン、クロード」
「はい?」
「何でしょうか」
「今一度、お前達に命令する!僕を裏切るな、僕の傍を離れるな。…絶対に!」
「「―――御意、ご主人様(イエス、マイロード)」」


今度こそ、誓いましょう。違えることのない約束を、誓いを。

貴方が望むのなら、どこまでもお供いたしましょう。

例え玉座が崩れ、輝かしい王冠が朽ち果て、数え切れない亡骸が積み上がろうと。

摘み上がる亡骸の上、そっと横たわる主の傍らで…王手(さいご)のコールを聞く その時まで。
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