灰色とお客様


ある嵐模様の夜のこと。夢も希望も失われた真夜中のこと。
亡霊に取り付かれた僕の頭上、舞い込んだ一羽の大鴉。何かを夢見る様な瞳で、その大鴉(魔物)は言うのだ。


"失われたものは戻らない"

 もう 二度と
" Never More "



「…う…」
「?主…うなされてるのか?」
「そのようですね。…坊ちゃん、坊ちゃん」

―――さあ、こっちにおいで―――

「…ッ!!!」


―――ガチッ!

…わーお。朝から過激な光景だこと。主にセバスが銃を突きつけられてやんの。別にセバスが何かやって、主が怒ってるとかじゃないんだけどね。てか、銃じゃ死なないしセバスは。
きっと悪い夢でも見たのだろう。汗はびっしょりかいてるし、呼吸も荒く…浅いし、瞳の光もやや不安定。いまだ 夢 と、 現実 が混同してるって感じかな。それなら今日の目覚めの紅茶(アーリーモーニングティー)は、ちょうどいいかもしれないね。今のうちに紅茶の用意でもしとこ。


「僕に…っ触るなっ…!」
「……」
「本日の目覚めの紅茶(アーリーモーニングティー)は、アッサムをたっぷりのミルクで淹れたミルクティーです。牛乳(ミルク)にはリラックス効果もあるし、落ち着きますよ?特に悪い夢の後などは…ね」
「おや、淹れておいていただけたんですか」
「ま、たまにはね。…どうぞ?主」
「…あぁ」


ようやく自分が見ていた幻は夢だと、認識できたようだ。落ち着いたのなら何よりだね。ふとベッドに目をやってみると、枕元にエドガー・アラン・ポーが書いた本が一冊。これを寝る前に読めば、そりゃ悪夢も見るわな…。仕方ない。


「クロード、今日の予定は?」
「はいはい。えーっと、まず本社から届いた書類のチェックをよろしく…あぁ、午後はミッドフォート侯爵夫人(マーショネス・オブ・ミッドフォード)とご令嬢(レディ)エリザベス様がお見えになります。あと主の―――」
「しまった!!!支度しろ、早く!」
「?そんなに慌てて支度なさらずとも、婦人は午後から…「馬鹿っ」」
「あのフランシス叔母様だぞ!!!」


バッチリ目が冴えたらしい主は、急いで着替えを始めた。セバスはその手伝いをするだろうし、僕はカップなどを片しに先に戻ってようかね。
それにしてもすっかり忘れてたなぁ…フランシス様が予定よりかなり!早く到着されること。きっと色々とチェックが入るだろうし、少し手を加えておこうか。…我が主の名誉の為にも。

(…ま、主が求めてるかと言ったら…疑問符が浮かぶけどねぇ?)

それでも動かずにじっとしているよりかは、確実にいいはずだし。そうと決まったらさっさと準備を開始するとしますか!お二人が到着してしまう前に。


「あ〜〜〜セバスチャンさんとクロードさんと坊ちゃんが帰って来てくれて良かった〜〜〜あのままだったら、僕ら一体どーなってたんだろ…」
「ああ…すごい状態だったもんなぁ、あの時の屋敷は」
「ですよねー……ってクロードさんっ?!」


庭に出てみると、セバスに命じられた雑草とりが終了したであろうフィニが楽しそうに歩いていた。独り言を言ってたから、後ろから同意してみたら何かびっくりされました。
おや?やっぱり"後ろから"っていうのがよくなかったのか?驚かせるつもりじゃなかったんだけどなぁ…。若干、涙目になってます。フィニが。


「驚かせちゃったか。ごめんなー、フィニ」
「大丈夫ですっ!それよりどうしたんですか?この時間は坊ちゃんのお部屋にいるんじゃ…」
「ん?ちょっと野暮用でな」
「???…あっクリスマスローズが咲いてる!」
「綺麗に咲いたな。…もうすぐクリスマスだしね」
「あっ!!!」


何かに気づいたらしいフィニは、大声を上げてバルドさん・メイリンさん・タナカさんいるであろう使用人の控え室へと走っていった。まだ朝なのに相変わらず元気いっぱいだなぁ、あの子は。
クスクスと笑っていると、遠くから馬車の音が聞こえてきた。こんな時間に訪問者はほとんどいないし、きっとフランシス様とエリザベス様だろう。きっとっていうか確実に?
時間がないな…主に恥をかかせるわけにもいかないし、ちゃっちゃと済ませてしまおう!





「お久しぶりにお目にかかります、ミッドフォード侯爵夫人(マーショネス・オブ・ミッドフォード)。今日もまた予定よりお早いご到着で…」
「堅苦しい挨拶は結構。今起きたという顔ですね、ファントムハイヴ伯爵(アール・オブ・ファントムハイヴ)?」
「いえ、そのような…」
「やーんっ寝起きのシエルもかわいーーーーっ!」


いつものようにハート乱舞。そして首がしまっている、我が主。…うん、本当に寝起きの主にはきっついだろうなぁ。あ、エリザベス様がフランシス様に怒られてる。厳しい方だからね、あの方は。
(ちょっと遠くから様子を伺っているクロードさん)


「お久しぶりにお目にかかります、公爵夫人にエリザベス様。ようこそいらっしゃいました。本日は遠方より―――…?あの…私の顔に何か…」
「いやらしい顔だな、お前は!相変わらず」


ぶっ!い、いやらしい顔って…!!!
確かにいつも薄い笑みを浮かべてるセバスだけど、それをいやらしい顔だと断言するフランシス様はさすがと言うべきだろうか。主もセバスの言われように、珍しく笑いをこらえてるしね。


「生まれつきこの顔でして…」
「それに!執事(おまえ)も主(シエル)も、男のクセにダラダラと前髪を伸ばしおってうっとうしい!タナカを見習え!!」


タナカさん?一瞬、頭に?が浮かぶけど…あの人の髪型を思い出して合点がいった。でこを出せってことか…つまりオールバックとか、七三分けとか?2人の髪型を想像しつつ、笑いをこらえてフランシス様達の元へと行くことにした。皆の元に近寄ってみると、全く僕の予想通りで。思わず笑いそうになりつつ。

セバスがオールバック。
主は恐らく、七三分け。

可愛いもの大好きなエリザベス様は、その髪型がお気に召さなかったらしく後ろの方で眉をハの字に下げていた。まぁ…確かにコレはあんまり可愛いとは言いがたいよね。七三だし。フランシス様は満足そうだけど…。


「お元気のようで安心しました、フランシス様。挨拶が遅くなり、申し訳ございません」
「クロードか、久しいな」


簡単に挨拶を済ませた後、さっきのセバスと同じようにしばらく見つめられました。うう…これ、結構緊張するなぁ。何言われちゃうんだろ、僕は。ニヤリと笑みを浮かべたかと思うと…


「お前は合格だな」
「ありがとうございます」


えっと、前ファントムハイヴ伯爵の妹君フランシス様は、規律に厳しく惰性と欲を嫌い、強きと清きを尊ばれるお方なのです。お噂では女王陛下主催のフェンシング大会で、騎士団長であるミッドフォード侯爵に人間とは思えない強さ……じゃなくて、つまり!その方に勝利したのがきっかけで御結婚されたとか。
ご結婚されてからも日々の鍛錬をかかさず、まだ若き日の強さと美しさを保っておられるとんでもな……じゃないんだって!素晴らしい貴婦人なのです!


「抜き打ちで来てみれば、相変わらずお前はダラダラ、執事はいやらしい。クロードは合格だが」
「お褒めにあずかり光栄です、フランシス様」
「(いやらしい…)」
「(うん、どんまい)」
「お前は我が娘を嫁る男だ。今日という今日はお前を鍛え直してやる!」
「!!」
「まずは屋敷内を見せてもらおうか!」


あー…部屋の乱れは心の乱れと言いますしね。セバスのことだから、昨日のうちにぜーんぶ完璧に整えてはいるだろうけど…ウチにはあの3人がいるんだけどね。その辺は大丈夫なんだろうか?ちょっと心配なんだけども。良くないことが起きる予感がします。


「まず中庭からご案内致します。今年はドイツから取り寄せた冬薔薇が大変美しく…」


中庭へと続く扉はセバスは、たっぷり数秒固まり…そしてパタムと静かに扉を閉めたのでありました。
ああ、やっぱりか…中庭ってことは、恐らくフィニだよな。彼が何かしらやってしまっていて、フランシス様には見せられない有様になっていたという所だろうか。


「間違えました。先に見て頂きたいのはリビングの方でした」
「何故だ?ここまで来たんだし、中庭からで」
「いえ、リビングへ」


花を全て開いた状態で見てもらいたいだとか、最もな理由をズラーッと並べてリビングの方へ誘導するセバス。
いっつも思うけど、よくあんなにスラスラと言葉が出てくるもんだよなぁ…感心するよ。リビングは無事だといいんだけど…。


「おい、クロード…中庭は一体―――」

―――ガチャッ……パタン。

「セバスの行動は正しいと思う。…冬薔薇が無残な姿に…」


それだけを告げると、主の顔からはサーッと血の気が引いていきました。うん、あの状態はとてもフランシス様には見せられません。即刻僕達はお説教されると思います。
さて、次の行き先…リビングへと向かうとしますかね。少し遅れてリビングへと行ってみたら、さっきと同じような笑顔を浮かべたセバスが「間違えました」と言っている所だった。…やっぱり此処もダメでしたか、セバス。
せっかく大幅に模様替えして、フランスからすごく綺麗な壁紙を取り寄せたっていうのに…見てもらうことは叶わなかったか。頑張ったのにね。だけど、今度はどんな状況になってたんだろうか。


―――ガチャッ

「ああぁああぁ!!!」

―――パリーンッガシャンッ!

「………」
「クロード…?」


―――パタン。

ダラダラと冷や汗をかきながら、心配そうな目を向けてくる主ににっこりと笑いかけてみる。そして、今見た惨状を説明すると…更に冷や汗が流れ出しました。うん…主のその反応は当然だと思う。
はぁ…フィニが中庭、メイリンさんがリビング。残るは1人。いる場所も、その人物がやらかす失敗も何となく予想がつくな。今から行けば、失敗するのを防げるかも!そう思って動こうとした瞬間―――


―――ドカーンッ!!!

「うわーっ」


…爆発音と悲鳴、そして飛んでいくオレンジ達。
あーあ。これはもうキッチンはひっどい有様になってるんだろうなぁ。主もこの爆発音で誰が、何をやらかしたのか想像がついたようで。セバスなんかもう話す気力もなくなったのか、ただ笑顔で黙り始めたし。ここまでくるとフランシス様の反応が怖い。あ、怒鳴り始めましたね。ついに。


「優柔不断な男だな!!」
「申し訳ありません、私としたことが…」
「本当に申し訳ありません、フランシス様。良ければこちらを…」

―――バサッ

「!これは…薔薇か」
「ええ、先程お見せできなかった中庭に咲き誇る冬薔薇です。主からの命で花束にさせて頂きました」
「シエルから?」
「はい。…エリザベス様にはこちらを」


まだ体の小さいエリザベス様には、髪に挿すことができるように茎を短く切っておいた。それを髪飾りの薔薇の横に優しく挿しいれると、嬉しそうに微笑んでくれた。
フランシス様もさっきよりは表情が柔らかくなっているし…僕の余計なお世話も少しは役に立ったかな?お二人の嬉しそうな顔を見て、ホッと胸を撫で下ろす。しばらくお二人を見ていたらセバスと主に声を掛けられた。


「お前、いつの間にこんなことを…っ?」
「ああ、フランシス様達が到着する少し前に。勝手ながら摘み取らせてもらったんですよ」
「驚きましたが、助かりましたよクロード」
「ファントムハイヴ家の執事たる者、これくらいできなくてどうします?…ってね」


ニヤリと笑ってやると、一瞬目を見開いて驚いたセバス。ま、すぐにいつもの余裕な顔に戻ったけどさ。


「そうだ、フランシス様。ご覧になって頂きたいものがあったのを忘れておりました」
「?」
「ああ…御婦人を案内するような所ではないのですが…馬屋へ参りましょう」


いまだに頭に?を浮かべているフランシス様達を馬屋へと案内する。セバスの言う通り、御婦人を連れてくるような所じゃないんですけどね。
フランシス様に見て頂きたかったもの…それは主の為に、とセバスと僕が選んで迎えた一頭の馬。見事な青駒の毛並みの馬で、前からいつか見ていただきたいなと思っていたから。…それが今回、思わぬところで叶ったわけですが。順序は色々めちゃくちゃになってしまったけど。


「どうでしょうか?フランシス様」
「ほう…確かに良い馬だ。腰もしっかりして、面構えも良い」
「お気に召されたのなら幸いです」
「…そうだ。シエル、これから私と狩り(ハンティン)に出ないか?」
「?!叔母様とですか?」
「娘の夫になる男がどれ程の男か見る良い機会だ。それとも…少女のように華奢なファントムハイヴ伯爵には、"狩猟"はキツすぎるか?」


フランシス様の挑発。負けず嫌いで、ゲームの才能に突出していて、負けるわけがないと自信をもっている主が、その挑発に乗らないわけがない。
すでに表情はムッとしているしね。くくっ非常にわかりやすい。


「いいでしょう。セバスチャン、クロード準備を」
「勝負だ、シエル!」


火花を散らした2人の勝負が始まる―――
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