灰色と誘拐
ある晴れた日。僕らはとある場所にいた―――――。
「…それにしても、ランドル卿が不在で好都合だったな」
「もう勘弁してくださいよ!こんなことが総監に知れたら…」
「知られなければいい話だ」
…うん、まぁごもっともな話だよね。
「大体っ一体どうやって3階(資料室)へ入ったんです?!」
「あぁ…あそこの窓が開いてるでしょ?そこから入ったんですよ」
「は………」
資料を写すセバスを手伝いながら、しれっと告げてみれば。あんぐりと口を開けた、まぬけな顔でランドル様の部下の方は固まった。
我に返ったのか、慌てて窓から高さを確認して、更に僕達の顔と窓を何度か交互に見て。またまぬけな顔で「えー…?」と、冷や汗をかきながら呟いていた。
「はぁ…クロード、言葉には気をつけろ。それよりどうなんだ?」
「捜索願いが出されている子供達の中から、死体は上がっていないようです」
セバスの言う通り、今の所の捜査状況では…死体は上がってないらしい。全員がまだ、行方不明扱いされているだけど、それが"生きている"とイコールになるわけじゃあない。死体が上がっていないから生きている…その考えは間違っていないようで、実は間違っていたりする。ただ死体が見つかっていないだけ、っていうこともあるんだからね。表の世界では"行方不明"で、裏の世界では"死んでいる"ということも有り得るんだ。実際に。
セバスと半分に分けた捜索願いが出されている子供の資料の書き写し。ようやく自分の分が終わった所で腰を上げてみれば…何だか揉めてる様子。ものすごい形相でセバスの手を掴んでいる部下の方。その手に握られている物。恐らくは―――金貨、ってとこか。きっといらない、と突っぱねたんだろうな。真面目で、熱い刑事のようだから。
「…クロード、用事は済みました。行きますよ?」
「ん、リョーカイ」
お世話になりましたという意味を込めて、部下の方に一礼。今度はちゃんとドアから出て行く。この人の目の前で窓から出るわけにもいかんしねー。本当なら窓から出た方が色々と便利ではあるんだけれど。
だけど―――また奇妙な事件が陛下から依頼されたものだよなぁ。事の起こりは、あの品評会の日。サーカスのチケットと共に入っていた陛下からの手紙―――否、依頼書。
「子供が消える…?」
「あぁ。そんな事件が起こっているそうだ…読んでみるか?」
―――可愛いぼうやへ
今年のクリスマスは楽しく過ごせましたか?私はフィリップとクリスマスプティングを作りました。とても上出来で、ジョンとグレイも大絶賛でしたよ。今度、ぼうやも食べにいらしてね。
さて、今回同封したチケットですが…今度ロンドンに移動サーカスが来るのを知っていますか?各地を回る旅の一座だそうですが、どうやら彼らが立ち寄った街で何人もの子供が姿を消すという事件が起こっているそうです。
警察も全力を上げ捜索していますが、子供達の行方は依然として知れません。子供達は真夜中に忽然と姿を消すそうです。…まるでハーメルンの笛吹きに連れ去られたかのように。
大切な家族を失う悲しみは耐え難いもの。一刻も早く、子供達が無事家族の元へ戻ってくれるよう願います。
「なーるほど…陛下はそのサーカス団が絡んでると睨んでるわけですね」
「そういうことだ。セバスチャン、クロード!…ロンドンへ行く、準備をしろ」
「「御意、ご主人様(イエス、マイロード)」」
ま、そんなわけでして!僕達は此処、ロンドンへとやって来たわけです。情報を集めて、サーカス団を調べて、必要であれば消さなければいけない。全て…陛下が望んでいるから。そして、それを果たすことを主が望んでいるから…ね。僕にとってはこっちの方が重要だし。
用事も済んだ所で、僕達は今馬車の中にいる。馬車が向かっているのは、テイカーさんのお店で。主はあんまり行きたくない様子だけど…裏の事件については、彼が一番詳しい。僕が知っている中では。それプラス。町屋敷(タウンハウス)を管理しているのは、あの王子とアグニさん。さっき荷物を置きに行ったんだけどね?王子の一言に主がイラッとしちゃってさ〜…早く本邸(マナーハウス)に帰りたいんだと。ま、僕も早く帰りたいからいいんだけど。(アグニさんのことは好きだけど、未だに王子のことはあんまり好きじゃないんだ。僕)
…っと、馬車が止まった。着いたみたいだね。
「主、着いたみたいですよ。今、扉を開けますから」
「あぁ」
馬車から降りてみれば、相変わらずの外観のお店。…裏の仕事の依頼はあっても、表の仕事の依頼って少なそうだよな。だって、こんな外観のお店に葬儀を頼もうって気にならねーじゃん?大切な人のなら、尚更。僕がそんなことを言っても仕方のないことだけど。
さて…そんなことより、主の機嫌の為にもさっさと情報をもらって、さっさと事件解決を試みるとしますかね。
「―――いるか?葬儀屋」
「……ヒッヒ…よぅ〜〜〜こそ、伯爵…」
蝋燭だけが灯されている薄暗い店内に何処からか響く、テイカーさんのちょっと不気味な声(大分慣れたけど)。
一体、何処にいるんだろうと辺りを見回してみたら―――
―――ゴロゴロゴロゴロ……パカーン!
勢い良く転がってきた骸骨が、何か像みたいのをいくつか倒していった。
…え、何故に室内でボーリング?!!てか、ボールの代わりが骸骨ってどうなのさ。この突然の出来事に、僕と主は驚いて、セバスはいつも通りの涼しい表情。くっそ…この完璧執事は目を見開いて驚くことってないのかよ…今回のだって不意打ちだったのに。
「やっと小生特製の棺に入ってくれる気になったのか〜〜〜い?」
「お前…」
「罰当たりじゃないですか?骸骨をボール代わりにするの」
「ヒッヒ…これは飾り物だからいいんだよ。久しぶりだねぇ、キミに会うのも。まぁ、お座りよ。丁度クッキーが焼けたところさ…食べるだろう?クロード」
「うん、食べます」
テイカーさんのクッキーは、適度な甘さで好きだ。もちろん、セバスが作るクッキーには負けるけど…それでも市販の物より全然美味い。未だにイスがない店内、そしてビーカーに注がれた紅茶。段々、慣れては来たけど…やっぱり紅茶は普通のカップで出してくれないかなぁ。さすがに…ね?
とりあえず、主を立たせたままにしておくことは出来ないから、棺に座らせて。紅茶とクッキーを勧めてはみるものの、受け取るだけ受け取って食べる素振りはない。…ま、そうだろうね。僕は食べるけど。
「それでテイカーさん。最近、子供の死体って扱いました?」
「子供の死体ねぇ…」
「表の世界では行方不明扱いで、遺体等は発見されていないそうです」
「裏の世界じゃ子供の死体なんか日常茶飯事だからねぇ…伯爵もよ〜〜〜〜く知ってるだろ?」
「……」
確かにテイカーさんの言う通りだ。裏の世界で子供の死体が出るなんてことは、至極当たり前。何も珍しいことではないからね。…我が主も、それは重々承知しているはずだ。彼は表の世界にも、裏の世界にも身を置いているのだから。
「資料は持って来た。その中にお前が片付けた子供はいるか?」
「ど〜だったかなぁ〜いたかなぁ〜〜何だか面白いモノを見れば思い出す気がするなぁ〜〜〜わかってるだろ、伯爵…小生にアレをおくれよ…極上の笑いをさァ〜〜そ〜〜〜したら何でも教えてあげるヨ〜〜〜〜」
テイカーさんから情報を教えてもらうためには、彼を笑わせなければいけない。この人はお金はいらない、極上の笑いが欲しいという変わった人だから。
さてさて…切り裂きジャックの時はセバスがやってたけど、今回もそうするのかな?何をして笑わせてるのかすっげー気になるトコだけど。
「…セバスチャン」
「……では」
「あれェ?今回も彼に頼っちゃうのかい〜?ぐふふっ伯爵は執事くん達がいないと、何も出来ない子なのかなぁ〜?ま、小生は面白ければ誰でもいいけどね」
「!!!」
―――イラッ…
「僕がやる」
「…何かイラつくこと、思い出したんですね…」
「やるんですか?」
「お前達は出て行け。絶っっっっっっ対に中を覗くな。命令だ」
「「…御意、ご主人様(イエス、マイロード)」」
そんなわけで、僕達は外に出されてしまいました。
―――パタン。
「…大丈夫かなぁ、主」
「さぁ、どうでしょうね?とりあえず待ってみましょうか」
外に放り出されて、3時間経過。
まだ主からの許可は下りない。中から何の音もしないしね?笑い声とか。
「静かですね」
「だなー…僕、飽きてきたんだけど。ただ待ち続けるの」
「おや。それなら私とイチy「黙れ、変態」」
―――カーカー
あ、カラスが鳴いてる。住処に帰る所なんかねぇ?だってもう夕方だし。…うん、放り出されてもう6時間くらい経つんじゃね?
「(いくら何でも遅すぎる…ずいぶんと手こずってるんだな)」
陽もとっぷりと暮れて、綺麗な月が顔を出した頃。ようやく静かに、ただ時間だけが過ぎていた空間に、テイカーさんの吹き出した声が聞こえた。さっきまで閉まっていた扉も開いたし、どうやら入室の許可が下りたみたいだな。
セバスと共に中に入ってみれば…顔を真っ赤にして、珍しく腕まくりをし、綺麗に整えた髪の毛は乱れ、更には息を乱した主の姿。と、恍惚とした表情を浮かべ、嬉しそうなテイカーさんの姿。あのファントムハイヴ伯爵が、あそこまでするなんてね〜〜〜〜と言いながら。…何か、真逆の反応してるなーこの2人。
「一体、何したのさ?」
「聞くな」
「しかし、女王の為なら芸もこなしてみせるとは。本当に犬ですね」
「五月蝿い、黙れ。さぁ、報酬は払ったぞ。子供達について教えろ」
「いないよ」
……は ? い な い ?
「小生のお客さんにこの子供達はいないし、裏社会での噂も聞かないねぇ」
つまり、テイカーさんはこの事件について何も知らない………いや、もしかしてその逆か?
"知らない"ということを知っていると考えれば、それも立派な情報といえる。そう考えるのならば、裏社会で子供達が殺された事実がないということだ。表でも死体は上がっていないし、裏でも上がっている様子はない…そうなると、生きている確率が高いってことか。
「となれば…例のサーカス団を直接調べるしか道はないということか。そうと決まれば行くぞ、セバスチャン、クロード。葬儀屋、何か情報が入ったら連絡をくれ」
脱いであったコートを着せ、帽子を渡す。それじゃ行きますかね、とドアノブに手を掛けた時。テイカーさんの低い声が、主の名を紡いだ。
「魂は一人ひとつ、大事におしよ」
「?そんなことわかってる」
「はぁ…あまり、主をからかわないでくださいね?テイカーさん」
「これはキミへの忠告でもあるんだよ?クロード」
「え…?」
「…大事におしよ」
「―――主も言ってたけど、そんなことわかってますよ。失礼します」
―――バタン
「ほ〜んとかなぁ〜〜〜ヒッヒッ」
すぐに主達を追いかけた僕の耳には、テイカーさんの最後の呟きは届かなかった―――。