灰色と逃亡
自分で走れる、と言ったのに。あたしは何故、セバスに抱えられて…というか、姫抱っこされているのでしょうか。でもまぁ、言った所で下ろしてくれるはずもないから、このままにしとくけど…うーわ。死神総動員で追いかけてきてないかしら?あれ。ちょっとだけ振り向かなければ良かった、と後悔中です。
「(…変なの。セバスに会った途端、あれだけ鬱屈していた感情が全部消えちゃった)」
諦めていた、のに。全て諦めて、受け入れていたはずなのに。それなのに今は、彼の傍にいることを―――この世界で、生きることを望んでいて。諦めていた感情が、願いが、少しずつ蘇ってきている感じがする。
きっと、セバスが来てくれたからだ。逃げられない、と思っていたあの場所から、そんな枷など何でもないというようにセバスが連れ出してくれたから。暗い水底からあたしのことを引き上げてくれたから、だから、あたしはまた希望を持つことが出来たのかも。…まぁ、その相手は希望も何もない悪魔なわけですが。でもあたし達にとってそれは、ほんの些細なことなのかもしれないわね。
―――ギュウッ
「アリス?」
「……来てくれて、ありがと」
「おや、今日はずいぶんと素直ですね。…けれど、お説教は免れませんよ。坊ちゃんもひどくお怒りですから」
「あっはは…やっぱり主も怒っているのね」
苦笑してそう言えば、当たり前でしょう。馬鹿なんですか?と返された。しかも嘲笑われました。畜生、この野郎…!
いや、確かに悪いのはあたしの方ですけれども!だけど、いくら何でもそれはひどくないですか?これでも一応、恋人なんだけどなぁ…あたし。…でも。怒ってくれるほど、心配してくれたんだろうな。主も、セバスも。それは大切に思われてる証拠だと自惚れても、いいわよね?少しくらい。
「ねぇ、前からも死神の気配がする…」
「チッ…囲まれましたか…これは少し、手荒な真似をしなければいけないようだ」
「みたいね。まぁ、すんなり逃げられるはずもないと思ってたけど」
「…アリス、いけますか?」
「ん。トーゼンでしょ?」
裸足だけれど、動けないわけじゃないし。それに枷が外れてるからそれだけで十分、動きやすいしね。あー…でも少しの間とはいえ、体を動かしていない期間があったからやっぱり鈍ってるわね。でもま、…準備運動くらいにはなるでしょう。
廊下の真ん中。あたし達が足を止めたことで何かを察知したのか、死神達はある程度の距離をとった状態で足を止めた。こっちに寄越す視線はひどい殺気をはらんでいるけれど、ね。それもそうか。罪人が侵入者の手を借りて逃げようとしてるんだもんねぇ。それも天敵である悪魔に侵入されたとあっちゃ、死神協会の面目丸潰れって所かしら?
それにしたって殺気だだ漏れ過ぎる気がするんだけどなぁ。気持ちはわからないわけでもないけど、そんなに怒りに心持ってかれてると…全てを逃しかねないわよ?
「ようやく観念したか…此処から逃げられると思うなよ、害虫共!!」
「…ですってよ?セバス」
「おやおや、それは困りましたね…」
「心にも思ってないくせに。さっさと片付けちゃいましょ」
「同感ですね」
お互いに背を向けて、地を蹴った。
向かってくることは予想していなかったんだろう。どの死神もひどく驚いた表情を浮かべて、あたしの顔を凝視している。そんな間抜けな顔してると、
「命が、なくなるわよ?死神さん」
このくらいの人数なら、あたしもセバスも然程時間をかけることなく倒せるだろう。というか、後ろにいるのは恐らく新人さん達だろうからね。だって、顔面蒼白になってるもん。多分、これが初任務って所なんだろうなぁ。罪人を逃がすはずもないから、新人も関係なく呼ばれているだろうし。さっきの裁きの部屋より人数増えてるから、きっとこの推測は当たってるはず。
思考に耽りつつ、半ばヤケで向かってくる死神を片っ端から倒していけば、トンッと何かが背中にぶつかった。不思議に思って視線だけを後ろに向ければ、その正体はセバス。どうやらあっちも片が付いたようね。
さっすがはセバス、といったところかしら?あたしより断然早いじゃない。まだ数人、意識がある死神が残っているけれど…これくらいなら逃げるには支障ないかしら。
「うあー…やっぱり運動って大事」
「馬鹿なことを言っていないで、さっさと脱出しますよ」
―――ヒョイッ
「ぅわ!」
「ぐ、…逃げた所で、我らはいつまでも貴様を追うぞ……いずれ、今この時に逃げ出したこと後悔、する…必ずなァ……!!」
その言葉にあたしは自然と笑みが浮かぶのを感じた。
「…追いたければ追ってくればいい。捕まえたければ捕まえればいい。けど、」
―――今度は、何一つ諦めなんかしないから。
「向かってくる奴らには制裁を。…それだけよ」
今回のように、簡単に捕まえられるとは思わないことね。あたしだって馬鹿じゃないもの、今回のことで色々学んだんだから。離れることが守ることだと思っていたけれど、それは間違ってた。守りたいなら絶対に、離れるべきじゃない…それがあたしなりの"守る方法"だから。
そうしてあたしとセバスは、死神協会から逃げ出した。