灰色と走馬灯


―――ジャラッ…

足を、手を、首を動かすたびに耳に届く嫌な金属音。それはあたしの首と手足につけられた鎖の枷。逃げられないように。逆らえないように。
…そんなことを考えていたなら、とっくに暴れて逃げ出しているっつーの。それにもう、タイムリミットだ。最期くらい手足を自由にしてくれたっていいのに。首も何気に苦しいし。まぁ、外した瞬間に暴れるかもしれない、と思われているのかもしれないけれど。


「罪人―――アリス・ロシュホール。前へ」


罪人を裁く番人、なのだろうか?黒いローブを深く被っているせいで顔は見えないけれど、声は若い感じね。あたしを裁く者がどんな奴だろうと関係ないけど。だって、誰が裁こうときっと結果は一緒だから。死刑を免れる方法なんて、あたし自身が生きることを放棄した時点であるはずがないんだもの。…諦めていなかったら、もしかしたら、もう少しだけ長生きできたかもしれないけれどね。
言われた通りに前へ出れば、一際大きい金属音が響き渡り、ずっと後ろにいた気配が消えた。あぁ、尋問が始まるから何処かへ行ったのね。さすがにこれだけの死神に囲まれていたら逃げられないだろうから、って。
怪しまれないようにそっと辺りに視線を巡らす。どの死神も黒いローブを深く被っていて、誰一人顔は見えないようになっている。別に構わないけれど、…全員が全員、こんな格好なのはあまりいい気はしないわよね。姿を見せたらいけない決まりでもあるのかしら。


「これより罪人の尋問を開始する。…いいか?今更何を言っても死刑は免れんが、嘘をつくでないぞ?」
「……御意」
「では、始めよう」


カンカン、と木槌が小気味いい音を鳴らす。そして始まった尋問。…とは言ったものの、あたしの言葉を聞く気は一切ないみたいで、聞かれたことにイエスかノーで答えるだけ。ふふ、何て滑稽なのかしら。そんなまどろっこしいことをしないで、さっさと首を刎ねてしまえばいいのに。聞くだけ時間の無駄、ってやつじゃない?


「では、最後に問おう。…罪人よ、遺したい言葉はあるか」
「…何か言葉を遺したとして、あたしの代わりにそれを伝えてくれるのかしら?」
「善処しよう」
「ふふっそんなこと、絶対にしてくれないくせに。何一つ両親の言葉を聞かず、命を奪ったくせに」
「お前の両親は罪人だ!高貴な死神の血を穢したんだ!!」


だから、死んで当然だ!!!
外野から飛んでくる言葉の刃。それが今更、あたしの心に突き刺さることはないけれど。では、滑稽で、時間の無駄でしかないこの尋問を終結させる言葉を、アンタ達に贈りましょう。


「―――死神なんて、クソ食らえ。」


ニヤリ、と笑みを浮かべて吐き捨てれば、後ろに控えていたらしい別の死神に床に叩き付けられた。突然の衝撃に一瞬、息が詰まったけれど。


「散々我ら死神を侮辱した上、それだけでは飽き足らずまだ暴言を吐くか」
「先に侮辱したのは、そっちでしょう?…あたし達はただ、静かに暮らしたかっただけなのに!」


それなのに突然、未来を奪われたお父さんとお母さん。悪魔にも、死神にも迷惑をかけず、ただひっそりと暮らしていたのに。それなのに何故、命を奪われなければいけなかったの?
あたしの行為が違反だと言うのなら、両親の命を奪ったアンタ達の行為は一体何だと言うんだ。リストに載っていない両親を殺したのは、違反じゃないとでも言うのか。


「お前の両親は罪人だ。罪人を裁いて、何が悪い」


頭を踏みつけられ、頭蓋がミシミシと嫌な音をたてる。そして、首筋に何か冷たいものがあてられた。それはきっと、あたしの首を刎ねる刃。


「罪人の魂はどこにも送られない。安らかに眠ることもできない。…その魂、悪魔の餌にしてやろう」


両親と同じ裁き方だ。良かったなぁ?
耳に届くその言葉はひどい嫌悪感を連れてきた。けれど、それに抵抗する気力なんてもう残っていない。抵抗した所で、この鎖が、枷が外れない限り、あたしは此処から逃げ出すことなんて出来ないんだ。それがわかっていたから、全てを諦めた。
刃が振り上げられた気配が、する。これであたしの人生も終焉を迎えるのか。そう覚悟して目を閉じれば、脳裏に浮かぶのは主―――シエル様の顔、だった。次にヴィンセント様、レイチェル様、アンジェリーナ様、フィニ、メイリンさん、バルドさん、タナカさん…そして、


「セ、バス……」


好きよ。本当に心から、貴方を愛していたわ。出来ることならもう一度、貴方に会いたかった。触れてほしかった。愛して、ほしかったな。
…馬鹿ね。そんなこと、今更思ったって仕方のないことなのに。


「おやおや、そんな簡単に諦めるなんて…貴女らしくないですねぇ?」

―――アリス。

「っ、?!」
「なっ何だあいつは!何処から入ってきたんだ?!」


響き渡った懐かしく感じる声。あたしの、大好きな声。驚いて目を開いてみれば、傍聴人に交じっていた見知った顔を見つけた。間違えない、間違えるはずがない…あれは、セバスだ。だけどっ…どうして此処にいるの?此処は死神協会の本部で、悪魔である彼はこの場所を知っているはずがないのに。
呆然と彼の姿を見ていれば、ふわりと烏が舞うようにあたしの元へと舞い降りた。そしてにっこりと笑ったかと思えば、執行人を鮮やかな蹴りで蹴飛ばし、あっという間にあたしを拘束していた枷を壊してしまったの。…相変わらず、やることがすごいわね。


「セバス、」
「詳しい話も、お説教も後です。とにかく今は、此処から逃げ出しますよ」


さぁ、立って。
存外に優しく触れた手は、本来冷たいはずなのにとても温かく感じた。
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