灰色と黒
容赦なく、そして絶え間なく響き渡る銃声。でもそれは一向に、彼らに当たる気配がない。流れるようにしなやかに、でも確実に。飛んでくる弾を避けると同時に…次々と人が倒れてゆく。
その画はまさに、惨劇―――――
「鼠共がゾロゾロと…埒があきませんね」
「面倒だから、一気に片付けちまおうぜ」
「そうですね」
そう言ってセバスが取り出したのは、銀食器(シルバー)のフォークとナイフ。
「んじゃ行くか、セバス!」
「間違っても死んだりしないで下さいね!面倒ですから!」
そのセリフ、一体誰に向けて言ってんの?僕がこんな奴ら相手に、そう簡単に死んだりするわけないでしょうが。見くびらないでもらいたいねっ!
地を蹴って、左右に飛びのく。上から発砲してくる者には、セバスの銀食器(シルバー)が。それ以外の者には、僕の撃った銃弾がそれぞれ撃ち込まれ、その数はどんどん減っていく。
「ぎゃああッ」
「何者だ、あいつらはあァ!!!」
「ファントムハイヴ家、執事たる者」
「この程度の事が出来なくてどうします?」
あと少し…さっさと仕留めてやろうと思って、トリガーを引いたら。
―――カチンッ
何度引いてみても、鳴るのは銃声ではなく乾いた音のみ。引いた感触も今までよりもずっと軽い気がする。…あ。
「弾、切れた」
まさかの弾切れでした。遠いけどセバスの顔が呆れの表情を浮かべてるのが、よーくわかった。うん、お前の反応は至極正しいと思う。僕だって同じ反応するだろうからね。こんなことが起きたら。まだ生き残ってた奴らも、僕の呟きを聞いたらしく呆然としてる。
でもそれは一瞬だけ。彼らにとって、僕は恰好の餌食なのであります。セバスに向かっていた奴も、方向転換してこっちに向かってきてる。
「来なくていいっての…」
弾を補充してるような暇はない。てか、弾なんて持ってねーしな。
ふう…こうなったら仕方ない。覚悟を決めた僕は、構えて思い切り…
―――ガスッ!!!
弾切れの銃を相手の眉間に向けて、投げてやりました。そのまま呆気に取られていた奴らも、素手で次々と気絶させていく。
「銃は投げて使う物ではないんですが…」
「替えの弾なんざ持ってないんだから、こうする他ないだろ?片付いたぜ」
「まあ、貴方らしいですけど。…17時43分」
「これで手下は全部だろうし、主のいる部屋に向かおう。犯人もそこにいる」
約束の時間まで、あと2分。僕達は急いで主の元へと向かった。
「(静かになった…?)」
―――カツン…
―――ギイィィィ…ッ
「お邪魔致しております」
「なーんとか間に合ったかな?」
「…っ?!あんたら、何者だ?ファントムハイヴに雇われた殺し屋(ジョブキラー)か?特殊部隊(SWAT)上がりの傭兵(戦争屋)か?ただの執事じゃねえだろう?」
「いえ、私はあくまでただの執事ですよ。ただのね」
「賭けには僕が勝った。主は…返してもらいますよ?」
僕が出て行ってから、殴られたり蹴られたりはしていないようだ。怪我が増えた様子はない。まぁ、増えてようが増えてなかろうが…コイツの行く末は1つしかないんだけど。
床に寝転がらされたままの主を、優しく抱き上げる。ソファにでも座らせてこの拘束具の、革ベルトと足枷を取って差し上げないと。
「今、拘束具を取りますから。腕が痛いでしょう?」
「そうだな。早くしろ」
―――ガチン…ッ!
「賭けには負けた、降参だ。…だがな、手に入れたブツだけは置いていってもらわねえと困るんだよ」
安全装置を外した音に振り向くと、血迷ったのだろうか。僕と主に銃を向け、ワケのわからないことをほざき始めやがりました。証拠品は僕との賭けに勝ったら。そういう話じゃなかったっけか?負けたくせに渡すなんて…それは男としてどうなの?賭けをスタートする前に「嘘はないか」って聞いてきたのはあっちだ。それなのに実際に嘘をついてるのは…明らかにそっちじゃないか。
「汚い奴…」
「は、何とでも言え!…なぁ、執事さんよ。可愛い坊ちゃんとこの使用人の頭の風通しをよくしたかねぇだろ?」
「貴方方の欲しい物は…」
燕尾服の内ポケットに手を入れた瞬間。銃声と共にセバスのこめかみから鮮血が飛び散った。そのまま何発も銃弾が撃ち込まれ、倒れこんだ。
ああ…何か余裕ぶっていると思ったら、こういうことだったのか。うん、汚いけど実にいい手だ。
「…はははっ悪ィな、優男(ロメオ)。このゲーム、俺の勝ちだ!せっかくお迎えが来たのに残念だったな、リトル・ファントムハイヴ」
―――ドカッバキィッ!!!
「がは…っ!」
「クロード?!」
いってぇな…油断してた僕も悪いんだけど。…そんなことより、主のこと床に落としちゃったよ。落ちた衝撃で怪我とかさせてねえよな?させてたらあとでしっかりと謝らねぇと…。さて…この後はどう動く?
カツン、とヴェネルが動いた音がした。そのまま近寄ってくる足音。主にではなく…僕に、ね。
「相手は"女王の番犬"(ファントムハイヴ)だ。俺だって切り札(ジョーカー)くらい持ってたさ。…あんたも残念だったな?このガキに仕えてなけりゃ…もっと良い人生を送れていたっていうのに」
―――あんたとガキを殺せば完璧(ペルフェット)だ―――
こういう奴らには主…"女王の番犬"は邪魔な存在だ。自分達の好きなように動くことは出来ないし、何か問題が起きれば遠慮なく排除させてもらう。
表には表のルールがあるように、裏にも裏のルールがある。それが守られず、秩序を乱すというのなら、我が主は容赦しない。秩序の乱れは直接、女王の憂いに繋がるのだから。
「主を消して、この国で天下でもとる気?ヴェネルさん」
「当たり前だろう。この国には…芳醇な香りが足りないんだよ」
「く…っくくくっ」
「何がおかしい?!!」
「無理に決まってるじゃないか。…此処には…我が主がいる」
そして、僕とセバスもね?主がいる限り、僕とセバスがこの方の傍にいる限り。きっとしつこーくあんたの後を追うよ?決してあんたを僕らは逃がしはしない…主が命令を覆さない限りはね。
クスクスと笑っていると、態度が気に入らなかったんだろうねぇ?顔に蹴りが2発。腹にも1発蹴りが入った。僕も短気な方だけど、こいつはそれ以上にこらえ性がないな…。
「…しっかし、あんた…殺すには勿体ない顔してるな?ちょっとばかり傷モノにしちまったが…アンタなら内臓(パーツ)でなくとも値段がつくだろう。こっちのおチビさんもな」
主の右目の眼帯を、ヴェネルが銃で器用に外していく。饒舌に言葉を紡ぎながら。それにしても…そろそろ起きてくれてもいいんじゃねーの?
「おい、いつまで遊んでいる」
「…?!」
「床がそんなに寝心地がいいとは思えんがな。いつまで狸寝入りを決め込むつもりだ?」
―――ピクッ
確かに血の海に沈んだソレ。普通なら動くはずなんてない。こめかみを撃ち抜かれ、体にも蜂の巣になるんじゃないかってくらい銃弾が撃ち込まれていた。そう…確かに死んだはずだった。撃たれたセバスが、本当に人間だったならば…ね?
「そ…そんなバカな!!」
「…やれやれ。最近の銃は性能が上がったものですね?百年前とは大違いだ。お返ししますよ」
「何してる!殺せぇエッ」
セバスが吐き出した数発の弾丸。ただ投げただけなのに、それはまるで発砲したかのような威力で人間の体に撃ちこまれていった。
「ああ、何と言う事だ。服が穴だらけになってしまいましたね」
「遊んでいるからだ、馬鹿め」
「主の言う通りだね…よっ…と」
「貴方に言われたくはありませんね?クロード。何を簡単に殴られてるんですか」
「ああ…ちょーっと油断したね。主、怪我はない?」
「問題ない」
さっきと同じように主を抱き上げる。
「さて、こいつはどうするの?主」
「ふん、決まっているだろう?…セバスチャン」
「いけませんね、坊ちゃん。おねだりの仕方は教えたでしょう?」
セバスの口角が上がり、口元に人差し指を当てて妖艶に微笑む。その光景にヴェネルは怯えたようにカタカタと震え始めた。銃を…こちらに向けて。
「命令だ、こいつを狩れ!」
「黙れェェェェェェッ」
ヴェネルが叫んだのと同時に、一発の銃声が部屋の中に響き渡った。向けられていたのは、当然僕と主だ。でも死んでなんかいない。死ぬはずがない。放たれたはずの弾丸は、セバスが止めているんだから。彼にとってこのくらいのこと。造作もない。
「弾丸(コレ)、お返し致します。ああ…また発砲されては面倒ですから、その腕。少し動かせなくさせて頂きましょうか」
彼が指を軽く動かすと、ヴェネルの腕が有り得ない方向に曲がった。いったそーな音を立てて。うーん…わかっちゃいたけど、やっぱり容赦ねーよなぁ。セバスって。
「今回のゲームもさして面白くなかったな」
「くくっ貴方を満足させるゲームがこの世に存在するのか…僕にはそっちの方が疑問だよ」
足枷を外して、ブチブチと革ベルトを引きちぎる。ようやく腕が解放された安堵からか、主の口からわずかに溜息が漏れた。後ろに腕を回されたまま拘束されて、それが長時間続いたらそれは辛いよね。恐らく腕にも痣ができてしまってるだろう。屋敷に戻ったら、まず怪我の手当てをしないと。
「ま、ま…待てよォ、あんたらっ…ただの執事だろ?!俺はッこんな処で終われねェんだよッ!!!用心棒として給金は今の5倍、いや10倍出すッ酒も女も好きなだけ…だからッ俺につけ!!」
「ギャーギャーとうるさいなぁ…僕はそんなの興味がないの。主の傍にいる方がよっぽど面白い」
「残念ですが、ヴェネル様。私も人間が作り出した硬貨(ガラクタ)等には興味がないのです。私は…」
―――悪魔で、執事ですから
黒い羽を纏った悪魔が、薄く、そして妖しく笑う。
「坊ちゃんが"契約書"を持つ限り、私は彼の忠実な下僕(イヌ)。『犠牲』、『願い』…そして『契約』によって、私は主人に縛られる。その魂を引き取るまで」
「残念だが、ゲームオーバーだ」
「くくくっさよなら?ヴェネルさん」
ザワザワと嫌な風が頬を撫ぜる。放心しているヴェネルを、真っ黒な闇が包み込んだ。
「相変わらず、容赦がないなぁセバスは」
「そうですか?私からすれば、人間であるはずの貴方も…十分に容赦がないと思えますが?」
「セバス……」
「時折見せる冷徹な笑みや、普通では考えられない程の運動能力は私と同じ匂いを感じます。…おや、何をそんなに驚いた顔をしているのです?貴方は…人間なのでしょう?」
「…?」
僕にしか届かない程の小さな声で、クスリと笑みを浮かべながらセバスが囁いた。あの妖しい笑みに思わず、背中がゾクリと粟立つのを感じた。初めて感じる、彼への恐怖感。自分でもよくわかる程に、心臓が早鐘を打っている。正体を知った時ですら感じなかったのに、何故今更感じなくてはいけないのか。
『人間であるはずの貴方も…十分に容赦がないと思えますが?』
『貴方は……人間なのでしょう?』
ついさっき、セバスの口から紡がれた言葉が頭の中で反芻する。ああ…そうか。僕は自分の正体が知られてしまうのが怖いんだ。居心地が良いと思ってしまったこの場所を、永遠に失ってしまうのが…この手から零れてしまうのが怖いのか。ようやく手に入れることができた、僕の唯一の居場所だから。
悪魔と契約し、ソレを執事にしているとはいえ…こんな中途半端な存在の僕は、きっと求めてなどもらえないだろうから―――
「ああ、いけない…早く戻らないと、夕食の時間が過ぎてしまいますね」
「…戻るぞ。僕はおやつも食べていないんだ、腹が減った」
「ええ、参りましょうか。クロード、早く来ないと置いていってしまいますよ?」
「え?ああ…今行くよ」
セバスが僕の正体に気が付いているのかはわからない…今更のような気もするし。でもあの人は勘が鋭いからなぁ。僕が此処に来た時から、気づかれてるような気もするんだけどね。
いつか主に僕の正体が知られてしまったとしても…貴方の口から「お前なんかいらない」と告げられるその日まで…
「僕は貴方の傍にいて、望みを叶える為の駒となりましょう―――」