灰色と種明かし
真相を知りたい、と願った先生を温室へと案内する。用意した紅茶とお茶請けをじーっと見つめながらも食べないのはきっと、何かが入ってるかも…と疑っているから、かね?主も言ったけど、毒なんか入っちゃいない。だって先生を殺す理由はないでしょ?…今の所は、ね。
まぁ、それはともかくいざ本題へ。先生がセバスが生きているのでは、と疑った理由は、セバスとジェレミーが完璧すぎたから…だそうだ。完璧すぎるから逆におかしいのだ、と。んん?セバスも眉間にシワ寄せて怪訝な顔してっけど、僕にもさっぱりだ。だって完璧なら疑う余地なんてないに等しいし。けど、そんな僕達を諭すように先生は言葉を紡いでいく。
セバスは自分が殺される前に食事、手紙を括り付けた梟、そして先生への言葉…それら全てを準備していた。けど、それは先生曰く完璧すぎるんだと。…ああ成程、虫の知らせにしてはおかしいってことね。そういうことなら納得がいくし、確かにちょっと頭を捻ればおかしいことに気が付くかもしれないなぁ。
ま、残念ながら先生以外にはだーれも気が付いていらっしゃらないようだったけどね。あー、でもあんな恐ろしいことが起きたんじゃんなこと考えてる余裕もないかもな。
んでもって、セバスが殺された後に現れたジェレミー牧師もまた然り。どう考えても怪しいのにアリバイは完璧で、これまた疑いようがなかった。そして先生は一つの非現実的可能性によって、あの推理は覆されることに気が付いた…そう、その可能性はセバスが死んでいなかった、という可能性にね。
「…貴方達はわかっていたんじゃありませんか?次の殺人が起こり、伯爵の疑いが晴れるということが」
「ええ、わかっていましたよ」
「右に同じく。…ま、セバスが主を庇わなかったのは…呆れてたから、だけどねー」
そう、主は何か仕掛けられるであろうと予測していたにも拘らず、眠気に負けて殺人犯っていう面倒を背負わされたからねぇ。いくら主大好きな僕でもさすがにちょーっとだけ乾いた笑いが出ちゃったよ、うん。
僕達のこの会話に先生はひどく驚いていた。予測していたのか、ってね。実はあの正餐会に主をいたぶりたい人間が交じってることは、事前にわかってたことなんだ。そしてあの事件が起こり、まぁ恐らくはジーメンス様が犠牲になるんじゃないのかなーってさ。更に言えば、僕達が襲われることもわかってた。
あの夜―――ジーメンス様の叫び声、倒れる音に混じって何かが割れるような音を僕とセバスは聞いた。ドアを蹴破った後、ざっと辺りを見渡してみたものの割れている物は一切見当たらなかったんだよね。で、血の匂いも一切しなかったし…ってことは、恐らくは毒薬を入れた瓶のような物が暖炉の中にあるのでは?ということが推測できたわけ。
「何故それをすぐに言わなかったんです?!言っていれば伯爵は疑われずに済んだハズだ!」
「主自身、何か様子を窺ってるように見えたから僕達もそうしたまでですよ」
あの状況下での殺人なんて、狂言でしかないからね。まぁ、生きてるか死んでるかはともかくとしてもジーメンス様が自ら服毒したことまでは予想ついてたし。主もそのことに気が付いたからひとまず様子を窺って、相手のしっぽを掴んでから動いても遅くないと思ったんでしょ。
だからあの日、僕達に石炭を足しに行かせた。それに関して先生は引っかかってたみたいだね〜無人の部屋に灰かきは必要ないから。それなのに僕達はあの部屋で灰かき中に襲われてしまった。
主が僕達に命じた本当の意味は、『暖炉をよく調べろ』ということだったんです。相手のしっぽを掴むのに必要だったから仕方ないとはいえ、僕達が襲われることをわかっていた上であの命令をしちゃう主って…ほーんとひどいよねぇ?それを理解して僕とセバスも動いてるわけだから主ばっかりを責めることはできないけど。
…僕達はあの日、襲われた。神でも運命でもなく、主人が決めたシナリオ通りに、主人が決めたタイミングで、主人が望む犯人に。
「主をいたぶる為にやってきた―――グレイ様に、ね」
いやー、さすがにあれはびっくりしたよねぇ。こっちは2人だったのに間髪入れずに急所を連続攻撃して、僕達を刺しちゃうんだからさ。元々避けるつもりもなかったし?すんなり刺されて良かったんだけど、それでもびっくりするもんはするんだよ。
その後は彼の先回りをしてワインセラーに隠れたんだけど、あのジーメンス様はほんっとどうしようもない人だ。だって熟成中のワインにまで手をつけてたんだぜ?思わずセバスと2人で呆れちゃったよ…。
ああ、そうそう。この後、とんでもないものを見ちゃったんだよねぇ。僕らの見立て通り、ジーメンス様の殺人は狂言…理由はわかんないけど、皆を驚かせる為にあんなことをしたみたいだけど…そのままグレイ様に本当に胸を刺されて殺されちゃったんだ。だから後に調べた彼の体には刺し傷と血が存在していた、ってわけ。
グレイ様がワインセラーを出て行った後は手分けして食事の準備をして、セバスはフィニとバルドさんへ次の日の指示出しと、メイリンさんへ梟を託しに行った。梟は万が一の為に、ってことでね。それから主への報告書を書いて―――
「先生と主の寝ている部屋へ枕を届けに行った…こんな感じですかねぇ。その後のことは先生もよくご存じでしょ?」
「え、ええ…」
「セバスは死体としてのアリバイと自由を手にしたわけで、自由に職務を遂行できるようになった。…僕も、ね」
まぁ、僕は死体じゃなくて怪我人だったからセバスほど自由に動けはしなかったけど。
そんなこんなでセバスは変装をして、アリバイ用のチケットと梟を携えて戻ってきたわけだ。牧師ジェレミーとしてね。あ、だからといってチケットが偽物なわけじゃないよ?ちゃーんとロンドンで購入した本物!夜会の合間に抜け出して買ってきたんだ、僕が。残念ながら公演は2分しか見れなかったけど…。
先生はその事実を受け止めようとしないけど、チケット売り場へ行けば確かめることが出来る。領収書もきちんと取ってあるから、偽物じゃないことはすぐにわかると思うよー?このくらいすれば説得力も増す、ってものでしょ?
そこからは牧師と死体の一人二役が始まるわけだけど、…いやー、あれはめっちゃくちゃ面白かった!ものすっごい勢いで着替えたり、死体を入れ替えたり、ものすっごい勢いで走り回ったりしてんだから。笑いを堪えるのめちゃくちゃ大変だったんだから。危機はちょこちょこあったんだけどー…何とか誤魔化せるもの、だよね。
「あとはご存じの通り、ジェレミー牧師として坊ちゃんをサポートし、ウッドリー様は逮捕され無事坊ちゃんは罪から逃れたということです」
「わからない…話を聞いて事件…いや全てがわからなくなりました」
今回の事件は全て、女王の執事であるグレイ様の仕業。彼が殺人を犯す為の舞台を主に用意させて、尚且つ犯人に仕立て上げようとした。でも主は僕達と入念な準備までして自らの容疑だけをぬぐい去り、ウッドリー様を犯人に仕立て上げた…真犯人はグレイ様だとわかっていながら、ね。
傍から見ればこの事件は難しいわけじゃないのだろう、状況が異常なだけで。先生もそう思ったみたいなんだけど、でも仕方ないことなんだよなー…だって今回のこと、ぜーんぶ女王陛下が望んでることなんだもの。
殺されたジーメンス様の銀行は国内の船舶開発とかに多額の投資をしてんだって、それこそドイツ重工業発展の中心人物と言っても過言じゃないくらいに。英国の地位はドイツやアメリカに脅かされつつあるからね、あの人を殺してドイツ軍事力成長の阻止を図ったというわけさ。たった1人を、と思うかもしれないけど…それはいつしか大きな嵐になる可能性を持っているからねぇ。
グレイ様が主に罪をなすりつけようとしたのはあの時のことがバレたから。何かしら仕置きがあることは主も予測していたらしいけど、まっさか殺人犯にされるとは思ってなかったからすげーびっくりしたよ。
そして、ウッドリー様を身代わり山羊にしたのは…
「2週間ほど前、ダイヤモンド発掘業のローズ社社長が殺害される事件が起きたんだよね」
「僕は独自のルートで事件の犯人がウッドリーであることを突き止めていました。裏社会の人間がその力で表社会の者を脅かすのは重大なルール違反です」
ファントムハイヴ伯爵は―――英国社会の戒律を破るものを見つけ出し始末する、女王の番犬なのだから。
「う…嘘だ…大体、今までの話が本当なら彼らは…その執事は…」
「『明白な事実ほど見誤りやすいことはない』ということですよ、先生」
「そういうこと。…それはずっと目の前にあったんだから」
―――私達が、人間ではない…という事実がね。
「クスクス…知ったからには忘れる努力をしなくちゃいけないわ、ねえセンセ?」
「このことを口外されればどうなるか…お分かりですね?」
「ぜ…絶対言わないっ言いませんからッ」
そうして先生は真っ青な顔をして屋敷を後にした。
ありゃりゃ…ちょーっと驚かしすぎちゃったかなぁ?あんなに怖がられるとは思わなかった。
「お前達、何故彼に正体を明かすような真似を?」
「ああ、あれはクロードの案ですよ」
「ん、先生は作家だろ?奇矯な体験をしたら書かずにいられない…作家ってそういう生き物ですからね〜」
「クロードもですが、坊ちゃんも彼の小説がお気に入りだったでしょう?あの雑誌も捨てずに何度も読まれて…続編がないと知って残念がっていたではありませんか」
「ふん、暇つぶしにはまあまあだっただけだ」
ふふっ先生が次にどんな作品を書くのか…今から楽しみだ。
さってと…先生も帰ったことだし、そろそろ昼食の準備をしなくちゃだよね。紅茶のカップとかを片づけてキッチンへ行こうとしたら主に呼び止められた。フェルペス様殺害について、説明がまだだってね。というか、僕らも今の今までそのこと忘れてた……ってわけじゃあないんだけど、まぁ色々と理由があってね、さっきは話さないでいたんだ。
「実はさー、ゲスト以外にもお客人がいたんだよ。よっ…と!」
―――ズルッ
「…中を見せろ」
「へ?いいの?」
「もったいぶるな、開けろ!」
「では」
やめておいた方がいいと思うけど、…見てもらった方が早いのは事実だよね。危険が及ばないように主の後ろに回って、箱を開けるセバスをじっと見つめていた。
箱のふたが開くのと同時に飛び出してきたのは、2匹の蛇。今にも主に噛みつきそうなスピードだぁねぇ…ま、この人には傷一つ負わせやしませんけど?彼の体を僕が抱き寄せ、2匹の蛇はセバスが捕まえた。うん、ナイスコンビネーションだったんじゃない?自分で言うのも何だけど。
ああ、でも主は思った以上にびっくりしたみたいだね?口をパクパクさせて僕に抱きついてきてる。すごい役得で嬉しいけど、でもさ?ちゃーんと聞いたじゃんね、いいの?って。それを素直に口にしたら絶対に怒られるから言わないけどー、って、おいコラセバス。何でアンタがそんな嫌味たっぷりに言っちゃうかなぁ!ほらもう、主が静かに怒りを燃やし始めちゃったじゃないか。
仕方ない。あとでご機嫌をとるとして、箱の中から出てきたのは蛇だけじゃない…まだまだ招かれざるお客人はいるんだ。
「お…お前はスネーク!!」
フェルペス様殺害の真犯人である13人目は本当に存在してた、ってわけ。
スネークさんはジョーカーさん達が消えたのは僕達のせいだ、って思ったらしく、主が着ていたスマイルの衣装の匂いを辿ったんだって。そしたら町屋敷まで辿り着いたはいいけど、その頃僕達はもう本邸に帰ってきちゃってたからいなかったんだ。
普通に考えればそこで諦める、と思うだろ?だがしかし、町屋敷の管理を頼んでいた王子達が彼を馬車に乗せて本邸まで送り届けてくれちゃったらしいんだよねー…ねぇ、あの人は本当に馬鹿なの?アホなの?何なの?!そりゃああの人達はこっちの事情知らないけどさ、スネークさんは刺客なんですけどーーーーっ?!
はぁ…ひとまずこの怒りは置いておこう。どうにもなんないし。
「あいつらはこんな姿の俺を仲間だって言ってくれた、家族だって言ってくれた。それをお前らが奪った!!絶対に許さない!!…ってワイルドが言ってる」
…今一瞬、あの子―――ソバカスくんの顔とダブったような気がする。
確かにスネークさんの言う通り、彼らの幸せを奪ったんだよなぁ…けど、それも仕方のないこと。だって全ては女王陛下のお望みで、ご命令だったんだから。僕達はあの方の憂いを晴らす為に此処にいる。見逃すことなんて、出来ないんだよ…彼らにどんな事情があろうとも。
「スネーク、僕の屋敷に来い」
「……え?セバス、何がどうなってこうなってんの?」
「さあ…これはさすがに私にもわかりかねます。何をお考えになっているのやら…」
主がスネークさんにかけた言葉は、ひと時のまやかしの優しさだ。だってどれだけ此処にいても、待っていたとしても…スネークさんが望む人達は二度と帰ってきやしないんだから。
「…いいの?あんなでたらめ言っちゃって」
「嘘も突き通せば真実になる。最後は全てお前達が飲み込んでしまえばいい話だ」
「…そうですね」
「それも一理ある、か。ま、いーや…主がお望みのままに」
…ああ、死んだはずのセバスがお墓から生き返り、使用人’sの涙と鼻水まみれになったのは…また別のお話。