灰色と犯人
ジェレミー様に言われて服を脱いだ主は、今はセバスのコートを着ている。それで僕達は犯人を捕まえに行った4人を除き、全員ウッドリー様の部屋に身を隠していた。
程なくして犯人を確保した、とジェレミー様と先生とグレイ様…そして主の服を着て身代わりとなっていた藍猫様が戻ってきた。で、肝心の犯人っていうのがまさかの蛇だった。先生によれば、主の服を着た藍猫様を蛇は狙ったらしい。
「蛇って確か視覚が弱い分、嗅覚や聴覚が発達してるんでしたっけ」
「その通り。だから暗闇の中、振動や香りで生物を見つけられるんだ」
なーるほど。つまり、犯人は蛇に主の匂いを嗅がせてからエサを与えたりして調教したってわけか。確かに蛇を使えば鍵もアリバイも関係ないもんね。けど、蛇には噛みついた人間が主かどうかなんてわからない…それはきっと、その犯人にとっては予想外の展開だったんだろうね。だってあの日、主の寝室を使っていたのは当人ではなくお客人のフェルペス様だったんだから。
ジェレミー様は蛇がお腹を空かせればまた現れる、と踏んでいたらしい。そしたら案の定、再びお出ましになったってわけだね。
…で、今回襲ってきたのは南アフリカに生息する蛇。こっちにはいるはずのない蛇だけど、貿易船に毒蛇を持ち込むことは禁止されてるし荷物のチェックも厳しいと聞く。となれば、密輸っていうのが一番確率が高いかなー個人経営の貨物船を買収してしまうのが何よりも手っ取り早い方法だね。ま、そっちの企業とのパイプを持ってるのが条件になるんだろうけど。
けどアフリカかー、アフリカからの輸入品といえば、金やダイヤ…だよね?先生がポツリ、と呟いた言葉をきっかけに、全員の視線が一斉にウッドリー様へと移る。そうだ、この人はダイヤの研磨会社の社長…そして大粒のダイヤが採掘されるのはアフリカ地方だ。それだけで犯人、とは言い切れないのは確かだけど。それにこの人、ジーメンス様殺害時のアリバイがあるんだったっけ。
「執事達が発見した死体が死体でなかったとしたら?」
あれま、これまたびっくり発言ですなージェレミー様。だけど、それは否定しきれない事実だったりするんだよねーあの時、誰もしっかりと傷口を確認してないんだもん。先生がジーメンス様の脈を確認して、胸元が黒く染まっているのを見ただけで。…誰一人、あれを死体ではないとは思わなかった。
あの時点でジーメンス様が死んでいなかったとすれば、彼は仮死状態であった可能性があるということだ。有名な「ロミオとジュリエット」でジュリエットが飲んだ仮死状態になる薬は、実在するらしい。僕も知識として持っているだけで実際に見たわけでもないし、作ったことがあるわけでもない…だけど、最近発見されたテトロドトキシンという毒をとある方法で精製すると仮死状態になれるんだって。
ジーメンス様の死体を調べたというジェレミー様は、彼から微かに海の香りを感じたらしいから…恐らく、河豚から精製された毒を服用したんだろうね。でも何でだろうねぇ?彼は刺殺、されたはずなのに。
そこから立てられる仮説は、あの殺人は狂言だということだ。ジーメンス様自身が毒を飲み、容器を捨ててから死んだふりをした。これなら彼がどの部屋に案内されようとも関係はなくなる。ふふ、それに死体の傷口を好き好んで見る人間がいるとも思えないからねーバレる心配はない、と思ったんでしょう。
「しかし先程死体を調べた所、彼は確かに刺殺だった」
「狂言のつもりが本当に殺されちゃったってことか」
ハッキリとは言えないけど、犯人は主を陥れようとしたのかもね。ジーメンス様は利用されて、口封じの為に殺されたと見て間違いはなさそうだ。主はジーメンス様と初対面で、陥れる意味がないだろうからね。所謂、とばっちりってわけだ。
「毒飲んだならそれ入れてた瓶とかはどこいったの?」
「簡単だ。すぐに調べられない所に捨てればいい。火の中とかな」
「そういやあん時、暖炉にえらい薪がくべてあったな」
「確かにそこなら見つからない。後はほとぼりが冷めたらこっそり回収すれば…」
「だが今回はそうはいかなかった…そうだろう?クロード」
「ええ、そうですね。僕とセバスチャンがその前に灰かきに来てしまったんでしょうから」
咄嗟に僕達を襲い、証拠を回収して自室に戻った。それを持っている人物が犯人、と見て問題はないだろう。さっき手荷物と部屋のチェックをしたと聞いてるけど、きっと暖炉の中までは調べていないはずだ。きっと最高の隠し場所だよ?何度も部屋を見られるわけじゃないだろうし、調べ終った後に回収して破棄してしまえば証拠は一切残らない…ほら、完璧だ。
それでもウッドリー様は此処にはそんなものはない、でたらめだ、と仰っていらっしゃいますが…はてさて、この部屋の暖炉には本当に何も隠されていないのでしょうかね?痺れを切らしたらしいグリムズビー様が暖炉をかき回せば、ガラスの破片のような物が出てきた。粉々になってしまっているから、見ただけでは何かはさっぱりわからないけど…それもあっという間にジェレミー様の手で元通りに組み立てられてしまった。うん、見た感じ薬のアンプルって所かなぁ。これが見つかったってことは、決定的…でしょうね。
ファントム社がダイヤモンド産業最大手のローズ社と共同してジュエリー産業へ乗り出す極秘計画…それがきっと動機なんじゃないかなー。先日、ワンマン社長だったローズ様が殺されてしまったから計画は一時ストップしてるんだ、でもその計画がまた動き出せば最新技術を謳うウッドリー様の会社は間違いなくダメージを受けるでしょう。その前に主を殺してしまえば、…そんな所だろう。
「言い訳はいいよ。話は牢屋でゆっくり聞いてあげるからさ」
「お…俺はやってない…やってないんだ…!!」
「殺されたくなかったら黙りなよ。ボク、今機嫌最悪なんだ」
「グレイ伯爵、僕が丁度イイものを持ってますよ。使ったらどうです?」
…あーあ、悪い顔しちゃってこの人ってば。ま、昨夜は屈辱的だったんだろうねーその鎖で繋がれて。その仕返しとばかりに同じようなセリフを返してやったんだろうけど。
でもまぁ、これにて事件は解決!一件落着、ってとこだな。良かった。
「あ、ねぇねぇクロードさん、結局あの赤黒い液体って何だったの?」
「え?…あぁ、あれか」
「フィニックロードさん!それはもうイイだよっ」
メイリンさんはいまだもしかして…と思ってるのかもしれないけど、あれはそんな物騒なものじゃないんですよー。
「アイリーン様が持っていた瓶の中身…多分、コレだと思うよ?」
「葉っぱ?」
「あっそれ赤シソだ!」
ご名答〜。赤シソにはアンチエイジング効果があるんだ、それを煮詰めて抽出したエキスがアイリーン様の美容の元…ってことさ。だから若く見えるし、肌も綺麗なんだと思う。グリムズビー様を心から愛してるから、いつまでも若くありたいって気持ちから飲んでいるのだろうね。
ジェレミー様が試しに作った、という赤シソのエキスで事件解決を祝した乾杯をして恐ろしい夜は、明けていった。
翌朝。それまでの天気がまるで嘘のように空は青く晴れ渡り、穏やかな空気が漂っている。警察も無事に到着し、犯人のウッドリー様はグレイ様に連れられて行ったのです。他のお客人方も僕達が用意した馬車に乗って、次々にお帰りになられていく。…最後に残ったのは、今回の事件の最大の功労者であろうアーサー先生だ。
―――コンコン、
「ジェレミーさん?それに執事の…」
「浮かない顔だね、事件は解決したのに」
「いえ、そういうワケでは…ジェレミーさんにはたくさん助けられました、ありがとうございます」
「こちらこそ。もう会うこともないでしょうが、お元気で」
「あ…あの、執事さん…怪我、お大事に」
先生の言葉ににっこりと笑みを返し、
「《ありがとうございます。ねぇ、先生?僕達の代わりに主を守って頂き、感謝してます》」
「《坊ちゃんがお世話になりました》」
先生が再び言葉を発する前に、ジェレミー様の合図で馬車は走り出す。
けれどその数分後―――彼は再び、僕達の前へと姿を現した。とても慌てて、ね。
「あれ、先生。何か忘れ物でも?」
「真実を確かめる為に戻りました、ジェレミー牧師…いや、執事セバスチャン」
「へぇ…?」
「エクセレント。どうやら我々は貴方を少々見くびっていたようだ。いや、ようですね…先生」
ジェレミー牧師の顔の下から姿を見せたのは、あの日、命を落としたセバスチャン本人だ。