灰色と海の上
「死者を蘇らせる病院、ねぇ」
事の発端はひと月ほど前。新聞の一面に載っていた記事と、劉様の一言。オカルトかと思っていたその記事が、もしかしたらオカルトではないかもしれない…劉様がそう言ったんだ。
件の病院の名はカルンスタイン病院。主が劉様に管理を任せている裏の港でよく買い物をしているらしい。最初は薬かと思ったんだけど、どうやら大量の人を買ってるらしいんだよねー国外から違法で奴隷を、ね。だけど、どうやらその量が尋常じゃないらしく、どう考えても病院に収まるとは思えないほどらしくて。
つーまーり!非合法な人体実験の成果によって、死者蘇生を行っている可能性があるってこと。本当だとすれば裏の力による表社会の干渉になる。もっと大きな騒ぎになる前に、芽は摘み取るに限るだろう?
更に更に!セバスの調査によれば、院長のリアン・ストーカーをはじめ、上層部の人間が"暁(アウローラ)学会"と称した会合を開いてるらしい。それがどーも怪しい感じで…その学会の実態っつーのが「医学による人類の完全救済」をモットーに医師のみで結成された秘密結社。
そこの構成員は日々病院内で非合法な人体実験を行っていることも判明してる。んで、定期的に実験成果の発表会を催して、貴族などから寄付を募ってるんだと。人体実験と死者蘇生の関係については不明だけど、まぁ見事にきな臭いよね。
手がかりはその学会にありそうだ、ということで次の集会に潜り込むことになったんだけども。集会が行われる場所がまさかの客船上、それもエリザベス様が乗ると言っていた船だ。そんなわけで、僕達は今海の上にいます。
「何か気になることでも?」
「あ、セバス…いや、気になるっつーわけではないんだけど…どうにも嫌な感じ」
「ほう?貴方の勘とやらは妙に当たりますからね」
集会が行われるのは今日の夜。開会の合図はウエイターが空のグラスを持ち、ホールを巡回すること。参加者はそれを受け取って会場へと向かうらしい。その合図を受け持つウエイターと、空のグラスを受け取った人物を見逃さないようにしないとねー。
改めて気を引き締めておこう、と思い直した時。ヒソヒソと話す声が聞こえた。そっと視線を向けてみれば、どこぞの貴族の奥さん…だろうね?お二人がスネークさんを見てクスクス笑ってる姿が見えた。全くさー…どうしてそう、聞こえよがしに言うのかね?つーか、人のことコソコソ見て笑って楽しいのかね?
「人混みは慣れないか?」
「俺たちの姿は皆と違うから、一緒にいるとスマイル達まで笑われる。ってダンが言ってる」
「それがどうした?」
「えっ?」
「他人なんだから違って当然だろう。何を恥じる必要がある?」
何を言ってるんだ、とでも言いたげにそう言い切った主。そう。この方はそういう人なんだよねぇ…自分が誰といようと自分の勝手、他人にとやかく言われる筋合いはない…そういう考えの持ち主だから。
色々と思惑があるとはいえ、スネークさんを雇うと決めたのは主自身の意思なんだから、もっと堂々としてていいんだって。
「今や貴方は名門貴族の従僕なのです」
「そーそ!自信持って背筋伸ばしなよ、スネークさん」
嬉しそうに表情が緩んで、心なしかキリッとしたスネークさんの後ろに空のグラスを持っているウエイター。そしてその空のグラスを受け取った人物を見つけた。よっしゃ、ついに集会が始まるってことか!スネークさんに食べかけの料理がのったお皿を託し、僕達3人はその人物を追うことにした。
追いかけて辿り着いたのは、一等旅客用の喫煙室。そこのドアの前にはドアマン…とでも言えばいいのかな?とにかく2人の男性が立ってて、「完全浄化水」とやらを30ポンドでどうかって聞いてる。
随分と法外な値段のする水だけど、…払えない者は入る資格なしっつーことなんだろうなぁ。貴族がお金を寄付してる、って話だし?これも寄付の一環になるのかもしんない。僕だったらこんな値段で売られてる水なんて絶対買わないけど。
「んじゃ、早速乗り込んじゃう?」
「ああ、行くぞ」
「お待ちください。情報によれば、暁学会には定められた挨拶があり、知らない者は退場させられるとか」
「定められた挨拶?」
「そういうことは早く言え!!で?どんな挨拶だ」
セバスから耳打ちされた挨拶の実態に主は顔面蒼白になり、僕は腹を抱えて静かに大笑いしていた。
「ふ、くっ…くくくっな、何だそれ……!」
「笑ってる場合かクロード!お前もやるんだぞ?!」
「ひー、お腹いったい…!ダメだ、僕、笑わないでやる自信ないわ」
「信用されれば後ろで笑っていて構いません。少しの間、我慢しなさい」
いまだにこみ上げてくる笑いを無理矢理に飲み込んで、僕達は部屋の中へと進んだ。入ってすぐ、1人の男性に声をかけられたんだけど…やっぱり見たことない顔ってすぐにばれちゃうもんなんだね。ってことは、さっき聞いた挨拶をやらなきゃいけないってことかー。頑張って笑いを堪えないとね。
「か…『完全なる胸の炎は』」
「『何者にも消せやしない』」
「『我ら』…」
『不死鳥!!』
その言葉と共に両手と左足を上げれば挨拶は完成らしいんだけど。…ダメだ、これ面白すぎて笑いがこみ上げてくるっつーの!!正気のポーズとは思えないし、間違ってたら全てが台無しになる。そして僕達はただ恥ずかしい真似をしただけってことになるわけです。とんだ笑いものだ。…ま、セバスのことだから嘘はついてないと思うけどさー。
しばしの沈黙の後、声をかけてきた男性も同じように両手と左足を上げ「不死鳥!!」と叫んだ。それを合図に僕は急いでセバスの背中に回って、静かに大笑い再び。か、会員証のバッヂはもらえたしあの挨拶も間違ってなかったのは良かったんだけど、あーもーおっかしくて仕方ない〜!
置いていかれないようにセバスの服の裾を引っ掴んでお腹を抱えていると、僕と同じように笑ってる声が聞こえてきた。あー他にも笑ってる人がいるんだなぁ、と滲む涙を拭いながら視線を向ければ。
「ア…葬儀屋?!」
「真面目な顔して『不死鳥!!』だって。だっはっは!」
「あ、やっぱりあれ笑いますよね〜」
「貴様ら…!」
「まあまあ坊ちゃん。クロードもこちらに来なさい」
「はいはいっと!…んで?テイカーさんは何で此処にいるのさ」
「葬儀屋(しごと)でさ。病院はお得意様でね」
ああ、そうか。この人の仕事内容だったら、確かに病院はお得意様だ。…それなら、死者蘇生について何か情報持ってたりしないのかな?主が尋ねてみれば、さっきのポーズをもう一回してくれたら話してあげるよ〜とか言ってるけど…うん、それは絶対に無理だと思うよ?もう二度と主はさっきのポーズしてくれないと思う。というか、もう一回見たら今度こそ僕は呼吸困難になる自信があるね!
さっきの光景を思い出して密かに笑っていれば、後ろから聞き覚えのある声で「不死鳥!」と聞こえてきた。うわ、一気に鳥肌立ったんだけど…嘘だろ、と思いながら そーっと振り向けば、そこにはもう会いたくないと思っていたドルイット子爵が立っていらっしゃいました。しかもこっち来ました。そういえばこの人、医師免許を持ってるとか何とか言ってたな…セバスが。今の今まですっかり忘れてたけど。
ちなみにあの事件以来、主は完っ全にトラウマになってて(僕もだけど)あの人の姿を見た途端、僕の後ろへと隠れやがりました。…すぐに見つかったけど。
「ああ…それにしてもなんて痛ましい包帯だ」
「おおおおおお…お父さんとお兄ちゃんがココに来れば治してもらえるって」
「(お父さん…?)」
「(お兄ちゃん…?)」
「そうとも。間違いなくリアンが治してくれるさ。君の両目と見つめ合えるのが今から楽しみだよ」
あーあ…鳥肌立ちまくりじゃん、主。気持ちはわかるけどね?過去のトラウマがあるし、顔は近いし、無駄にスキンシップしてくるし、台詞は歯が浮くし。
…ん?そういえばいつの間にかテイカーさんの姿が消えてる。気配も感じないし、この部屋から出ていったのか?でもまだ集会が始まってないのに、…結局何しに来たんだろう。あの人のことだから何かを企んで、ってことはないと思いたいけど…相変わらず謎が多すぎる人だこと。
辺りを見回して溜息を1つ吐くと、ドルイット子爵に肩を掴まれぐっと前に押し出された。これにはさすがのセバスもびっくり顔ー。何事かと思いきや、どうやら集会が始まるらしい。運び込まれた棺と共にやって来たのは1人の男性。子爵によれば、その男性こそ暁学会の創始者であるリアン・ストーカーらしい。ふぅん…思っていたより若い人なんだな。何となくだけど、もっと歳いってる人を想像してたよ。
「完全なる救済とは何か?それは…完全なる健康です!!健康な肉体、健康な歯、健康な肉体に宿る健康な精神、そして健康な天気。健康は実に素晴らしい!!」
「うっわぁ…見事に暑苦しいの一言だね、コイツ」
「黙って聞いてなさい」
軽く睨まれたので肩を竦めて口を閉じれば、セバスの顔に満足げな笑みが浮かぶ。何だよー主とセバスだってうっわぁ、って苦い顔してたくせに。まぁ、それを素直に口にしたらまーた睨まれそうだから黙ってるけれども。
ちなみに、僕達がげんなりしている間にもリアンさんって人はあつーく語ってます。そして出てきた"死"というキーワード。人間はどれだけ努力をしても、その厄災からは逃れられない…けど、その厄災から救済してくれるのがこの学会の医学。胡散臭いことこの上ねーけど、…どうやらその完全救済とやらを見せてくれるらしい。
運び込まれた棺の中にいたのは、痛々しいほどのつなぎめが見える1人の女性。きっと此処にいる人間は気が付いていない。けど、人ならざる者である僕とセバスにはわかる…この、部屋中に広がるいや〜な臭いがね。貴族から金を巻き上げたいだけのでっち上げ、かと思っていたんだけどね。どうやらあそこにいるのは本物の死体のようだ。うえー、気持ち悪…。
「では皆さんにお見せしましょう!医学の力を!完全救済を!!」
―――バリバリバリバリッ
「電気…?」
こんなんで本当に死んだ人間が蘇るものか。そう思っていたんだ。一度、魂を失った者は決して戻ることはない。だから、目の前で起こっている完全救済とやらも、嘘っぱちだろうと思っていたのに…それなのに。
―――スゥ…
「うご、いた…」
「一体どういうことだ!本当に死人が蘇るだと?!」
部屋の中は拍手と歓喜の声で埋め尽くされていた。…けれど、すぐにそれは悲鳴へと変わり人間共は我先にとばかりに出口へと向かっていく。…ま、そうだよな。誰だって死にたくはない。
"死人"へと視線を戻すと、母親であろう女性を喰い終ったのか棺から出て他の奴らへと狙いを変えた。おいおいおい…こりゃまずい状況になってきたんじゃないか?
「セバスチャン、クロード!」
「「御意、ご主人様!」」
セバスの銀食器が、僕の銃弾が心臓に命中した。本来ならそのまま倒れて動かなくなるはず、だった。そう、そいつは一度は地に沈んだ体を起こし始めたんだ。関節がミシミシと嫌な音を立てているのに、一切動きを止めようとしていない…ナイフも刺さったままだし、銃弾だって心臓を打ち抜いてる所を見ると…痛覚なんて、存在していないんだ。
人間でもない。生き返ったわけではない…文字通り、"屍人"ってことか?
「こいつは一体…!」
「私には解りかねる存在です」
「セバスと同じく。…思ってた以上に、厄介かもよ?この案件は」