灰色と屍人
『暁学会の死者蘇生はただのオカルトじゃない』
そう言っていたのは確か、劉様だった。あの時はそんなことがあるはずがないって内心思ってたけど、今、目の前で起きていることは夢でも何でもない。疑いたくなるけれど、現実だ。これはまた面倒なことに巻き込まれたもんだねぇ。
リアン・ストーカーの部下であろう人達が必死に仕留めようと銃を撃ってはいるが、一向に倒れる様子はない。それどころか標的をその2人に変えて、…喰い殺しやがった。さっきも見たから大分耐性はついたけど、やっぱり進んで見たいものではないよね。ご愁傷様です、ってか?
だが、今の僕らには他人を心配してる暇はないんだよね。逃げちゃったリアン・ストーカーを追おうにも、ちょっと動いただけであの屍人は標的をこっちに変えてくる可能性が高い。そんな奴の隣を通り抜ける為には、やっぱりアレをどうにか始末する他ないだろう。
「心臓は意味がない、それ以外の部位も撃たれようが何だろうが平然としてるときたもんだ」
「とりあえず動けないように解体してしまえばよろしいのでは?」
「だな…それ以外に方法は―――――」
「コイツらは頭潰さなきゃ殺せないよ」
「?!」
突如聞こえた声と、奇妙な音。誰かと思って視線を巡らせてみれば、草刈機と共に眼鏡をかけた男が1人、屍人の頭をグッチャグチャに潰した。…てか、この気配…もしかして。
「あー!!やっぱコイツちゃんと死んでんじゃん!!だからちゃんと回収したって言ったのに〜」
今の言葉で確信できた。この男、大ッ嫌いな死神だ。てことは…あの草刈機は死神の鎌ってことかぁ。つーかさ、何で死神共は皆、魂を狩る鎌が庭用品なわけ?チェーンソーや芝刈り機や枝切バサミとかさ。…別にあいつらの趣味なんてどーでもいいことなんだけど。
でも何で死神が乗船してるんだ?それにさっき、屍人の動きを止める方法を知ってた…ということはつまり、死神はこの死体が蘇る件について何かを知っている可能性が高そうだな。なるべく関わりたくはないけどー…でも何の情報もない今、少しでも手がかりになるものが必要なわけだし?我慢、する他なさそうだよね。
「その格好、もしやあんたらが噂のセバスちゃんとクロちゃん?」
「うげ…何でその呼び方、」
「その呼び方は非常に不本意ですが、いかにも私がファントムハイヴ家執事セバスチャン・ミカエリス、彼が同じく執事のクロード・ロシュホールです」
「死神派遣協会回収課ロナルド・ノックス。ウチの先輩がお世話んなってマース」
自己紹介(不本意だけど)も済んで、早速本題に入る。この件について何か知ってるのか聞いてはみたものの、死神達も詳しいことは何も知らないらしい。でも、魂を回収したはずの死体が活動してるっつー報告があったらしい。それで調査しに来た、っていう経緯らしいよ?どうやら。
だけど、さっき屍人の頭を死神の鎌で潰した時。走馬灯劇場は出てこなかったよな…ということは、あの死体の中には確かに魂は入っていないってことになる。死体が蘇ったわけじゃなく、ただ単に動いてるだけってことだよな。でも一体どうやって?魂が入ってない肉体が動くなんてこと、普通に考えたら有り得ない。有り得ないのに確かに動いていた…その仕組みを知ってるのはさっき逃げたあの男のみ、だろうな。捕まえて吐かすのが一番手っ取り早そうだ。
そうと決まったらさっさと追いかけて―――と、思ってたんだけど、後ろからいや〜な音がしてきやがった。僕は主を、セバスは死神の鎌を押さえる為に動いた。
「…セバス、そっち任しても?」
「ええ、貴方は坊ちゃんを」
「よし…僕達は先に行く!少し遊んでやったらさっさと来い!」
「御意」
あの男を追って辿り着いたのは船底貨物庫に繋がる階段だ。でも逃げ足が速いらしく意外と追いつけない。うーん、僕1人だったら気にすることなく飛び降りるんだけど…主を抱えちゃってるしなぁ。
いや、それでも飛び降りることは可能よ?もちろん主に怪我もさせない。でも此処には一般人がたくさん乗ってるわけだし、こんな所から飛び降りた所見られちゃったらあんまり良くないからねー。ので、大人しく階段を下りていたんだけど…後ろに人の気配がした。
「…誰?そこにいんの」
―――グイッ
「きゃあっ?!」
「っえ…エリザベス様?!」
「何故ここに?!」
「2人が走ってるの見えたから追いかけてきちゃった。待っててって言ったのに急にいなくなるんだもの」
あああ…やっちゃったなぁ。注意深く気配を探っていれば、すぐにエリザベス様だってわかることだったのに…僕としたことがどうも焦ってたみたいだ。膝を折って謝罪すればこの方は笑顔で許してくれたけど。
…しかし、一緒に連れて行くわけにはいかないな。セバスがいれば主を任せて上まで連れて行くことが出来るんだけど、今はアイツがいないから無理だ。エリザベス様の安全も保障してあげたいのは山々なんだけど、ごめんね?僕の一番は主だから。貴方を選んであげることは出来ないんだ。楽しそうに何かを話そうとしたエリザベス様の口にそっと人差指を当てる。
「すみません、エリザベス様。今、主は大事な案件を抱えてまして…一緒にはいられないんです。此処は危険ですから皆様の所へ戻ってください。…ね?」
最後ににっこりと微笑んでから主を抱え直して、僕達は先を急いだ。んー…主を優先したものの、やっぱり心配だなぁ…間違っても後を着いてきてないといいんだけどね。
胸に不安を抱えつつも更に階段を下りていけば、貨物庫に辿り着いた。うん、頭に叩き込んである地図通りだね…まぁ、その通りじゃなきゃ案内図なんて役に立たなくなっちゃうんだけど。
それにしてもあの男は一体、どこまで逃げちゃったんだろうなぁ。追いかけてきた先が此処だったんだからこの辺りにいてもおかしくないはずなんだけど、もっと奥まで逃げちまった、とか?身長に気配を辿ってみるものの、上手く感じ取れないな…ん?あれ、この気配って、
「ねぇ、主。スネークさんの気配するけど」
「は?」
「あっちの、…あ、今音がしたとこ」
主が持っているライトを照らしてみればそこには予想通り、スネークさんの姿があった。その手には皿が握られていて、貨物庫に入れてもらった蛇達に料理を分けに来ていたんだと話してくれました。ははっ本当にスネークさんは蛇が好きなんだなぁ。
ちょっとだけ和んでいたら、後ろからエリザベス様の声。あー…不安が現実になっちゃったよ。あちゃー、と顔を覆って天を仰いでいたら、視界の端で何かが動いていた。人間だと思ったけど違う、これは―――さっき見た屍人と、同じ奴だ!!つーか、持ち込んでたのはあの1体だけじゃなかったってことかよ?!
…ん?屍人の足元にあんのは棺桶か?ああ成程、こん中に入っていたのが出て来ちまったってことか。ライトの微かな明かりでしか確認することが出来ないけど、その棺桶には暁学会の鳥のマークが印刷されてる。やっぱりコレも蘇生された死体、ってことに間違いないってことだよな。主とエリザベス様を庇うように前に立った時、視界に映りこんだのはたくさんの、棺桶。
「嘘、だろ…?」
「クロード?」
「鳥のマークなら…あそこにもいっぱいある。ってオスカーが言ってる」
スネークさんが指した方を、僕が凝視している方へ視線を向けた主とエリザベス様。そこに広がっていた光景に僕達は息を飲んだ。
だってそうだろう?いくつあるかわからない棺桶の全てが、ガタガタと音を立てて揺れてるんだぜ?開かないように拘束具をしてあるけど、それは金属ではなくただの紐だ。…直に、切れるだろうな。
そうなる前に此処を脱出しないといけない…!スネークさんにエリザベス様を抱えてもらおうとしたら、紐が切れる音、棺桶が倒れる音、そして―――棺桶の蓋が開く音が、辺りに響き渡った。中から出てきたのはさっきと同じ、飢えた獣のような屍人。食料を追い求める、ね。