灰色と休養
悪魔で死神。体力や怪我の回復力は悪魔寄りなのか、そのスピードが尋常じゃないんだよね。それが唯一、僕の自慢だったんだけどー…今回は思っていた以上に体力を消耗していたらしく、昏々と眠り続けていたらしい。ようやく目を覚ました時には、あの日から数日が過ぎていてちょっとびっくりした。
そして変化の術を解いた状態で気を失っちゃってたから、起きた時、本来の姿のままだったし。もしかしたら使用人'sに見られたか?!って焦ったんだけど、セバスに聞いてみたらこの部屋には近寄らせないようにしてたから問題ありません、と微笑まれました。…それなら安心、かな。
「ごめんな、セバス。僕が眠り込んでる間、1人で3人のフォローと主の看病してくれてたんだろ?アンタだってひどい怪我負ってたのに…」
「私は少し休めば回復します。…それより貴方は本当にもう大丈夫なんですね?」
アイロンがしっかりとかけられたシャツに腕を通していると、珍しく心配している声音で声をかけられた。驚いて振り向けば、これまた珍しく少しだけ不安気な表情を浮かべてる。え、僕、セバスにそんな顔されるほどだった?確かにお腹貫かれたけど…でも回復するスピードは以上に早いから、そこまでじゃないんだけど。いや、今回は長く眠りこけちゃったけどさ。
僕からしてみればセバスの怪我の方が心配だったけどね?僕とは違って本物の死神の鎌で貫かれただろ?かなりきつそうな顔してたし。
「青白い顔をして寝込んでる間、気が気じゃありませんでしたよ」
「出来損ないとはいえ一応、死神の鎌で受けた傷だったからねー…さすがに効いたよ」
「きちんと塞がったんですか?」
「うん?ああ、お腹の傷?もう大丈夫だよ」
にっこりと笑って着替えに戻れば、さっきしめたばかりのシャツのボタンを全部外された。…うん、ねぇ何してんの?アンタ。早く着替えないと始業時間になっちまうんだけどなー…まだ主は体調が完全じゃないから自室でお休みになってるらしいけど、朝食は食べられるはずだろ?それの準備とかしなくちゃいけないはずなんだけど。
それを口にしてもセバスは何も返さず、ただじーっと貫かれた場所を凝視中。だーかーら、傷はもう塞がったってば。アンタだって僕と同じで、あの傷は塞がってるだろ?何がそんなに気になるんだかねぇ。てか、ずっと前開けっ放しだといい加減、寒いんですけどね。
「なーセバス、お前何がしたいの?」
はぁ、と溜息を吐きつつ投げやりに言葉を紡げば、お腹の辺りをツゥ…となぞられた思ってもいなかった刺激に勝手に体が反応してしまう。反射的に出そうになった声を必死に飲み込めば、触れた手はそのままにクスクス笑みを零すセバスに口づけられた。
ずっと一緒にいたはずなのにこうして触れ合うのはひどく久しぶりな気がして、ただのキスのはずなのに徐々に体の内に熱がこもっていくのを実感する。朝っぱらこれはちょっとマズイでしょ…!
「ん、ふっ…ちょっとセバス…!」
「…そういえば怪我を負ったのは本来の姿の方でしたか」
「え?うん、そうだけど…」
「戻って頂けますか?」
「は?今?!だってもうすぐ仕事っ…!」
「昨日、坊ちゃん直々にお休みを頂きました。今日の給仕はタナカさんにお任せしてますし、問題ないでしょう」
だから戻ってください。
有無を言わさない笑みを浮かべられちゃったら、僕はもう逆らう術がありません。渋々、変化の術を解けばいきなりベッドに押し倒されたんですけどどういうこと?!もうあたしは何が何だかわからないし、起きたばっかりだったからまだ頭はしっかり働いてないしで、きっと頭上にはたくさんのクエスチョンマークが浮かんでると思う。…あれ?もしかして休みだから、ってこのままこの人に食べられる展開…とか?
待ち受ける展開を想像してしまってドキリ、と心臓が跳ねる。でもセバスはあたしを押し倒しておきながら手を出してくることはせず、ベッドに寝転んだままぎゅうっと抱きしめてきたんです。あら、何だか意外な展開だわ。ちょっとだけ残念、と思ってしまったのはあたしだけの秘密だけどね。
「―――…一瞬、貴女を失うかと思いました」
「え?」
「葬儀屋に鎌で貫かれた瞬間を見た時、もう二度と触れられなくなるのかと…そう思ったんです」
「そんなの、あたしだって同じだったわよ」
テイカーさんが鎌を振り下ろした時。貫かれた時。おびただしい量の血が流れ出した時。あたしだって貴方と同じように、このままこの人を失うんじゃないかって思ったの。そう思ったら体中の血が冷えていくような気がしたんだ…すごく、怖かった。
それでも主の手をしっかりと掴んだのを見て、倒れ込んでも瞳を開けてくれたのを見て、生きてるって…まだ生きてるって思えたんだけどね。だけどね、それでもいつかそのまま動かなくなってしまうんじゃないかって思いは消えなかった。その不安が消えたのは、本当についさっきなのよ?
「そう簡単に死ぬことはない、ってわかってはいるけど…目の前で血塗れになられたらそりゃ不安になるわ。今回は…おあいこ、じゃない?」
「…ええ、そうかもしれませんね」
「ふふっでも意外ね?心配してくれてるとは思わなかったわ」
「こんな風になるのは貴女だからですよ、アリス」
額に、瞼に、鼻先に、頬に、最後に唇に落とされた優しいキス。それが暖かくてくすぐったくて、自然と頬が緩んで笑いが漏れてしまう。
あんなことがあったのに何て穏やかな時間が流れているのかしら。
「このまま貴女を喰らってしまっても?」
「あら、こんな朝っぱらからなんて意外ね」
「せっかくお休みを頂いたのですから、有意義に過ごさなくては」
「やだ、朝からこんな行為をするのが有意義なの?」
でも拒もう、という気がないのは、あたしが貴方に惚れこんでしまっている証拠ね。首に腕を回してそっとキスをすれば、それが合図。
恐ろしい体験をした後に待っていたのは、それ以上に甘く優しい愛撫。