憂鬱の終わり


力が失われるのが突然なら、当然ながら戻るのも突然なわけで。
出来れば予兆とかあるとこっちとしては有難いんだけどなー、と頭の片隅で考えていた。



―――シャッ

「あーるじ!ほら、朝だよ」
「…クロード、何度も言わせないでください。もう少し起こし方というものが…」
「普通に起こすよりこっちのが手っ取り早いだろ?」
「………クロード?」


まだ半分夢の中なのか、ぼんやりとした顔で僕を見上げてくる主はもうとんでもない程に可愛い。めっちゃ可愛い。抱きしめたいくらいに可愛い。実際にやったら烈火の如く怒られるだろうから絶対にやらないけど。
セバスが淹れてくれた紅茶をどうぞ、と差し出せば、ようやくハッキリ目が覚めたらしく大きく目を見開いてもう一度大きな声で僕の名を呼んだ。それにはい、とだけ答えれば、主にしては珍しく混乱しているらしい。わけがわからない、という顔でこっちを凝視中。
てか、急に本来の姿に戻った時の方が冷静だったんじゃない?この人。コッチの姿になった時の方が驚きがでかいってどういうことですか。別にいいけど。


「も、…元に戻ったのか?」
「ええ、この通り。いつも通りの僕ですよー」


ほぉら、と変化の術を解けば、しげしげと色の違う両の瞳を見つめて本当だ、と呟いた。
昨日までは黒のだったあたしの瞳は、今日の朝、紅と黄緑色に戻っていたのです。まぁ、あたし自身も最初は全く気が付いていなくて、セバスに言われて戻っていることに気が付いたんだけどね。だって、瞳の色なんて鏡を見ない限り、自分では気が付くことなんてないでしょう?力が戻ったからって勝手に男の姿に変化してくれるわけじゃないし。力を失った時はすぐにわかるけど、その逆はなかなか気が付きにくいのよねぇ。至極面倒だけれど、そういう体なのだから仕方ない。というわけで、主も納得頂けたようなので男の姿に戻る。
あー、1週間ぶりのコッチの姿だ!もう何百年もコッチの姿でいるから、何となく安心感があるんだよな。何でだか男の姿の方が軽く感じるし、何より服がめちゃくちゃ動きやすい。女性の服もきらびやかで、可愛らしくて、決して嫌いではないけど…やっぱりさ、動きにくいんだよなー特にスカート。コルセットでぎゅーっと締め付けるから、すげぇ苦しいし。


「あいつらもびっくりしていたんじゃないのか?」
「はは、…朝っぱらからでっかい声で叫ばれて抱きつかれました。たった1週間いなかっただけであんな状態になるってどういうことですかね」
「僕が知るか」
「坊ちゃんの命でしばらく留守にする、と伝えてあったはずなのですがねぇ…」


そう。僕が突如、力を失ってお客人として扱うことが決まった時。クロードは主の命で遠くの街へ使いに出ている、ということになったんだ。何日そのままかわからなかったから、そういうことにしておいた方が都合がいいだろうということになってね。だから決して黙って姿を消したわけじゃなかったんだけど、…何故だか叫ばれた。そして抱きつかれ、フィニに至っては泣きそうな顔をされました。何でだよ。事故にもあってねぇし、死んでもねぇっての。
僕が戻ってきたということは、御客人のアリスは姿を消すことになる。当然ながらね。仕事が始まってから騒がれても面倒だし、ということで、朝の連絡事項を説明する時に今朝早くに迎えが来て早々に屋敷を後にされた、と皆に伝えてもらった。こっちはすんなり納得してもらえて助かったよ、ちょっとだけ寂しそうな顔をされて罪悪感を感じたのは僕だけの秘密だけどな。


「あ、主。今日のスケジュール説明してもいい?」
「構わん」
「午前中はいつも通りお勉強、んで昼食を済ませたらクリスマスに売り出す商品の確認と、諸々の書類に判をお願いしますね」
「わかった」
「それともう1つ。午後にエリザベス様が来られるご予定です」
「ああ…そういえば連絡がきていたな。セバスチャン、クロード、おやつは2人分用意しておけ」
「はいはーいっと」
「かしこまりました」


ようやく日常が戻ってきた!って感じだね。1週間この仕事から離れていたからどうなることかと思ってたけど、それはもう体に染みついているものだったらしく意外とすんなり動いてくれた。…まぁ、スケジュールとかに関してはセバスに教えてもらったけどな?さすがにそこまでは把握できてなかったし、関与もしていなかったから。
けど、困ったのはそれくらいだったかなー。朝食の準備も、紅茶の準備もすんなり出来たし。体の記憶ってすげぇんだなー、とまるで他人事のように感動してしまった早朝だったのでした。

主の着替え、朝食が済んだ後は屋敷内の掃除を。その合間に使用人’sの失敗のフォローやら後片付けをしていたら、あっという間に夜になりました。それ+おやつの準備と夕食の準備もあるからね!相変わらず鬼だよな、セバスって。…でもまぁ、昨日までお休みもらってたようなもんだからこのくらい文句言わずにやるけど。きっと1人でフォローやら何やらに回ってて大変だっただろうし。そもそも僕の仕事でもあるしね、これ。
うあー…それにしても、やっぱり力が戻ると体の疲れが出にくくて助かるなー。精神的な疲れは出るけど、どれだけ動いても昨日までの疲れがないのはやっぱり有難い。ひっさしぶりすぎてすっかり忘れてたけど、人間の体って思ってた以上に軟弱なのな。

(まぁ、僕は人間でも何でもないけど)

そもそもそこが不思議な所なんだよね。僕は悪魔と死神のハーフであって、人間とのハーフじゃあないんだ。だから何故、力が使えなくなった時に人間と同じになるのかが全くわからない、理解出来ない。何百年経とうとも解けない謎、ってやつなんだよなぁ。別に解く気もねーけどさ?気にはなるものの。
まぁあれか、悪魔と死神のハーフってのが異例すぎるみたいだし?誰に聞いたってわかることじゃないんだろうな。研究しようっていう物好きもいないだろうから。
てなわけで、考えても無駄なことは考えないことにする。コレ、僕のモットーね。面倒事は大嫌いなんだ。
そんなことより、もっと考えなきゃいけないことが今はあるんです。何かって?それはだね…


「この服、…一体どうすりゃいいのよ」


客室の置きっぱなしにしておくわけにもいかなかったので、さっき、こっそりと持ち出してきた大量の服。それも女性物。そう、ニナさんに作ってもらったもの達だ。主に賜ったものだから捨てる気なんて毛頭ないけれど、保管場所には困るよね。
だって僕とセバスに与えられてる部屋って、使用人の中では広い方だけど…主みたいな部屋ではないから衣裳部屋なんてあるわけないし、そんなに収納場所が多いわけでもないんだよ。かと言って、主の部屋で保管してもらうわけにもいかないしなぁ。
ベッドに積み上げた服を見ながらうーん、と考え込んでいると、ドアがガチャリと開いた音がした。


「クロード、もう戻って……一体、何事ですか」
「ああセバス。いやさぁ?ニナさんに作ってもらった服を回収してきたんだけど、どうしたもんかなーと思って」
「保管場所のことですか、確かに考えていませんでしたね」


山になっている服を一着手に取って、僕と同じようにうーんと考え込むセバス。…でも手に持ってるのは女性物の服であるので…何て言うか、その…すっげぇ異様な光景なんだけど!そう、異様なんだ、異様なんだけど…何でなんだろうね?セバスだと妙に絵になるっつーか。いや、こんな光景を絵にされても笑っちゃうけど。間違いなく。


「…仕方ありません。明日、坊ちゃんに衣裳部屋の一角をお借りできないか聞いてみましょう」
「ええ?それはちょっと気が引けるなぁ…」
「ですが、それ以外に方法はないと思いますよ?私達の部屋では保管できる場所がありませんからね」


うん、それはまぁごもっとも。他に名案があるわけでもないし、客室に置いたままにしておくわけにもいかない…だってこれはあくまでお客人として来ていた彼女の持ち物なんだもの。そのままにしておいたら、何で置いていったの?って話になるじゃん?そうなったら面倒なことになりそうだし、…気が向かないけど、セバスの言う通り明日聞いてみるしかないよなぁ。嫌がりそうな顔しか浮かばないよ、女性物を保管させてください、なーんてさぁ。
ひとまず、ベッドに積み上げてしまったこれを何処か別の所に置いておかないと、僕が眠る場所がない。大きな籠でも借りてくるか。そうと決まれば、と部屋を出ようとしたらセバスに腕を掴まれた。どうしたのか、と視線だけで尋ねてみればにっこりと笑みを浮かべるだけ。…何なんだ?


「?何だよ」
「何処に行かれるのですか?」
「このままじゃベッド使えないし、籠でも取りに行こうと思って」
「必要ないでしょう、昨夜のように私のベッドで一緒に眠ればいい」


当然だ、と言わんばかりの顔してっけどな?それ、別に当然でも何でもねーから!!


「…私と共に眠るのは、嫌ですか?」
「ッ、…!み、みもとで喋んな……っ」


ああもうっ!そういうことすっから一気に体温上がってきちゃったじゃねーか!!セバスのバーカ!!!悔しいからぎゅうっと抱きついてやったけど、不意打ちにも関わらず全く効果なーし!クスクスと楽しそうに笑っちゃってまぁ、…本当にコイツには一生敵わないんだろうなぁ。はは、昨日もこんなこと思ったような気がするわぁ。

でもそれを嫌だ、と思わないのはきっと―――思ってる以上に、セバスのことを愛しちゃってるってことなんだろうね。

襟元を引っ掴んで歯がぶつかる勢いでキスを1つ。さすがにこれには驚いたらしく、少しだけ間抜けな表情を浮かべてるセバスを見ることが出来て大満足だ。さて、満足した所で横になろうかなー。
さっさと着替えてベッドに潜り込めば、我に返ったセバスに額を小突かれた。いってぇな、アンタが一緒に眠ればいいって言ったんだから潜り込んだって構わないだろうが。


「ほら、セバスも早く来いよ」
「そういう言い方をすると、誘っているものだと勘違いしますよ」
「別に勘違いしてもいいけど、…今日はただ抱きしめてくれるだけでいーよ」

―――ぎゅう、

「おや、今日は甘えたですね」
「いーじゃん。1週間、まともに一緒にいれなかったんだし」


ふあ、と欠伸を漏らしつつそう言葉を投げれば、額に口づけが1つ。そしてぎゅうっときつく抱きしめられた。すん、と鼻を鳴らせばふわりと香る彼の香りに、心がひどく安心したのを感じた。…ああ、やっぱりセバスの香りは落ち着くなぁ。大好きだ。
ゆるゆると落ちてくる瞼に逆らうことをせず、おやすみと小さな声で告げれば、おやすみなさいと返ってきた。ただそれだけのことなのに、幸せだなーって思ったんだ。

人目を気にすることなくくっつける本来の姿っていうのは、ひどく魅力的だけど…でもやっぱりセバスとは対等の立場でいたいかも、なんてことを考えながら夢の世界へと旅立った。



(せっかく服を仕立てたのですし、近いうちにまた2人で何処かへ行きましょうか)
(ほんとっ?!)
(クスクス、…私は嘘をつきません。それは貴方がよく知っているでしょう?)
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