贈り物とお嬢様


セバスと初めてデートをしたその夜。食事もお風呂も済ませて、あとは寝るだけ…眠気なんてきていないけれどひとまず自室に戻ってきたものの。
正直、暇なんです。けれど、わがままを言って主の傍にいさせてもらうわけにもいかないからねぇ。本音を言えば話し相手になってほしかったけど。



主にもらった本でも読もう、と机の上に置きっぱなしにしていた本を手に持った時だった。昼間、セバスにもらった物をまだ開けていないことに気が付いたのは。屋敷に戻ったら開ける、とは言っていたものの、デートが楽しすぎて帰るのが遅くなっちゃったのよね。
夕食の準備はセバスが出かける前に済ませていてくれたから、温めて配膳するだけだったし特別問題が起きたわけではなかったんだけど…それでも何となく頭からこの贈り物のことがすっかり抜け落ちてしまっていたものだから。それでも恋人からの贈り物を今の今まで放っておくのも、自分でどうなのよと思うけれども。読もうと思っていた本は一旦、机の上に放置!彼にもらった小さな箱を大事に抱えてベッドに戻る。


「…ただ開けるだけなのに、何だか緊張しちゃうわね…」


綺麗に結ばれたリボンを解き、これまた綺麗に包まれた包装紙をそっと剥がせば中から藍色の小さな箱が現れた。中身はきっとアクセサリーだろう、と昼間も予想してはいたんだけれど、どんなアクセサリーが入っているのだろうか。けどきっと、ネックレスかブレスレットかしらね。
真剣に選んでいたセバスの顔を思い出してクスリ、と笑いが漏れる。いつだって真剣な顔をして仕事をしている彼だけど、ああいう時もとても真剣な顔をするのね。でも、ちょっとだけ嬉しかったのよ?あたしの為に選んでくれてた、って聞いて。ふふ、悪魔にもそんな人間っぽい行動をすることがあるなんて意外よね。あたしを愛してくれていることだっていまだに意外だ、と思っているけれど。
それはさておき。いい加減、この小さな箱を開けてみることとしましょうか。相も変わらずドキドキしている心臓を落ち着けるように大きく深呼吸をして、そっと箱を開けてみれば…そこに入っていたのは予想だにしていなかったモノ。一通り、静かにパニックを起こしたあたし。それが落ち着いた瞬間、勢い良く部屋を飛び出したのは言うまでもない。
部屋を飛び出して向かった先はもちろん、日誌を書いているであろう彼の部屋だ。部屋を出る前に見た時計はもうすぐ日付が変わろうとしていた。仕事が滞りなく終わっていれば、自室で日誌を書いているはず。普段、一緒に仕事をしているからそのくらいは把握済みなのです。
実際、屋敷内はしんと静まり返っているから、主はもう就寝しているであろう。それに使用人’sの声も聞こえないから通常業務は終わっているとみて間違いなさそうだしね。そういうわけで、あたしはキッチンなどを見ることもなく一直線に彼の部屋を目指す。あたしの部屋でもある、セバスの自室を。

少しだけ乱れた息を整えて、持ってきていた小さな箱をぎゅっと握り直す。走ってきたせいもあると思うけど、心臓がうるさくて仕方ない。呼吸は元に戻りつつあるのに、鼓動はいまだにドクドクと忙しなく動いている。有り得ないくらいに緊張している、ということなのだろうか…それとも舞い上がってしまっている?
ああ、でもいい加減に部屋の中に入れてもらわないと足が冷たい。意を決してノックをすれば、中から訝しげな声音が聞こえてきた。まぁ、当然の反応よね?時間も時間ですもの。


「あの、…アリス、です」

―――ガチャッ

「アリスッ…?!」


驚いた表情でドアを開けたセバスはあたしの格好と足元を見て、眉間にグッとシワを寄せる。薄いパジャマの上には何も上着を着ていないし、急いで飛び出してきてしまったから靴もスリッパも履いてきていないの。つまり裸足、というわけ。そりゃ眉間にシワを寄せたくもなるわよね?あたしだって同じような格好で主が部屋を訪ねてきたら、彼と同じ顔をすると思う。間違いなく。
はぁ、と大きな溜息を吐いたセバスは無言であたしを抱き上げて、そっとベッドへと運んでくれた。お説教かなー、と思っていたんだけど、小言は降ってこなくて。その代わりに降ってきた言葉は「温かい飲み物を持ってきますから少し待っていなさい」だった。
何か言葉を返す前に彼は静かに部屋を出て行ってしまった。出ていく前にしっかりと自分のジャケットをあたしの肩にかけて。…でも、温かい。肩にかけられたジャケットからも、部屋からも微かにセバスの香りがする。少し前までこの部屋にいるのが当たり前だったから、とても落ち着く。
此処で寝た方が安眠できると思うんだけど、力が戻るまではきっとそれを言っても突っぱねられてしまうに決まってる。お客人として迎えられてしまっている今では特に…ね。

ボーッとしていたら、いつの間にかセバスが戻ってきていたようで目の前に湯気が立ち上がっているマグカップが差し出されていた。すん、と鼻をならせば甘い香りがする…これ、ホットミルク?しかも蜂蜜入りかしら。
ありがとう、と受け取れば、あたしの隣に腰を下ろしてグイッと肩を抱き寄せられた。あら、もしかして暖めようとしてくれているのかしら?ふふ、表情を見る限りあまり変わっていないように見えるけれど、心配してくれているみたいね。体調を崩したりしないか。今のあたしは人間と変わらないから。


「全く…何て格好で部屋を出ているんですか貴女」
「ごめんなさい。急いで出てきてしまったから…つい」
「つい、じゃありませんよ。とにかく、そのホットミルクで体を温めなさい」


用件を聞くのはそれからです。
溜息交じりに紡がれた言葉に苦笑しながら頷いて、大人しくホットミルクを飲むことにした。ん、ほんのり甘くて美味しい…それに体が温まる。主が寒い日にご所望されていた理由がよくわかるかも、あと眠れない日とか。飲み終わる頃にはどこかに飛んでいってしまっていた眠気も戻ってきそうよね。
ホットミルクを飲み干せば、冷え切ってしまっていた体に徐々に熱が戻ってきた。空になったマグカップをサイドテーブルに置こう、と手を伸ばせば、マグカップは一瞬にしてセバスに取り上げられてしまう。そして徐に立ち上がった彼を視線で追えば、キッチンにマグカップを片づけてくるとだけ言って、またもや部屋を出て行ってしまいましたとさ。
ちょっとだけ寂しいな、と思ってしまうけど…まぁ、すぐに戻ってくるわよね。
ゴロン、と彼のベッドに横たわり持ってきていた小さな箱を取り出して、指で遊ぶ。この中に入っているアクセサリーが示す意味は、あたしが予想していることと同じなのかしら?それともただの気まぐれ?悪魔の彼の考えていることはいつでも簡潔明瞭のようで、実はよくわからないことの方が多い。価値観とか、性格とか、そういうものから生じる些細な違いなんだろうな、とは思うけど。


「でも、これに関しては人間と一緒なのかなぁ…?」
「1人で何をブツブツ言っているんですか?」
「ぅわあ?!」
「…貴女、本来の姿でも悲鳴に色気がないんですね。さすがに驚きました」
「アンタはあたしに何を求めてるのよ…」


本当にもう、この猫馬鹿変態悪魔のすることは心臓に悪すぎる!内心文句を言いながら体を起こせば、頭上から「おや」と声が聞こえた。何か珍しいものでも見つけたのかしら。首を傾げて続きを促せば、手に持ったままだった箱を指差して「開けたんですか?」と問いかけられる。…あぁ成程、これを見て少し驚いたような声を上げてたのか。
問いかけにコクリ、と頷きだけを返せば嬉しそうに笑ってくれたもんだから、ドキッとしちゃったじゃない…!セバスの笑顔に弱いんだからあたし。普段の愛想笑いなら問題ないんだけど、今みたいに心から微笑まれてしまうと…心臓が忙しなく動き始めちゃうの。いつまで経っても慣れそうにない気がするわ。


「貸してください」
「え?」
「せっかくですからつけて差し上げます」


素直に箱を渡すと、中に入ったままのソレを取り出してあたしの右手の薬指にそっと嵌めた。
そう。彼がくれたのはシンプルだけれど、内側に小さな宝石が埋め込まれたシルバーの指輪だったのです。ネックレスかブレスレットだろう、と思っていたあたしには衝撃が大きすぎるプレゼントで、思わずこの格好で部屋を飛び出してきてしまったというわけ。ね?上着を羽織ってこなかったのも、裸足のままだったのも頷けるでしょう?びっくり感が半端なかったんだから、本当に!
…でもじわじわと嬉しさが胸に広がってきていて、自然と口元が緩んできてしまうのはどうしたらいいんでしょうか。とりあえず下を向いてセバスに見られないようにしよう、そうしよう。こんなだらしない顔を見られたら、あたしは恥ずかしさの余りに大きな声で叫んでしまう気がする。いや、叫ぶっていうか発狂に近いかも。うん。
けど、そんなあたしの心境を知る由もないドSな彼がそんな状態を放っておくこともなく。はい、…くいっと顎を掬われて上を向かされましたよ!そんなこったろうなーとは予想してたけど、やっぱりこんなだらしない顔を見られるのは恥ずかしいんだってば…!絶対に顔真っ赤になってるし!!


「セバス、やだ、あたし絶対だらしない顔してるから見ないで、」
「…馬鹿ですね。好きな女性に嬉しそうに笑って頂けて喜ばない男がいますか」
「へ?っきゃ、…」


ドサリ、と勢い良く押し倒された。何て言うか、うん、あの、状況がすごい勢いで変わっていくものだからあたし、いい加減についていけなくなってるんですけど…?処理が追いついていないんです。だって何で急に押し倒されてるの、って感じでしょう?
それを問いかけようとすれば噛みつくようなキス。呼吸もままならないくらいに最初から激しく唇を奪われてしまっては、徐々に思考回路が停止していっているような気がする。だってほら、もう頭の芯がボーッとしてきてるもの。いつも思うけど、セバスのキスはまるで麻薬みたい。
ようやく唇が解放されて瞳を開くと、珍しく余裕のない表情を浮かべたセバスが映った。普段、こういう時はムカつくくらいに余裕な表情を浮かべて、妖艶に笑っているというのに…今日はどうしたのだろうか。


「セバス…?」
「私としたことが…貴女に、アリスに触れるのが久しぶりで興奮しているようですね」


もっと、…奥まで深く触れたくて仕方ない。
耳元で囁かれる甘く低い声に、熱を帯びた吐息に、言葉に、ゾクリと体が震えた。たったそれだけのことなのに、体中の血が沸騰しているような錯覚まで引き起こしそうなくらいに熱が上がってしまう。この人に求められるのはこれが初めてじゃないというのに、どうしてこんな生娘みたいな反応をしてしまうのかしらね。
…けど。きっといつまで経っても、あたしはこの人に―――セバスチャンに振り回される運命なのでしょう。ふふ、そんな人生も悪くはなさそうね。
クスリ、と笑みを零してあたしは彼の首筋へと腕を絡めた。


「ねぇ、セバスチャン。…奥まで貴方をちょうだい?」
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