再走
いくつか日常に変化が起こっても、大部分は変わらないものだ。不変というものとはまた少し違うけれど、巡り、変わりゆく日常の中でそういうものは大事だと私は思ってる。
「なーんかジープに乗るのも久しぶりだよなぁ」
「5日くらい閉じ込められていたようなものですからね」
「とんだ時間のロスだ。飛ばせよ、八戒」
「まぁ、いいじゃありませんか。普段は忙しない生活なんですから、ゆっくりすることだって大事ですよ〜」
「確かに香ちゃんの言う通りかもな」
ようやく橋が直り、前日までに買い出しを済ませておいた私達は朝食を食べてすぐ、町を出ることにしました。さっさと進むぞ、と三蔵様は不機嫌そうに仰っていますけど、たまにはこうして息抜きをしないと身体も心も参っちゃいますよ?まぁ、三蔵様はそれがどうしたって言いそうな気がしてますけど。
この町に着いて色々なことがありました。
神話の中だけのものだと思っていた四神が目の前に現れたり、はたまたそれに襲われたり、とある方の生まれ変わりだって言われたり、魂を抜かれそうになったり(いや、抜かれたのかな?)、…思い返せば現実味のないことばっかりのような気がしますけど、でも本当のことなんですよねぇ。
あの町にいる間は妖怪に襲われることはありませんでしたけど、平和ではなかった―――かな。でも悪いことばっかりではありませんでした。大好きな方と気持ちが通じ合って、夢なんじゃないかって疑いたくなるくらいに幸せで。
(きっとこれ以上に幸せなことなんて、この先、ないような気さえする)
誰かを好きになって、その方と気持ちが通じ合うことって奇跡に近いと思うんですよ。だって必ずしも相手が自分と同じ気持ちを抱いているとは、限らないでしょう?それこそその可能性はゼロに限りなく近いことだと思うんです。
…でも、八戒くんも私と同じ気持ちを抱いてくれていて…よく怖いくらいに幸せ、って言葉を聞きますけど、こういうことを言うんでしょうね。きっと。
―――ポン、
「悟浄くん?」
「…イイ顔になったよ。香ちゃんも、アイツも」
「!」
「幸せだって笑ってねーと、許さねぇかんな。俺」
「はい。……ありがとう、悟浄くん」
こっそり告げられた言葉に、ちょっとだけ切なくなる。
けれど、そんなセンチメンタルな気分は長く続きませんでした。何故って?そんなの―――
「見つけたぞォ!貴様らがおたずね者の三蔵一行だな?!」
こんな風に妖怪の襲撃があるから、ですよ。
「ったくよー、少しくらい感傷に浸らせろっつーの!」
「フン。貴様にそんなもん必要ねぇだろ」
「うるっせーぞ、生臭坊主!!」
悟浄くんと三蔵様が口論している間に、私と悟空は一足先にジープから飛び降りた。着地するのと同時に得物を握りしめ、それを振るう。悟空の如意棒が、私の愛刀が次々と妖怪達を薙ぎ払っていく。1人、また1人と妖怪の数が減っていくのを肌で感じていました。
そして最後の1人を―――三蔵様の銃弾が、仕留めるのは私達の常だ。
数はなかなかに多かったですけれど、そう時間もかかりませんでしたね。5人対大多数なので、普通に考えれば私達の方が不利なのは明らかなんですけれども。…ま、理由はいくつもあれど、こんな所でくたばって堪るかーっていうのが私達の信条のようなものなので。
「ひっさびさに暴れられると思ったんだけどなー」
「呆気ねぇなぁ、相変わらず」
「紅孩児の刺客というより、そこらへんの雑魚だったんでしょう。仕方ありませんよ」
「…イイ性格になったな、貴様」
「あはは、そうですか?」
変わらない彼らの笑い声が、耳に届く。どれだけ日が経とうと、どれだけの出来事が私達を襲おうと、どれだけ遠くの地へ行こうとも、これだけは決して変わらないものだと思うんだ。…そして変わってほしくない、とも思っているんですよ。
(私が一番守りたいのは、きっといつまでも変わりませんね)
さあ、置いていかれないうちに彼らの背を追わないと。走り出そうとした所で、ザァッと風が吹き荒れた。その風が運んできたのは、目を奪われる程の桜の花弁達でした。
町の広場で咲いていた季節外れの桜でしょう、その花弁が風に乗ってここまで運ばれてきたんですね…まだそこまで離れた場所ではありませんから。綺麗な桜吹雪に思わず、足を止めて見入ってしまう。
―――いってらっしゃい。香鈴さま。
不意に声が、聞こえたような気がしたんです。幼くて、でもどこか大人びている桜華の声が。…ああそうか、これもまた貴方の遺された意思なのね。桜華。散っても尚、心配してくれているのかしら?
でも大丈夫よ、私には心強い方達がついているから…だからこれからも、絶対に大丈夫なの。きっと何があっても私は、迷ったりしないわ。
「香鈴、そろそろ出発しますよー?」
「あ、はぁい!」
いってきます、と小さな声で紡ぎ、私は駆け出した。愛しい人の元へ、大切な方達の元へ。
たくさん笑って、泣いて、怒って、傷ついて、…それでもきっと手離せないし、手離したくない。そうやって私達は生きていく。そうやって私達はまた―――西を、目指すんだ。
「―――よろしかったのですか、観世音菩薩。香鈴殿を手元に置いておける最後のチャンスだったのでは?」
「…愚問だぞ、二郎神。つーか、その問いはこれで二度目だ」
一度目はアイツが天界で修業を終えた後だ。あの時も二郎神は同じ顔で、同じ言葉を口にした。けど、何度問われても俺の答えは変わらねぇ。アイツの、…香鈴の幸せは確かにあそこにある。いや、むしろあの男の傍でしか得られねぇもんなんだろうよ。
それにきっと、無理に手元に置いても無駄だろう。アイツは絶対に留まっちゃくれねぇさ、何せ俺の姫さんは―――とんだお転婆娘だからな。それも恐ろしい程に肝の据わった、な。
再び、視線を水鏡に戻せば。妖怪共を蹴散らし、ジープに乗り込む奴らの姿が見えた。ふん、ムカつく程にイイ顔をするようになったじゃねぇか。
「―――撃ち続けるだけなら弾はじきに尽きる。ただガムシャラに乱射することしか知らなかったアイツらが、今改めて腹に弾を込め直したってことさ」
そう。色んなモンを見て、感じて、アイツらなりに噛み砕いた…
「『現実』という、何よりも確かな弾丸をな」
輪廻転生―――魂は巡り、500年の時を越えて黄金の元へ集った寄せ集め共。しっかりてめぇらの生き様を見せつけてみやがれってんだ。
そして今度こそ、守ってみせろよ?天蓬元帥…いや、猪八戒。
「…さあ、再装填は済んだぜ。あとはブチかますだけ―――そうだろ?」
準備はいいか、野郎共。