西へ


あの御方が1人で訪ねてくるなんてことは、早々ない。いつだって悟空を連れて来ているし、用事がある時は私達が慶雲院に赴くことの方がずっと多いんです。





「はーい、どちら……三蔵様?」
「さみぃ。とっとと中に入れろ」
「え?…ああ、はい。どうぞ」


ドアを開けた先にいたのは寒さで身を縮みこませ、眉間に深いシワを刻んだ三蔵様。こんな風に1人で来られるのは初めてに近いんじゃないかしら。そんなことを考えながらお茶を用意して、リビングへと戻る。


「八戒くんと悟浄くんに用事ですか?彼ら、今はバイトに行っていて帰ってくるのは夕方だと思いますが…」
「―――そうか。だが、お前にも用がある。座れ」
「はあ…」


座れ、と口にした三蔵様は、まるで此処が我が家と言わんばかりの口ぶりだけれど…実際は悟浄くんの家なのだけれどね。でもまぁ、この御方の性格を考えるとそうなってしまうのは致し方ないことなのかも。
そんなことよりも私に用事なんてとても珍しいことですね?一体、何があったのでしょうか。淹れたてのお茶が入ったカップを三蔵様に渡し、向かいの席へと腰を下ろした。
私が座ったのを確認し、お茶を一口だけ飲み、三蔵様は静かに口を開いた。それは今日の朝、三仏神様に呼ばれ斜陽殿へと赴いていたということだった。ああ成程、私のお仕事がお休みだったのは呼ばれていたからだったのですね。
けれど、それをわざわざ私に言うなんて珍しいこともあるものだ…それともまた、何か依頼をされてそれを私達に頼みたいということなのでしょうか?


「ここ最近の、妖怪の動向がおかしいのを知っているか」
「ええまぁ、多少は…急に人間を襲うようになった、と。私は直には目にしてませんが…」
「その原因とされているのは―――負の波動」
「負の波動、…ですか?」


イマイチ、ピンとはこなかった。負の波動が妖怪の狂暴化の原因だと言われても、まずその負の波動とは何ぞや?って話になってしまうし、それを私に話している三蔵様の意図も一向に読めないんです。
話はまだ続く、その負の波動を発しているのが牛魔王の蘇生実験だということ。蘇生実験は天竺―――遥か西の地で行われていて、三仏神様からその実験を阻止するよう命を受けたそうなんです。悟空、八戒くん、悟浄くんを共として。

―――ああ、そうか。私は、…連れて行くことができないのか。だからきっと、三蔵様自らその説明をしに来られたのかもしれませんね。私が妖怪だから、そして女だから…だから、共に連れて行くことはできない・此処に残れと、そう仰りたいのでしょう。

(…バカみたいだ。1人になるだけ、彼らの足手まといになるくらいなら―――)

いっそ、置いていかれた方がいい。そう思おうと思うのに、どうしてだろう…こんなにも、置いていかれることが辛いと感じてしまうなんて。


「三蔵様、ハッキリ仰ってください。私は―――」
「お前も西への旅に同行しろ」
「………は?」
「聞こえなかったのか?お前も旅に…」
「いっいいえ!決して聞こえなかったわけではなくてっ…私も、連れて行って頂けるのですか?」


この御方は確かに言ったのだ。西への旅の共に悟空、八戒くん、悟浄くんが選ばれたのだ、と。そこに私の名はなかった、だから三仏神様からは置いていけと言われたのだと…そう、思っていたのに。それなのに三蔵様の口から紡がれたのは、真逆の言葉だったのです。


「一応、お前の罪は俺の仕事を手伝うことで償えるようになってんだ。当たり前のことだろ」
「―――そういえば、そうでしたね」


私の一生をかけて、罪を贖えるように口添えをしてくれたのはこの御方だった。だからきっと、よくよく考えればわかったことだったんです。私が置いていかれる未来なんて、これっぽっちも存在しなかったことは。あーもう、何だか一気に気が抜けちゃいました…というか、原因は私の早とちり(のようなもの)にあったわけなので、自業自得なのですが。内心溜息を吐きながら、けれどそれを三蔵様に悟られないようにお茶を口にすることで誤魔化した。

会話が途切れた後はお茶を啜る音や、新聞を捲る音だけが部屋の中に響き渡っていて。コトン、とカップがテーブルの上に置かれる音が聞こえた瞬間―――三蔵様が徐に立ち上がった。


「三蔵様?」
「用は済んだ。…さっきの話、覚悟を決めておけ」
「…はい」


旅に出るということは、楽しいばかりではないこと。蘇生実験を阻止するということは、容易いことではないこと。辛く苦しい旅になることでしょう、それでも共に行くと言うのならば覚悟を決めろ―――きっとこの御方はそう言いたいのでしょうね。…ひどくわかり辛いですけれど。

三蔵様の背を見送り、部屋の中を見渡す。旅に出るのがどれくらい後のことかはわからないけれど、しばらくはこの家に帰ってこれなくなるんだ…淋しい、とは思わないけれど、それでも思う所はある。だから何となく、目に焼き付けておきたくなったんです。帰ってこれる、という保証がないことも、覚悟をして。
置いていかれない為にも、死なない為にも私は、…女であることを捨てなくちゃいけませんね。ふふっ八戒くんとの特訓がこんな形で役に立つ日が来るなんて、想像もしていませんでしたね。でもおかげで何とかなりそうだ。


「自分の身は自分で。…そのくらい、覚悟していますよ。三蔵様」


そして賑やかすぎる5人での旅が、幕を開けた―――。
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