芽生え始めた恋心


幼い頃からあの村を―――と言うより、家の敷地内からほとんど出たことがなかった私は、皆さんが驚くほどに世間を知らない。らしい。
例えばお祭り。きっとあの村でも行われていたものなんでしょうけれど、近づくなと言われていたから見たこともなかったし、大分離れた所に家を建てていたから音すら聞いたことがなかったんです。だから、言葉としては知っていてもそれがどういうものなのかは、全くわからないというのが本音。

何がきっかけだったかは覚えていないけれど、その話をしたら悟空に一緒に行こう!とお誘いを受けたんです。何でも近いうちに大きなお祭りがあるらしく、それに行ってみないかってことだったみたい。というか、八戒くんと悟浄くんと暮らし始めて大分経ちますけど、お祭りに行ったことなかったな…やっていたことも知らなかったし。


「ああ…何でも今回のお祭りは、数年に一度しか開かれないそうなんです。僕も初めてですよ」
「俺も、だな。今までンなもんに興味なかったしよ」
「そうだったんですか、…じゃあ八戒くんと悟浄くんも楽しまなくちゃ」
「!…ええ、そうですね。楽しんじゃいましょうか」
「悟空と待ち合わせしてんの夕方だろ?昼間、色々見て回ってみよーぜ」


色んな出し物やってるみたいだから、とお祭りのチラシを見せてくださいました。チラシに書かれていたのはお祭りの日程や出し物のスケジュール。あ、すごい、夜には花火が上がるんだ、いいなぁ、これも見てみたいけど難しいかなぁ。お昼から夜までずっと会場にいるのはきっと2人共嫌がりますよね。
でも花火、…とチラシと睨めっこしていたら、後ろから八戒くんがひょっこりと覗き込んでいました。わわわっ…ち、近いです八戒くん!内心プチパニックになっている私には気が付かず、彼は私が持っているチラシをじーっと見ているようで。な、何か気になる出し物でもあったのでしょうか…?


「は、八戒くん…?」
「もしかして、これ見たいんですか?」


これ、と指差されたのは夜に打ち上げられる花火。素直にこくり、と頷けば、八戒くんは少しだけ考える素振りを見せてからにっこりと微笑んだ。思わず私も笑顔を返すけれど、彼の笑顔が何を意味しているのかがよくわかっていません。…どうして、微笑んだのでしょう。


「ん?香ちゃん何か見てーもんあったの?」
「ラストに上がる花火が見たいそうですよ。三蔵と悟空も誘って見に行きましょうか」
「あー、あの小猿ちゃんは喜びそうだわな」
「い、…いいんですか?最後までいたら疲れてしまうんじゃ、」
「んなこと気にすんなって!香ちゃんはちょっと遠慮しすぎだな」
「このくらいじゃ疲れませんよ。せっかくの機会です、逃してしまったら損でしょう」





―――そしてお祭り当日。
数か月前から準備は進められていたらしく、町の中は煌びやかな装飾でいっぱいです。それだけで目を奪われてしまって、子供のようにキョロキョロと辺りを見回してしまう。いい歳して、とも思ったんですけど…でもやっぱり初めて見るものってものすごく興味を引かれるじゃないですか。どうやら私も溢れ出る好奇心には勝てない、みたいです。


「すごい…賑やかなんですね」
「ええ。それにとても華やかだ」
「テキトーにぶらついてみるか、香ちゃん、見てーもんあったら声かけろな」
「はい」


悟空と待ち合わせしているのは夕方。今はお昼過ぎだから、3時間ほどは自由に見て回ることができるんですね。ううん、たくさんの屋台や出し物があって何から見ようか迷っちゃいます。でもひとまず、腹ごしらえからかな…お祭りに行くから、ってお昼は食べずに家を出てきちゃいましたから。
チラシ片手に八戒くんと悟浄くんの背を追うけれど、人が多すぎてなかなか前に進めない…!このままじゃ2人とはぐれて迷子になっちゃうじゃないですか。それだけは勘弁だ、と必死に人混みを掻き分けてみるものの、2人との距離はどんどん離れていくばっかりだ。ああ、本格的にどうしようと思っていたら、誰かに手を思いっきり引っ張られた。変質者か、と身構えようとしたら、その正体は何と八戒くんでした。
…良かった、回し蹴りとかしなくて。危ない。


「大丈夫ですか?香鈴」
「な、何とか…」
「ワリィ、ちょっと歩くの早すぎたよな」
「それにこの人混みですからね…そうだ、手、繋いでいましょうか。はぐれないように」


ね、と微笑まれてしまっては、大人しく頷くしかないじゃないですか。
お願いします、と右手を差し出せば、お願いされます、と優しく手を握られた。そういえば、八戒くんと手を繋ぐのは2回目ですね…あの時は驚いてドキドキしていただけですが、今はその時とは比べものにならないくらい心臓がバクバクいっているんですけれど!ドキドキして心臓が痛いのに、その痛みはどこか甘酸っぱく感じてどうしたらいいのかわからなくなる。
だって、こんな気持ち…今までに感じたこと、ないんですもの。


「香ちゃん、何か食いたいものある?」
「え?えっと、…あ、あれ食べたいです。わたあめ」
「とても可愛らしいものを選びましたね。…けど、甘い物はご飯を食べてからにしましょう」
「八戒、お前母親かよ」
「そうしないと香鈴はご飯食べなくなるの、悟浄も知ってるでしょう?」
「まーな。でも今日くらいいんでない?祭の醍醐味だろ」


悟浄くんの言葉にそれもそうか、と納得したらしい八戒くんは、私を彼に預けてそのまま何処かへ行ってしまいました。
あ、もう人混みに紛れてしまって何処に行ってしまったのかわかりませんね…でも八戒くんならきっと、ちゃんと戻ってこれますよね。


「八戒くん何処に行ってしまったんでしょう?」
「多分わたあめと、食糧調達だろ。すぐ戻ってくるって」


他愛もない話をしていると、悟浄くんの言う通り、わたあめといくつかの袋を抱えた八戒くんが戻ってきた。持っている袋を1つ受け取ると、中にはお好み焼きと焼きそばが入っていました。すごくいい香りがして美味しそうです!その他にもたこ焼きやからあげもあってより取り見取り、ですね。悟空がいたらこれくらいの量、1人で食べきってしまいそう。
たくさんの食べ物を頬張る姿を思い浮かべて、思わず笑みが零れる。そんなことを考えながらお好み焼きを一口頬張ると、ソースとマヨネーズの混ざり具合が絶妙でとても美味しい。よくこういうお祭りで食べるものはいつも以上に美味しく感じるって聞きますけど、それ本当かもしれませんね。お好み焼きも、たこ焼きも、焼きそばも、からあげも何度だって食べたことがある。だけど、今日のが今までで一番美味しいって思うから。

腹ごしらえを済ませた私達は、わたあめを3人で分け合いながら人混みの中を進んでいく。時折、射撃や輪投げの屋台に目を止めたり、出し物を見る為にステージに移動したり。こんなに歩いたのは久しぶり、と思うほどにたくさん歩きました。ふふ、これから悟空と三蔵様に会う予定なのにちょっとはしゃぎすぎちゃいましたかね。


「あっ香鈴!悟浄!八戒ー!」
「おや、悟空、三蔵。まだ待ち合わせ時間まで大分ありますよね?」
「この猿が早く連れて行けとうるせぇんだよ」
「だって色んな屋台あるし、出し物もあるんだろ?!早く見てーじゃん!!」
「いーじゃん、三蔵様よ。コイツ連れ出すのを口実に、休憩できてんだろ〜?」
「うるせぇぞ、悟浄」
「ふふっそれじゃあ5人で回りましょうか。これからメインステージで歌と舞いが行われるそうですよ」


メインステージで繰り広げられた歌と舞いはとても綺麗で、うっとりと見入ってしまった。だって歌声も澄んでいて綺麗だったし、歌に合わせた舞いも優雅だったんですよ。こういうのは初めて見ましたけどいいですね、素敵でした。あと和太鼓の演奏も迫力があってすごかったなぁ…低音がお腹の奥に響いてて、ああいうのを音に厚み?があるって言うのかしら。それから大道芸のパフォーマンス!あれが今日一番、興奮したかもしれません。

見たことがないものをたくさん見られるのって、すごく幸せなことですよねぇ。来てみて良かったです、皆さんも楽しそうにしてらっしゃいますし。
気が付けば辺りは暗くなってきていて、もうすぐ花火が打ち上げられる時間のようです。よく見えそうな場所を陣取ってから、私と八戒くんはお腹を空かせた悟空の為に夕食を調達しに行くことになりました。合流してからたくさん食べていたように思うんだけど、相変わらずすごい胃袋をしてるんですね。あの子は。


「ええっと、悟空のリクエストはこれで全部ですかね…」
「そうですね。三蔵と悟浄リクエストのビールも買いましたし、…香鈴はもう食べたいものありませんか?」
「…じゃあ、あれ食べてみたいです。じゃがバター」
「あれ?食べたことありませんでした?」
「ないです」


ただ蒸かしたじゃがいもにバターをのせただけのもの、っていうのはわかるし、味も大体予想がつくんだけど、食べたことのないものって…気になりますよね。人間の性で。
私リクエストのじゃがバターを買って、いい加減戻らないと、と踵を返した時。ドーンッという大きな音と共に、辺りが一瞬だけ明るくなりました。な、何の音でしょうか?今の。


「花火始まっちゃいましたね…せっかくですし、見て行っちゃいましょうか」
「え、でも、」
「この人混みです。あそこに戻るまでには時間もかかるでしょうし、動きながらだと全部見ることも出来ませんから」


三蔵達なら少しの間、放っておいても大丈夫ですよ。…きっと。
その間が気にはなりますけど、…でも八戒くんの言うことも一理ありますし、その場に立ち止まって花火を見ていくことにしました。道のど真ん中ではありますけど、周りの方達も空を見上げている人ばかりなので邪魔にはならなさそうですね。
はぐれないように、と再び繋がれた手はそのままに、私達は一切言葉を交わすこともなく打ち上げられる大輪の華をじっと見上げていた。


「(また、心臓が痛い。…だけど、この痛みを嫌だとは思わないし、繋がれた手も、安心する温もりも―――)」


離さないでほしいと、離れないでほしいと、柄でもないことを思ってしまいました。
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