胸を躍らせて


―――桃源郷。それは人と妖怪が共存を果たす平和の地の名前。
けれど、その平和は西方から東方へとじわじわと崩されていき、今や桃源郷全域にその異変は浸食していた。異変に例外はほとんどなく、全ての妖怪が突然狂暴化しているという。中には狂暴化していない妖怪もいるのだろうが、それはほぼいないに等しいだろう。
そして、とある5人に1つの命が下された。西域・天竺国へと向かい、牛魔王蘇生実験を阻止せよ―――と。





「…ずいぶんな数の妖気ですねぇ」
「ま、ほとんどの妖怪が狂暴化してるっつー話だかんな。…どーだ?香ちゃん」
「はい。正に妖怪に囲まれている最中、ですね」


2人のことですから心配はありませんが、急いだ方がいいかもしれません。
閉じていた目を開き、脳裏に映った映像を事細かに八戒くんと悟浄くんに告げれば、彼らも三蔵様と悟空なら問題ない、とは思っているみたいです。口には出していませんが、顔に浮かべられた表情が物語っていますもの。でもほら、この辺りを歩いていらっしゃったということは私達に用事があるということでしょうし、この気持ち悪い妖気の渦の中にいるよりはさっさと出向いて倒してしまった方がいいでしょう?
にっこりと笑ってそう言えば、悟浄くんは渋々納得して頂けたみたいです。八戒くんはいつも通りの表情で行きましょうか、と私達を促した。

気配を追って足を進めれば、さっき見た映像と同じように妖怪に囲まれている三蔵様達の姿。あらあら、知ってはいましたけれど実際に目にしてみると…やっぱり多いですわね。相手をするのは造作もないことですが、これだけの数を倒すのは―――至極、面倒です。魔の物を召喚するのが一番手っ取り早いのでしょうが、…うーん、あの子の捕食している光景はあまり気持ちの良いものではありませんしね。やめておきましょう。
刀を召喚し、跳躍しようかとした時、私より一瞬早く動いた悟浄くんの鎖ガマが2人の妖怪の体をバラバラに切り刻んだ。まぁ、相変わらずの切れ味ですこと。


「…やっと見えてきたぜ。この世界に何が起こってンのかも、何故俺達でなきゃダメなのかもな…よっ生臭ボーズにバカ猿っ」
「お久しぶりです」
「もう悟浄くん、悟空のことそうやって言ったらダメでしょう?」


貴方達は気が付いたら喧嘩して―――


「バカ猿って呼ぶなよこのエロ河童!!」
「じゃチビ猿か?ああ?!」
「あははは、まあまあ」
「ほら…だから言ったのに」


どれだけの時間が経とうとも私達の関係は一切変わらないし、変える気も更々ないのだけれど。…というか、悪く言えば成長していないということなのでしょうねぇ。そんなの今更だからどうってことありませんけど。
2人のやり取りに呆れた顔で頭を抱えている三蔵様にお久しぶりです、と言葉をかければ、何故ここが判ったのかと聞かれてしまいました。あら、そんな質問がくるとは思っておりませんでした…だって、この御方ならある程度予想ができるものだと思っていたから。だからと言って教えない、という意地悪はしませんけど。


「これだけ悪質な妖気が大量に渦巻いていればわかりますよ」
「プラス香鈴の千里眼で視てもらったんです」
「…成程」
「―――どうやら今、この桃源郷で自我を保っている妖怪は僕と香鈴と悟浄と悟空だけのようですね…」


桃源郷全域を確認したわけではないから、もしかしたら私達以外にも暴走していない妖怪がいるのかもしれないけれど、まあそれは皆無に等しいでしょうね。この辺りに住んでいた妖怪達だって暴走して人間を襲ったり、此処にいる彼らのように牛魔王サイドに寝返った者も多いもの。
妖怪に囲まれているにも関わらず話をしていたら、悟浄くんの後ろにいた妖怪が不意打ちだーと叫びながら拳を振り上げた。…でも残念ね、不意打ちっていうのは声を出してしまったらあまり意味がないものなのよ?
とは言っても、仮に声を出さなかったとしても貴方は死ぬ運命だったでしょうけど…だってほら、悟浄くんの手によって簡単に頭を潰されてしまったのだから。


「ぶゎーか。二億年早ェよ」
「もう聞こえてないですよ、頭潰されているんですから」
「だよなー。…っと、香ちゃん?お前、狙われてんぜ」
「弱そうな奴と女から狙え!!」
「…あらあら、確かにそれは良い手ではありますね。せこい、ですけど」


突っ込んできた妖怪達を八戒くんと共にヒラリ、と躱す。1人は私の刀が、もう1人は八戒くんの気功砲が命を絶った。
うん、何というか…八戒くん?貴方、見よう見マネで出るもんですねーって笑ってますけど、普通は出ませんよ。そんなもの。普段ならはしゃぎそうな悟空でさえ、呆れた目と表情と声音で突っ込んじゃってるじゃないですか…でもきっと、彼が言ってなかったら私か悟浄くんがツッコミをいれていたと思います。だって、この人、しっかりしてそうに見えるし、実際しっかりしてらっしゃるんですけどどこか天然で抜けてる所があるんですもの。さっきみたいに。


「妖力制御装置!…貴様ら4人は妖怪だな?何故…何故我々に背くのだ?!」
「はあ…どうして皆さん、そんなに面倒なことを聞いてくるんでしょう」
「まあまあ香鈴。彼らの言い分は尤もかもしれませんよ?」
「教えてあげよーか?生きてたらなッ」


悟空の言葉をきっかけに私達は残りの妖怪達を倒す為に地を蹴った。数はそこそこ多いですけれど、4人でお相手してしまえばあっという間に片付いてしまいますね。
ふと発砲音が聞こえないな、と思っていたら、私達の様子をじっと見つめている三蔵様の姿が目に映った。彼ら妖怪の意識は全て私達に向いているから襲われる危険は今の所ないとは思いますけど、何か思案していらっしゃってるようにも見えます。隙だらけのようにも見えますが、きっと神経は辺りに張り巡らせているのでしょうから問題はありませんね。
そもそも私達は、守って守られてというような関係性でもありませんから。


―――パン!

「最強最強―!!」
「香鈴まーた強くなってね?!今度、俺と手合せしてよ!」
「ふふ、機会があったらね―――――きゃ、?!」
「ッ香鈴!」


全員倒したと思っていたのに、まだ息がある妖怪がいたなんて…ちょっと油断していたようです、がっしりと足首を掴まれてしまいました。


「…まて…我らが同胞。無力で傲慢な人間の方を持つ裏切り者どもよ、貴様らの居場所はそこではないはずだ。今一度、考え直すがいい…我らと共に唱えようではないか」
「唱える…?」
「妖怪国家万歳ィィ!!」


全く…どうせ最期に言い残すのならば、もう少し面白味のあることを言って欲しいものですね。
4人同時に溜息を1つ。そして悟空の如意棒が、悟浄くんの鎖ガマが、八戒くんの足が、私の刀がつまらないことを言い残した妖怪の頭を容赦なく潰した。
一体、私達がいつ人間の味方だと言ったのでしょう。それに同じ妖怪だからといって、全員が全員同じ志を持っているわけでもなし…つまり、種族が一緒でも貴方達の味方をするわけでもないってことなんですよ?なら、誰の味方なのかって?ふふ、そんなの―――


「私達は生まれて死ぬまで、自分だけの味方なんです。残念でした」
「まっそーゆーこった。つまんねぇことほざいてんじゃねーっつの。なあ?」
「…下らんことを言っている暇はない。―――行こう、西だ」


その日のうちに私達はジープに乗り込み、西域・天竺国へ向けて出発した―――――のだ、けれど。


「あっよっちゃんイカ当たった!」
「おっスゲェ!!香ちゃん、ビール取ってくんね?」
「はいはい、どうぞ」
「…おい…」
「香鈴、ポッキー食う?チョコ好きだったよな」
「うん、ありがとう」
「遠足じゃねーんだぞ貴様らァ!!」
「あれ?そうでしたっけ?」


シリアスな空気なんて一切なし。私達はいつだってマイペースに進むだけなのです。…それでいいのかは、別問題だと思いますけど。


「…ま、似たようなモンか…」
「5人揃ったらこんなものだと思いますよ?はい、三蔵様と八戒くんの分のお茶です」
「ああ」
「ありがとうございます、香鈴」


命があるのは承知してますが、ちょっとだけ―――皆で色んな所へ行くの楽しみだなぁ、とか思っちゃってる私がいるのは秘密、ですよ。
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