魂に刻まれしもの
月がとても綺麗な夜だった。何となくもっと近くで月を見たくなった私は、煙草片手に宿のベランダへと移動して。ぼんやりと夜空を見上げながら、紫煙を燻らす。
「香鈴、こっちにいたんですか」
「八戒くん、…ええ、月が綺麗だったのでつい」
「…ああ本当だ。いい月ですねぇ」
窓から少しだけ身体を乗り出した八戒くんが、私と同じように夜空を見上げて、感嘆の息を漏らしました。ふふ、綺麗なものを見た時って自然とそうなっちゃうんですよねぇ?何でかはわかりませんけど。
しばし2人でボケーッと動かぬまま。まるで月に魅入られたかのように、目を逸らせずにいると不意に八戒くんが「煙草、」と呟いた。もしかして煙たかったのでしょうか?慌てて煙草を消そうとしたら、そうじゃないって言われて…思わず耳を疑うような言葉が聞こえてきたんです。
「…え?」
「だから煙草、1本もらってもいいですか?って言ったんですよ」
「構いませんけど…八戒くんって喫煙者でしたか?」
「いいえ?貴方と一緒でたまーに吸うくらいですかね。そうだなぁ…1年に1回くらいのペースなんですけど、無性に吸いたくなることがあって」
そうだったんだ…彼が吸っている所は見たことがなかったから、びっくりしちゃいました。煙草とライターを手渡せば、慣れたような仕草で火をつけて紫煙を吐き出す。…変なの、普段、悟浄くんや三蔵様が吸っている姿を散々見ているし、2人の姿もカッコイイなぁって思ったことがあるのに、…八戒くんが煙草を吸っている姿はドキドキしちゃう。
あの2人には抱いたことのない感情―――これも恋情の一種、なんだろうなぁ。惚れた弱みってやつですね。
「…前に悟浄が言っていましたが、」
「?」
「確かに香鈴の吸う煙草は軽いですね。全然クラクラしないです」
「そりゃあ悟浄くんや三蔵様が吸っているのとは、全く違うものですからね」
軽い、とは言っても、身体には害のあるものに間違いはないのだけれど。
短くなった煙草をもみ消して、ふっと視線を八戒くんに向けた瞬間―――誰か、見知らない姿が見えたような気がした。驚いて瞬きを繰り返すと、もうその姿は見えなくなっていて…視線の先にいるのは、見慣れた八戒くんの姿です。さっきのは、…私の見間違いだったのでしょうか?
(白衣を着た、八戒くんにそっくりな人―――…)
彼であって、彼でないであろうあの方は…一体、誰だったのでしょう?全く知らない方のはずなのに、本当にそこにいたかもわからないのに、どうしてだか懐かしい香りが鼻腔を掠めたような気がしたんです。