不機嫌な来訪者
もうあの村に戻ることは出来ないし、戻った所であの家には忌々しい記憶が植えつけられている。きっとあの日のまま、あの惨状を残したまま、私の家は今もあそこに存在しているのでしょう。
私にはもう帰る所もなければ、行く所があるわけでもない。けれど、それでも怪我が治れば此処を出て行くのだと漠然と思っていた。傷も塞がり、動けるようになった今ではお2人の家に居続ける理由だってないんだもの。約束をしていたわけではないけれど、きっと、八戒さんも悟浄さんも私がずっと此処にいるとは考えていないはずだし、思っているわけもないでしょうから。
この家も、町も居心地が良すぎてずっと此処にいられたら、と思ったことがないわけではないけれど、何ででしょう。それをしてはいけない、と思っている私がいる。
「(これも一種の、罪悪感なのかしら)」
あの時は本当に何も考えていなかった。ただ、彼らが憎かっただけ。だから、私の家族にしたことと同じことを返しただけ…因果応報、ってこういうことを言うのかしら。悪いことをしたとも思っていないけれど、けど、自分が幸せになれるはずがない、なってはいけないと考えてしまう辺り―――少なくとも、罪悪感を抱いているということなのでしょう。
彼らを許そうと思わないし、許してもらおうとも思っていないけれど。
…ああそうか、誰かの命を奪うということはこんなにも重いことなんですね。数えきれないほどの人の命を背負って、私はこれから先の人生を歩いていかなくちゃいけないんだわ。一生、忘れてはいけない罪と共に。
っと、いけない。考え事をしていたらあっという間に時間が過ぎてしまうわね、そろそろ洗濯物を取り込んでこなくちゃ。時計を見上げてみれば、もう16時を回っていて外も暗くなり始めている。お仕事だ、と仰っていたお2人はそろそろ帰ってくるのでしょうか?
外に出てシーツや服を取り込んでいると、ジャリッと地面を踏みしめる音がした。八戒さん達かと思って振り向いてみると、そこにいたのは綺麗な金色の髪をした仏頂面の男性が立っていて。
着ているのは法衣…?ということは、お坊様ってことかしら。
「あ、の…?」
「てめぇが香鈴か」
「え?あ、はい、そうです…けど、」
この人は一体誰なのだろう。そしてどうして私の名前を知っているのだろう。この人と会った覚えもなければ、名前を名乗った記憶もないのです。私の知り合いといえば、八戒さんと悟浄さん…あと、よく行く八百屋さんのご夫婦くらいでしょうか。ほとんど家にいたものだから、知り合いが増えることなんてなくて―――というか、増やす必要性をあまり感じていない、というのが正しいかもしれません。
大量の洗濯物を抱えたまま、お坊さんと見つめ合うというより、睨み合う?こと数分。彼が口を開くより1拍早く、聞き慣れた声が耳に届いた。八戒さんと悟浄さん、だ。それと彼らと一緒にいる子供?は誰ですか。
「あーっやっと追いついたぞ三蔵っ」
「おい三蔵っ!てめー勝手に行ってんじゃねぇよ!!」
「急に何なんですか、…ああ、ただいま帰りました香鈴さん」
「おかえり、なさい。あの、この方は…」
「…玄奘三蔵だ」
「俺は悟空!」
「さんぞう、」
三蔵ってあの三蔵?!法衣を着ているからお坊様だろう、というのはわかっていたけれど、まさか三蔵法師だったなんて…!な、何も失礼なことはしてないと思いたいんだけど、大丈夫だったかしら?眉間に寄ったシワ、結構深そうなんですけれども。
内心、ビクビクしながらもそっと三蔵法師様を見上げてみると、ツカツカと近寄ってきて反応する暇もなく、右耳にしていたピアスをスルリと引き抜かれた。しまった、と思った時にはもう遅くて、人間の形を保っていた私の体はあっという間に元の姿―――妖怪へと変化していく。
耳は尖り、爪も異様な程に鋭くなって。そして今は服に隠れて見えなくなっているけれど、胸元には文様が浮き出ていることでしょうね。上手く、隠しているつもりだったのに…ピアスも妖力制御装置だと気がつかれにくいものだと思っていたのに、こんなにも簡単に見破られてしまうなんて思ってもみませんでした。
「香、ちゃん…?」
「もしかして、とは思っていましたが…本当に妖怪だったんですね」
「ッ、…ピアス、返してください。三蔵法師様」
「ふん。別に壊す気なんざ微塵もねぇよ」
ヒュッと投げ返されたピアスを何とかキャッチしてもう一度はめれば、妖怪だった体はみるみるうちに人間と何ら変わりない造りへと戻り、そっと息をつく。此処、人が滅多に来ない森の奥で良かったかもしれません…そうでなければ、他の人間にも妖怪の姿を見られて大騒ぎになっていたかも。
…ああ、せっかく洗濯したのに落としてしまいました。シーツも服も、もう一度洗い直さないといけませんねぇ。
現実逃避をしてしまいたいのか、私の頭はぼんやりとそんなことを考えていた。目の前に立つ彼らのことを、本来ならば考えなければいけないのに。嫌われようが何だろうが、近いうちに私は此処を出て行かなければいけないんだから、そんなことどうだっていい…そう思えればきっと楽なのに、どうして私は―――知られたくなかった、と思ってしまっているのでしょう。
八戒さんに促され、私達は家へ入ることにした。三蔵法師様と悟空と呼ばれた少年も一緒に。
帰らない所を見ると、三蔵法師様は私に何かお話があるのでしょうね。どんなお話か、何となく想像はついているのです。だって、一度も会ったことのない方が来るということは…お話したいことは1つしか、思い当たりません。もちろん、違っていればいいのに、と思ってはいるのですけれど。
「それで三蔵?香鈴さんを訪ねてきた理由は何なんです?」
「悟浄、八戒。お前らがこの女を拾ったのは、半年前だとそう言っていたな?」
「あ?ああ、半年くらい前に…森ン中でな。怪我してぶっ倒れてる所を拾ったけど」
「おい、率直に聞く。―――半年程前、とある村の住人が何者かに喰い殺された。それをやったのはてめぇか」
「…意地の悪い方ですね、三蔵法師様はもうわかっておいでなのでしょう?」
だって問いかけではなく、確認だったのだから。