こころ、穏やかに


三蔵法師様と悟空くんが現れたあの日から3日が経った。
そして私は今、三蔵法師様と共に斜陽殿と呼ばれる所にいた。何でも、私の罪を裁く為の場所…らしい。三仏神と呼ばれる神様?に会いに行くそうです。
見たこともない荘厳な場所に少なからず圧倒されてしまいそうなんですけれど。だって、普通に生きていて神様にお会いすることがあるなんて、誰が予想します?私は当然ながら一切予想しておりませんでした、予想できた方がきっとすごいと思うんですよ。


「第三十一代目唐亜玄奘三蔵、罪人―――香鈴、前へ」





町中まで戻ってきて、私はようやく詰めていた息を吐き出した。ああ、こんなにも緊張をしたのは生まれて初めてです…まだ心臓が痛い程にドキドキいっているもの。こんな緊張、二度と味わうことはないだろうなぁ…生きていく中で。三仏神様にお会いすることももうないでしょうし。
行きに通った道を再び、三蔵法師様と何も言葉を交わすことなく静かに歩き続ける。それにしても…長安には初めて足を運んだけれど、とても賑やかな場所なんですね。八戒さんと悟浄さんが暮らす町も賑やかな場所だ、と思っていたけれど、長安はその比ではない気がする。人も妖怪もたくさん溢れていて、皆さん、とても楽しそうに笑っていらっしゃいます。


「人混みは慣れねぇか」
「え?あ、…そう、ですね、こんなにも賑やかな場所を訪れるのは初めてなもので」
「それもそうか」
「あっ三蔵と香鈴帰ってきた!!おーいっ!!」
「おい悟空、町ン中ででっけぇ声出してるんじゃねぇよっ」
「あはは。2人共、お元気ですねぇ」


突然聞こえた知っている声に、姿に思わずぽかんとしてしまう。きっと今の私は誰よりも間抜けな顔を晒している自信があります…だって、まさか此処にいるだなんて思わないじゃないですか。悟空くんは三蔵法師様が統べている寺院に身を置いているし、今日も三仏神様に会いに行く前は一緒にいたから、此処にいても何の疑問もないのだけれど。
でも八戒さんと悟浄さんは違う、朝、八戒さんはいつもの笑みで送り出してくれた。悟浄さんは早朝に帰って来たらしく、私が家を出る時はまだ夢の中だったはずなのに。


「おーおー、ずいぶんな間抜け面だなぁ香ちゃん?」
「だ、だって、なんで」
「おや、お迎えに来たんですが…いけませんでした?」
「む、かえ…?」
「なあなあ香鈴!もう用事終わったんだろ?皆でメシ食いにいこーぜ、メシ!」
「へ?え?ご、ご飯ですか?」


むぎゅっと抱きついてきた悟空くんにも、当たり前のように迎えに来た八戒さんの言葉にも、楽しそうに笑う悟浄さんにも驚きを隠せない。何だか今日はずっと驚きっぱなしのような気がする、段々疲れてきちゃいましたしお腹も空きましたねぇ。…何だかもう、何でもいい気がしてきました。
お腹空いた、と私の腰に抱きついたまま騒ぐ悟空くんの頭に容赦なく三蔵法師様のハリセンが振り下ろされる。うっわぁ、すっごくいい音がしました…そして、私の前髪を掠ったんですけど、本当にこの方は容赦がない方なんですね。
まだ知り合って間もないですけれど、お坊様ってもっと落ち着いた方だと思っていましたよ。いや、三蔵法師様もある意味落ち着かれてはいるのでしょうか?ものすっごく短気ですけど。


「三蔵法師様の法衣って四次元ポケットなんですか?」
「…あ?」
「だってハリセンをどこからともなく取り出していらっしゃるので…」


私にとっては当然の疑問だったんですが、何故か皆さんの笑いのツボにはまってしまったらしく、私と三蔵法師様を除いた3人が大笑いしていらっしゃいます。…とてつもなく不本意ですし、解せないのですが。私、面白いことなんて一言も言ってないですよね?!
笑い続ける3人を呆然と眺めていれば、スパァンッと小気味いい音がして脳天に激痛が走りました。


「〜〜〜〜ったぁ?!」
「てめぇが変なことを言い出すからだろう!」
「だからってそんな思いっきりっ…!」
「ふ、ははっダメですよ、三蔵。女性に暴力を振るったら」
「大丈夫か?香ちゃん。イッテーよな、アイツのハリセン」
「そ、想像以上の威力でした…!三蔵法師様って力あるんですね」


素直な感想を述べればまたもや思いっきりハリセンで引っ叩かれました。





「そーいやどういう結果になったわけ?長安に来たのってそれが理由だろ?」
「あ、はい…三蔵法師様の口添えもありまして、お仕事のお手伝いをすることで罪を贖えるようにして下さったんです」
「えっじゃあこれからは寺院で香鈴に会えんのか?!」
「いや、それはどうでしょう…だって寺院は女人禁制の場所でしょう?」


三仏神様はああ言って下さってましたけれど、本来寺院は神聖なるべき場所で女人禁制とされているはず。だからきっと、三蔵法師様が統べる寺院だって私なんかが入れるはずがないと思うんですよねぇ。罪人でもありますし。
もぐもぐと炒飯を咀嚼しながら考え込んでいると、俺がいいと言ったらいいに決まっているだろう、と低い声が聞こえてきました。その言葉を紡いだのは間違いなく三蔵法師様なのだけれど、いいのでしょうか、お坊様がこんなにも横暴な感じで。どう考えたって他の方々が許してくれそうにないんですけれども。

そんなこんなで、半ば無理矢理寺院で三蔵法師様のお手伝いをすることになったのはいいんですが。…住む場所、どうしましょうか。今までは八戒さんと悟浄さんの所でご厄介になっていましたけれど、これから先もずっとあそこに住むわけにはいかない。
だからと言って、寺院に住み込みをするわけにもいきませんし…うーん、困りましたねぇ。長安はたくさんの人が住んでいますから、そう簡単に住居は見つかりそうにありませんしね。


「香鈴さん?箸が進んでいませんが、具合でも悪いんですか?」
「い、いいえ!ちょっと考え事を、」
「なになに?悩み事?悟浄さんが相談に乗ってやろうか」
「悩み、と言いますか…これから住む場所をどうしようかなぁと思いまして」


お茶を飲みながら零した言葉に、八戒さんと悟浄さんは目をまん丸にしてそのまま固まってしまわれました。あ、あれ?私はまた何か失言をしてしまったのでしょうか?けれど、三蔵法師様と悟空くんは表情1つ変えずにお茶を飲んでいたり、相変わらずの食欲を発揮していらっしゃる。…ええっと、どういうこと、なんでしょう。
2人が固まった理由がいまだにわからなくて、首を傾げると盛大に溜息をつかれました。うん、さすがにそれには私だって傷つきますよ?それなりに打たれ強いつもり、…でもないのかな、怒りに呑まれてしまった結果があるわけなので。


「おっまえさぁ、今更そんなこと言っちゃうわけ?」
「へ…?」
「今までと何も変わらなくていいんじゃないですか?まぁ、どうしてもあの家にいたくないという理由があるのであれば仕方ないんですけれど」
「そーそ、行くとこないんだろ?」
「い、…いいんですか?私、あのお家にいても」


俺らがいつ嫌だって言ったよ。
頭をポンポン、と叩きながら笑う悟浄さんを見ながら、ちょっとだけ泣きそうになってしまったのは死ぬまで内緒。だって知られてしまったら最後、きっとからわかれてしまいそうだから。さすがにいい歳して泣くのは恥ずかしいのです。


「改めて、お世話になります。八戒さん、悟浄さん」
「おー、よろしくな香ちゃん」
「こちらこそよろしくお願いしますね、…香鈴」


敬称をつけずに呼ばれたその名に、八戒さんの見慣れた穏やかな笑顔に、心臓が忙しなく動き始めた。
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