笑顔、振る舞え
「そーいえばさ、このバカ猿は何で香ちゃんに懐いてんだ?」
珍しく1人で訪ねてきた悟空くんにおやつに、と作っていたお饅頭をあげて、八戒さんとお茶の準備をしていると悟浄さんにそんなことを聞かれてしまいました。その言葉に私も悟空くんもきょとん、とする他なくて。というか、彼が懐いてくれた理由なんて私にはわかるはずもないのだけれど。私が一番、それを聞きたいかもと思ってしまう。
「私に聞かれましても、…悟空くん自身に聞かれた方が良いのでは?」
「だとよ、悟空」
「んーとな、最初は影から出てきた奴がすっげーなーって思ったんだ」
「…私、時々悟空くんの感性が心配になります」
だって真っ黒な蜘蛛の形をした異形の物ですよ?魔の物ですよ?それを間近で見てすごい、なんて思う人は滅多にいないと思うんです。飼い主である私でさえ、あの姿は気持ちが悪いと思ってしまうんですから、当事者でない方達にはもっと薄気味悪いものだと思っていたんですけどねぇ。
素直に口にすれば、気持ち悪いは気持ち悪いけど、と言われました。あ、良かった、感性は普通だったんですね。安心しました。アレをカッコイイと言われてしまった日にはもう、どうしたらいいかわかりませんもの。
「それで香鈴に懐いたんですか?」
「あれもすっげーなーって思ったけど、それ以上に香鈴が作ったものって美味かったんだ!」
「え?悟空が来た時に香鈴が何か作ったことありましたっけ?」
「今はよく作ってるけど、初めて会った時は何にもなかったんじゃね?」
「…あ、もしかしてクッキーでしょうか」
初めて会ったあの日の帰り間際、悟空くんがお腹を空かせているのを見て余っていたクッキーを袋にいれてあげたような記憶がある。ベーシックなプレーンクッキーとココアを混ぜたココアクッキーの2種類をあげたら、とっても良い笑顔でありがとう、とお礼を言われたんでしたっけ。
そしてその場で食べ始めて三蔵法師様にハリセンを食らってたような…。
それにしても、三蔵法師様と悟空くんと付き合うようになって三月が経ちわかったことがある。どうやら悟空くんの中で人の良し悪しを決める基準の1つに、ご飯が美味しいか美味しくないかが含まれているようです。あとは彼の勘、というか―――直感、なのかな。多分。だって悟浄さんはご飯作れないし、八戒さんはお料理上手だけど。
「…悟空、お前ってほんと食い気一直線なのな」
「うるせーな!だ、だって香鈴の作るメシもめっちゃ美味いんだぞ?!」
「んなのお前より俺達の方がよーーーく知ってるっつの」
「あはは、ありがとう悟空くん」
「てかさ、くん付けじゃなくていいんだけど」
悟空くんの思わぬ言葉にピタリ、と笑いが止まる。今更、そこについて何か言われるとは思っていなかった。だってもうずっと、そうやって呼んできていたのだから。
どうして急にそんなことを言い出したのか聞いてみれば、嫌ではないけど何かよそよそしい気がするから嫌だ!と言われてしまったのです。いや、悟空くん…それは嫌だ、って言ってるのと一緒だと思うわよ?
まぁ、彼らしい理由だと苦笑を浮かべていると、ついでと言わんばかりに敬語もやめて!と言われた。
「ええっと、…じゃあ悟空?」
「うん!なんだ、香鈴っ」
「…ふふ、敬語はクセみたいなものだから難しいかもしれないけど、頑張るわ」
「なーんか悟空だけズルくね?俺らのことも呼び捨てでいーぜ?香ちゃん」
「ああ、そうですねぇ。一緒に暮らしていますし、僕達も好きなように呼ばせてもらってますしね」
「えええ、お2人までそんなこと仰るんですか…?」
悟空は明らかに年下だから呼び捨てにすることも躊躇わないけれど、同い年、もしくは私より年上っぽい2人を呼び捨てにするのはちょっと…何というか、こう…呼んでは、ダメな気がするのはどうしてだろうか。あ、わかった、恥ずかしくなっちゃうんだ。敬称なしで呼んでしまうのは。
だけど、ここですっぱり断ってしまっては2人に申し訳ない気がするし…確かに一緒に暮らしているのに、いつまでもさん付けで呼ぶのはよそよそしいとは思っているのだけれど。
うーん、と考え込むこと数分。さん付け以外なら、納得して頂けるでしょうか。
「おーい、香ちゃん?」
「悟浄くん、と、八戒くん!……は、如何でございますでしょうか…っ!」
あああ、何か変に緊張しちゃってよくわからない言葉を使ってしまったような気がします!気がする、というか完全に変な言葉になってたよね。何ですか、如何でございますでしょうかって!おかしいにも程がありますよ、本当に!!
頭を抱えてテーブルに突っ伏していると、ぷっと吹き出した1拍後に盛大な笑い声が聞こえてきた。声からして笑っているのは八戒さ…くんと悟浄さっ…くんの2人だとは思うけど。きっと悟空は何で笑ってんだろ、と不思議な顔をしながらもお饅頭を食べている最中だと思う。…あ、八戒、くん達の分を避けておくのをすっかり忘れてた…でも今となってはもう遅いだろうなぁ。きっとカゴの中は空っぽだ。
「〜〜〜どうしてそんなに笑いますかね?!」
「は、ははっ悪ィな、香ちゃん…けど、はははっダメだ、止まんねー!」
「もう悟浄くんっ!」
「すみません、香鈴。貴方がずいぶんと真っ赤になっていたのと、言葉が面白かったのでつい…あははっ」
「よくわかんねーけど、香鈴達ってあの頃よりもずーっと仲良いな!」
「そうですか?自分じゃよくわからないです…」
家族ではない方達とこんなに近くにいるのは、初めての経験だから。まさか他人と言葉を交わす日が、他人の傍にいる日が来るなんて―――思いも寄らなかったことだもの。だから誰かと仲が良い、と言われることも初めての経験。そもそも仲が良いというのはどういうことなのか、私にはよくわからない。
でも、こうやって言葉を交わして笑顔になれるということが、楽しいと思えることが、悟空の言う仲が良い、ということなのかもしれない。