これが私の上司
張りつけられたような笑みで名前を呼ばれるのが大嫌いだった。まるで何かに取り入ろうとするように近づいてくる輩が大嫌いだった。そんな奴らに笑みを向けなくちゃいけないのも大嫌いで、
でも一番嫌いだったのはきっと―――そこから逃げ出すことのできない自分だったんだと思う。
嫌いだ、とか何とか言いながらもその場所から逃げ出すことのできない自分。心のどこかで仕方ない、と諦めて、でも諦めきれずに嫌だと言い続けるバカな私は―――どこの誰よりも子供だと、そう思う。
『は?西方軍…?!』
『ええ。正式に軍人として働けることになりました』
そんな現実が嫌で、そんな子供じみた自分が嫌で、鳥籠を抜け出したくて選んだ先が―――天界軍。
兄様にも、菩薩様にも内緒にして全てが終わった瞬間、あの人達には報告をした。その時の兄様の顔ったら今思い出しても面白くて仕方がないくらい、びっくりした顔をしてたなぁ。普段から仏頂面が常のあの人があんな顔するんだ、って思ったくらいに。
菩薩様は盛大に笑って頑張れよ、って言ってくれて、二郎神様は呆れたような顔をして溜息をついて、兄様は―――もう決まったことだから覆せないのに、軍人になどさせて堪るか!と叫んでいた。
めちゃくちゃ怒られました。…でもごめんね、怒られても、お前には無理だっていくら言われても…私は自分の選んだ道が間違っているとは、絶対に思わない。思いたくない。
私は、…死ぬほどの退屈に囲まれて暮らすのも、お飾りになるのももうごめんなのよ。
「おっいた、紅英!」
「―――捲簾大将。どうされたんです?」
「アイツ知らねぇ?天蓬元帥」
「え?あの人なら自室にいらっしゃるはずですけど…」
私が西方軍に入ってどれくらい経っただろう。隣を歩く彼、捲簾大将が我が軍の大将になってからどれくらい経っただろう。…死が存在しない天上では、流れる時間すらわからなくなる。下界で言うなれば数年前、って感じなんだろうけどなぁ…生憎、私達天界人にはそんな感覚など備わっていないのである。
もちろん怪我だってするし、怪我をすれば血だって出る。骨も折れるし、心臓や頭を撃ち抜かれれば―――下界に暮らす者と同じで、死を迎える。
そこは何ら変わりないのだけど、唯一違うものと言えば…自然死というものがない、ってことになるのかなぁ。長命なんです、って言うには長すぎるほどだ。
「な、どー思うよ?天蓬元帥のこと」
「どう、って…変な人だとは思いますが、まぁ悪かないです」
好感のもてる上官だと思いますよ、と返せば、大将もそうだよなー、と答える気があるんだかないんだか…よくわからない間延びした答えが降ってきたんですけど。この人、私に何が聞きたかったんだろうか。大将もなかなかに変わった人だ、と思い直した瞬間です。
…天蓬元帥、か。ズボラで超がつくほどのマイペースで、何を考えているのかわからないけれど、でも親しみやすいような感じではあるよね。うん。…だけど、出撃命令が出た瞬間にあの人を覆っているオーラ―――とでも言えばいいのだろうか、それがガラッと変わるんだ。
元帥として小隊へ指示する命や作戦はとても的確だし、正確だ…だけどあの人は、…天蓬元帥はいつだって独りで戦っている。自分のみでどうにかしようと、そうしているような気がしてならないんです。まるであれは、
「自分しか信用していないみたいだ」
「なんだ、お前も気がついてたわけ?」
「そりゃあ大将よりもあの人の下にいますからね」
そう。大将が赴任するよりも前から、私の上官はあの人だ。だからこそ、気がつくことだってたくさんあるんだけど…戦場でのあの姿だけは頂けない。だから、捲簾大将がウチに配属されることになって、この人の人となりを少しずつ知ることができて、もしかしたらこの人なら―――捲簾大将なら、元帥を引きもどしてくれるかもしれないってそう、思ったのも確か。
だってこの人、めちゃくちゃ世話焼きさんみたいだから。
「捲簾大将!下界西方区にて正体未確認の巨獣が暴れている、との報が入りました。元帥より出撃命令が」
「あー、わかった。すぐ行くわ」
「…またですか。最近、出陣回数が増えていませんか?正直、天界軍の手に負えない程度にまで増えていると思うんだけど」
「確かにな。…ま、それをうだうだ考えてても仕方ねぇだろ?行くぞ、紅英」
「リョーカイしましたっと」
―――そう。ここ最近、出陣の回数がやたらめったら増えているのは間違いない。今までだって何度も出陣していたし、その命も何度も来ていたけれど…この比ではないと思う。あまりにも頻繁すぎるし、大妖怪の数だって異様すぎると思うんだよねぇ。
その妖怪を『討伐』するという名目で私達は下界へと降りているんだけれど、でも天界人は不殺生が原則。下界人・神・妖怪…いかなる者が敵であろうと、『討伐』と称しながらも封印という手段を取るのが常なんだ。天界軍にて唯一殺生を許されるのは、異端の神と言われる『闘神』のみ。…でも、現状ではその闘神は不在。
殺さずに封印、というのは―――簡単なようで一番難しいことなんだ、ということを私は天界軍に入って初めて知ったよ。何かを殺したことなんてないけれど、でもきっと…殺してしまうのが、一番簡単なことかもしれない。
―――ドォンッ!
「退がって!近づきすぎると潰されるわよ!」
「だ…ダメです!!結界内に追い込もうにも、この数では―――ッ」
「元帥、応援部隊も多分来ません。…要請の連絡はしましたけど、東方軍も出陣中みたいです」
つまり、あっちもこっちも人手不足ってこと。
まぁ、これだけ頻繁に出現されちゃあね…そういう事態に陥るのも目に見えている。
「どこも手一杯ってことですか」
「手に余るってんだ。―――アルバイト募集の広告でも出すか?」
「ええ?来ないと思いますけどね、…こんな危険なアルバイトになんか」
軽口を叩く余裕は辛うじてあるけど、目の前に広がる現実はそれほどお気楽なものでもないし、簡単に済むようなことでもないと思う。さあ、元帥はどんな指示を出されるのかなぁと思っていたら、まさかの全班結界外待機を命じやがりました。そっちは頼みますよ、と大将と私に告げて。
他の隊員も元帥の名を呼ぶけれど、あの人は決して立ち止まらないし、振り返りもしない。
いつだって、…いつだって私達の上司はああだ。自分だけを信用しているという目をして、的確な指示を出したかと思えば全て自分一人で片づけてしまう。…それを、私達はただ指を咥えて見ているだけ。
私達は貴方の部下だ、仲間だってこっちは思ってるのに―――あの人は、体全体でそれを拒絶しているようでめちゃくちゃ腹が立った。
「〜〜〜〜もうっ限界!あンのバカ元帥!!」
あれだけの数の妖怪の囮を1人でやるなんて無謀にも程があるでしょう!確かに多数の囮より少数の方が効率がいい、その判断は間違ってないと思いますけどね?
そんなの、…私達が平気でいられるわけがないでしょうよ!
―――ドン!
―――ドンッドンッドンッ!
「麻酔…もう効いてますよ」
「―――ったく、天界人ってのは損なモンだよな」
「本当に。ぶっ殺してぇって思った時にぶっ殺せませんからね、…今みたいに」
「…怒ってますね」
「言っとくが、俺達だけじゃねぇぞ」
え?と元帥が間抜けな声を発した。そして彼の視線の先にいたのは、共に戦いたいとずっと願ってきた者達だ。東方軍に比べれば数は少ないけれど、でもそれでも着いていきたいと思える上司が―――天蓬元帥、貴方がいたからこうして今だってこの場所に立ってるんですよ?
私達は貴方が戦っているのを見ていたいわけじゃない、私達が望むのは、
「ずっと、…一緒に戦いたかったんですよ?天蓬元帥」
全員一丸となって向かった結果、何とか全部の妖怪を封印することに成功しました。
ま、大将と元帥が少し怪我を負っちゃいましたけど結果オーライってやつですよねー。まだちょっと怒ってるけど、私。
「今度、あんな無茶で無謀なことしたら殺しますからね?ぶん殴る所じゃ済みませんからね?」
「…貴方、女の子なんですよね?それに一応、それなりに偉い立場に生まれてるんじゃありませんでした?」
「んなもの天界軍に入る時にぜーんぶ捨ててきましたよ」
自分に正直に生きる、そう決めてるんです。コーヒーを飲みながらそう答えれば、元帥には苦笑されて大将には大笑いされた。更にやっぱイイ性格してるわお前!って褒められちゃったぜ、イエイ。
女らしさなんていいんですよ、なくたって…だってそんなのを気にしていたら大切な人達の背中を守れないじゃないですか、追いかけられないじゃないですか。それで全てを失うことになるんだったら私は、女らしさとか慎ましさだとか…そんな下らないものはクソくらえ、です。
兄様には申し訳ないな、と思うけど、それでも私はここで生きていくと決めたんだ。
「……以前、部下を死なせたことがありまして」
「そうか。俺達は上官を死なせるところだったぜ、なぁ?紅英」
「ですねぇ」
しれっと大将と一緒に言い返せば、元帥は頭をボリボリかいて「僕カッコ悪いじゃないですか」と呟いた。
ふふ、そーですねぇ。今の貴方は確かにカッコ悪いかもしれません、でも生きてくのってそんなもんなんじゃないんですか?ずーっとカッコイイまま生きていくなんてこと、到底できないと思いますよ?カッコ悪くたって生きるのに必死なら、そっちの方が断然カッコイイと私は思いますけどね。
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