移り変わりゆく


私は今、西南棟にある天蓬元帥の部屋を目指して走っていた。きっとそこには捲簾大将もいるはずだ!…何でそこを目指しているのかって?ふふ、愚問だねぇ…そんなの決まってるじゃないか、あの人達に報告したいことがあるからだよ!!


―――バァンッ!

「元帥、大将!!」
「おーお前か。あいっかわらず元気だねぇ」
「元気なのはいいですけど、ドア壊さないでくださいねーどうしました?」


速報です、速報!といずれそこら中の掲示板に張り出されるであろう辞令をバンッと、元帥の机の上に置いた。そう、辞令が出たんです。誰に?そんなの私しかいないでしょう、そうじゃなきゃこんな息切らして走ってこないし、嬉しそうな顔もしないっての。
私が勢い良く置いた紙をじーっと読んでいた2人は、ガバッと顔を上げたかと思えばそのままの勢いで抱きしめられちゃったぜ。おまけに頭もぐっしゃぐしゃになるくらいに撫で繰り回されて、痛いし苦しいんだけどでもそれは決して嫌なものなんかじゃなくてとても嬉しいものだ。
だってこの人達はまるで自分のことのように、私の功績を喜んでくれる人達だから。


「すごいじゃないですか紅英!」
「やるっつったらやる奴だっていうのは知ってたけどよ、マジでやっちまうとはなぁ!!」
「へへー。頑張りましたから!」


どれだけ陰口を叩かれたって、噂されたって痛くも痒くもない。受け入れられたい、とも思っていないから、他人の評価なんて正直どうでもいいと思ってるんだ。ただ、大切な人達に受け入れられれば、認めてもらえれば―――それだけで私の生きる意味になるんだもん。それだけで十分でしょう?
私が属する第一小隊の彼らだけは、私を私として扱ってくれる。接してくれる。…だからこそ、ここはあそこにいた頃よりも気楽で、温かくて、心地良い。


「っしゃ!今日は飲みに行くぜ、天蓬、紅英!」
「大将の奢りですよね?もっちろん」
「そりゃあそうでしょう、貴方の昇進祝いですからね。ごちそうになりますよ、捲簾」
「なんっで俺がお前の分まで奢んなきゃいけねーんだよ、折半だ、折半!」
「ええ?ケチくさいなぁ」


最初はどことなーく距離がある2人だったけど、あの件があってから距離感が近くなったような気がする。呼び方だっていつの間にか変わってたし、遠慮もなくなってきたような気がするしね。
そんな間柄が少しだけ羨ましいな、とか思っちゃったりするんだけど…でも私はあくまでこの人達の部下だから、そこまで近くにいくことは許されないよなぁ。今だって十分近い距離にいるのは確かだし、そもそも他の軍に比べてウチの隊は関係良好・上司と部下の距離もどこよりも近いと思ってるし。
それを是としない奴らが多いけれど、でも別に出陣の際に足枷になってるような印象は受けないし、むしろその関係が任務にもいい方向で作用してると私は思ってる。だって信頼関係が半端ないかんね!私達は上司である2人をしっかり信用してるし、2人も部下である私達を信用して任せてくれている。…ほら、イイ感じ。
他の小隊がどうとか、そんなのはどーでもいい。私にとっての世界は、この第一小隊が全てなんだから。


「なに食べたいですか?」
「んー、焼肉も美味しかったからまた食べたいですけど…そうだなぁ」
「ああ、天蓬の奢りで行ったやつな」
「下界で遊ぶなんてこと初めてしましたから」
「…まさか本当に全額奢らされるとは思ってませんでしたけどね」


ブツブツと文句を言ってますけど、でも元帥はそれだけのことをしたんですから仕方ないんですよー。


「…あ、じゃあ桜の下でお花見がいいです」
「は?花見?」
「万年桜と呼ばれる名にふさわしくいつだって咲いてるんですから、何もお祝いの席で選ばなくたって」
「祝いの席だから、ですよー。綺麗な花に美味しいお酒、そんでもって2人がいるなんてそんなの、」

―――素晴らしい以外に何と呼べばいいんです?

「くっ…くくくっ紅英、お前ってほーんと俺らのこと大好きな?」
「あははっそうですねぇ」
「あったりまえじゃないですか。2人がいなかったら、こんなツマラナイ所に居続けられませんっての」


貴方達が私の存在を認識してくれているから、私の名を呼んでくれるから、金蝉童子の妹・紅英ではなくただの紅英として扱ってくれるから―――そうでなければ、私はきっともっと昔に此処を捨てていたと思う。


「どうせならあいつらも呼んでパーッと騒ぐか?」
「あっそれめっちゃ嬉しいです!」
「じゃああとで召集かけましょうか、貴方のことも報告しなくちゃいけませんし」
「でも何かこっ恥ずかしい…だって同期だった人達に上官って認識され直されるわけでしょう?」
「ま、表面上はな?だけど、内面は何も変わりゃしねぇさ」
「そうですよ。紅英が紅英のままでいればきっと、彼らはそのままでいてくれます」


だから気にせず笑っていなさい。
優しく微笑んだ元帥の顔が、優しく撫でてくれた元帥の手の温かさが、何故かいつまでも胸の奥深くに残っているような気がした。何度も見たことがある笑顔だったし、頭を撫でられることだって初めてじゃないのにどうして、こんなにもドキドキしちゃってるんだろう私。い、今まで平気だったはずなんだけどな…?


「どうかしましたか?紅英」
「ぅえ?!い、いや何でもないです、…ってか、元帥近い!めっちゃ近い!!」
「?今更何ですか、割と普段からこんな感じでしょう」


いや、うん、そうなんですけど…でも、……あれ?確かに元帥の言う通り、私達の距離感って割と近めだ。考え事をしていると覗き込まれることだって多々あるし、それが日常茶飯事だっていう自覚もあったはずだった。それなのにどうして、今日に限ってこんなにも狼狽えちゃったんだろ。何もおかしなことは、なかったはずなのに。

もう大丈夫、と自分自身に言い聞かせて、気持ちを落ち着ける為に相変わらずたくさんの書物が詰まっている本棚に目を向ける。というか、また数が増えたような気がする…この前、大将と一緒に片付けしたはずだったのに床にも書物が積み上げられちゃってるし。
これ以上は棚に入らないんだから、買う数を減らすか本棚を買って下さいって何度も言っているのに、生返事しか返さないんだもの。


「(ほーんと、世話が焼ける上官だこと…)」


尊敬できる部分はたくさんあるのに、でもどこか目が離せないと言いますか…気になっちゃうんですよねぇ。
今思えば、私はこの西方軍・第一小隊に配属されたその日からずーっと、天蓬元帥の背だけを見つめて、ずーっと天蓬元帥の背だけを追いかけてきたような気がする。大将が来てからは彼も加わって、2人の背を必死で追い続けて…いつか必ず隣に立つんだ、とそう目標を決めてがむしゃらに走ってきたんだ。
それはきっと憧れ、なんだと思う。でもそれ以上に近づきたい、って気持ちもあって、どうしてなんだろう。

あの人を、天蓬元帥を―――独り占めしたいって思っちゃうなんて。

バカみたいだって思うけど、でもその気持ちに嘘はつけないし偽るつもりがないのも本当だ。大事だって思う、失くしたくないって思う。それは元帥と大将、どちらもそう思っているんだけれど…でもやっぱり、元帥に対する気持ちの方が少しだけ大きいような気がするのは私の気のせい、なのかなぁ。


その日の夜。私達は桜の樹の下で宴会をしていた。昼間話していたように第一小隊の皆が揃っていて、色んな話をしたり、食事をしたり、お酒を飲んだり。…最初はね、ちゃんとお祝いしようって感じだったんだけど、気がついたらどんちゃん騒ぎ。まぁ、こうして騒ぐのが好きな人達だっていうのを知っているし、むしろ楽しんでくれている姿を見る方がずぅっと好きだからいいんだけどさ。
おめでとう、って誰かが笑ってくれるのはとても嬉しいことだけど、でもやっぱり気恥ずかしさは拭えない。それを隠すように私は浴びるようにお酒を口にして、飲みすぎだって誰かが笑うけどでも全く酔えなくて。お酒に弱いタイプではないけど、だけどそこまで強いわけじゃあなかったんだけどなぁ…大将達の方がよっぽど強い。


「どうしました?彼らの輪に入らないんですか」
「んー…ちょっと酔い覚まし、みたいな?」
「嘘おっしゃい。貴方はそう簡単に酔うようなタイプではないでしょう、…ま、確かに今日は飲むペースが早かったですけどね」


そう言いながら杯に注がれたお酒をグイッと飲み干す元帥。
その顔には穏やかな笑みが浮かべられていて、そして舞い散る桜を見上げるその姿はとても綺麗で―――幻想的だ、とそう思ったんだ。


「綺麗ですねぇ、桜…兄様も、見ようとすればいいのに」
「…ああ、そういえば貴方は兄がいたんでしたっけ」
「ええ。…あの人も私と一緒で、いつだってこの天界をツマラナイ所だって思ってる人」


花を愛でることも、人と触れ合うことも、酒を楽しむことも…何一つ、知らない。いや、知ろうとしていない私のただ1人の大切な家族である、金蝉兄様。

私もずっと、ずぅっとあの人と一緒だった。変わり映えしない毎日、下らない奴らに愛想笑いを向ける毎日…そんな毎日から抜け出したくて入ることを決意した天界軍。正直、温室育ちの私にとってキツイ以外の何物でもなかったけど、それでも自分を変えたくて、変わりたくて必死についていったんだ。

私の人生は私だけのものだ、他の誰にも邪魔させない―――それを証明してやるために。

その結果、私は色んなことを知った。あの部屋にいた頃には知らなかったことを、たくさん。綺麗な花を愛でること、人と触れ合うこと、お酒や食事を楽しむことも全て…この第一小隊に入ったことで知ったことであり、教わったことだ。
大将が着任されてきてからはもっと楽しくなって、笑うことってこんなにも素敵なことなんだなぁって思えるようになったんだよね。できればそれを兄様にも知ってもらいたいけど、でもきっと…あの人は拒絶するんだろうなぁ。


―――ぽん、

「いつか貴方が連れ出してあげればいい」
「元帥…」
「貴方の兄なんですから、きっと変わりますよ」
「いやあ、それはどうだろう…あの人、私以上に頑固ですもん」
「あははっ紅英以上とはそれはまた大変なお兄さんですねぇ」
「会ってみればわかりますよ、天蓬元帥も」


退屈だと、クソつまらねぇと顔をしている貴方のたくさんの表情が見れる日まで、あとどれくらいなのでしょう―――。
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